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第十一話 調査局、始動

 夜の帳が王都を包み始める頃。


 調査局の執務室には、次々と調査官たちが姿を現していた。


 鎧のまま駆け付けた者。


 外套を羽織ったまま戻ってきた者。


 年配の男もいれば、アスターと歳の変わらない青年もいる。


 誰一人として私語はなかった。


 机の上には王都全域の地図が広げられ、その周囲を報告書が埋め尽くしている。


 アルベリウスは全員の顔を見渡した。


「揃ったな。」


 低い声が部屋に響く。


「これより臨時会議を始める。」


 全員が席に着く。


 アスターも末席へ腰を下ろした。


 エレナが立ち上がり、一枚の羊皮紙を手に取る。


「三日間で確認された類似案件は二十三件。」


「西区九件、南区七件、港湾地区五件、北区二件。」


「東区は、現在まで報告なし。」


 静かなざわめきが広がる。


「東区だけゼロか。」


「偶然とは思えないな。」


 調査官たちが地図を見つめる。


 アルベリウスは誰にも答えを与えない。


「各担当。」


「現場で気付いたことだけを報告しなさい。」


 一人目の調査官が立つ。


「扉に破壊の跡なし。」


 二人目。


「窓も異常なし。」


 三人目。


「見張りは何も見ていない。」


 四人目。


「足跡は残っていません。」


 短い報告だけが積み重なる。


 アスターは黙って聞いていた。


 事件は違う。


 だが、報告は驚くほど似ている。


 だからこそ、違う部分が目についた。


「局長。」


 アスターが口を開く。


 部屋中の視線が集まる。


「何だ。」


「質問があります。」


「許可する。」


 アスターは最初に報告した調査官を見る。


「被害に遭った倉庫の管理人は、いつから働いていましたか。」


「……二十年以上だ。」


 次の調査官へ向く。


「乾物店は。」


「店主は代替わりして十年ほど。」


 三人目。


「酒蔵は。」


「三代続く店だ。」


 質問は続く。


 そしてアスターは静かに頷いた。


「なるほど。」


 若い調査官が眉をひそめる。


「何が分かった。」


「分かったわけではありません。」


 アスターは首を横に振る。


「でも、一つ消えました。」


「消えた?」


「管理人は違います。」


「店主も違います。」


「業種も違います。」


「つまり、人を狙っている可能性は低くなりました。」


 部屋が静まり返る。


 アルベリウスは腕を組んだまま、ゆっくりと口を開く。


「続けなさい。」


「共通しているのは場所です。」


 アスターは立ち上がり、王都の地図へ歩み寄る。


 赤い印が集まる西区。


 南区。


 港湾地区。


 指先で三つの地区をゆっくりとなぞる。


「ここには、人ではなく、物が集まります。」


「食料。」


「薬。」


「酒。」


「日用品。」


「生活に必要なものです。」


 調査官の一人が腕を組む。


「だが、盗まれた物は一致しない。」


「はい。」


 アスターは頷く。


「だから、盗まれた物ではなく……。」


 そこで言葉が止まる。


 視線が地図の一点で止まった。


 港湾地区。


 そこから西区へ伸びる一本の街道。


 さらに南区へ。


 頭の中で、ばらばらだった点がゆっくりと結び付き始める。


 しかし、まだ確信はない。


「局長。」


 アスターは地図から目を離さずに言った。


「現場を見たいです。」


 アルベリウスは小さく頷く。


「私も同じ考えだ。」


 そう言うと、机の上の報告書を一枚取り上げる。


「机の上では見えないものがある。」


「明日の夜明け、全員で西区へ向かう。」


 会議は終わった。


 だが、誰一人として席を立とうとはしなかった。


 王都の地図に並ぶ無数の印。


 それはもう、偶然では片付けられない数になっていた。


 翌朝。


 夜明け前の王都は、まだ眠りの中にあった。


 調査局の一行は西区へ向かう。


 アルベリウスを先頭に、エレナ、数名の調査官、そしてアスター。


 市場へ続く石畳には、人影もまばらだった。


「昨日と変わらないように見えるな。」


 若い調査官が辺りを見回す。


「だからこそ、見る価値がある。」


 アルベリウスは歩みを止めなかった。


 最初に訪れたのは、倉庫街だった。


 昨日調べた倉庫の管理人が、深く頭を下げる。


「また何かありましたか。」


「確認だけだ。」


 アルベリウスは短く答えた。


 アスターは倉庫の中へ入る。


 床板。


 棚。


 壁。


 昨日と変わらない。


 しかし、倉庫の外へ出たところで足を止めた。


 視線は道へ向いている。


 石畳には、荷車の車輪跡が幾重にも残っていた。


「どうした。」


 エレナが尋ねる。


「この道です。」


 アスターは静かに答えた。


「荷車は毎日通りますよね。」


「ええ。市場が開く前には必ず。」


 管理人が答える。


 アスターは頷き、地図を広げた。


 倉庫街から市場。


 市場から港。


 一本の道が街を貫いている。


「局長。」


 アルベリウスが隣に立つ。


「昨日の事件も、乾物店も、酒蔵も……。」


「全部、この道の近くです。」


 エレナが持っていた報告書を見比べる。


「本当ですね。」


「少し離れていますが、一本道で結べます。」


 若い調査官が腕を組む。


「偶然じゃないのか。」


 アスターはすぐには答えなかった。


 道を歩く商人を見る。


 荷車を押す青年。


 市場へ急ぐ女。


 誰もが、この道を使っている。


「偶然なら。」


 アスターが口を開く。


「もっと散らばるはずです。」


 その時だった。


 市場の方から怒鳴り声が聞こえた。


「ない!」


 商人が叫ぶ。


「今朝届くはずの荷が来ていない!」


 市場がざわつき始める。


 調査官たちが顔を見合わせる。


「確認してきます!」


 若い調査官が駆け出そうとする。


「待ちなさい。」


 アルベリウスが呼び止める。


「騒ぎだけを追うな。」


「全体を見ろ。」


 若い調査官は足を止め、深く息を吸った。


「……失礼しました。」


 アスターは市場の喧騒を見つめていた。


 一つの荷が届かない。


 それだけなら、よくあることかもしれない。


 だが、倉庫。


 乾物店。


 酒蔵。


 そして市場。


 点は、さらに増えた。


 アルベリウスは静かに言う。


「エレナ。」


「はい。」


「荷の遅延記録を調べなさい。」


「商人組合にも協力を要請します。」


 エレナはすぐに走り出した。


 アルベリウスはアスターへ視線を向ける。


「君は何を見た。」


 アスターは少し考え、答える。


「盗まれた物ではありません。」


「止められている流れです。」


 アルベリウスは何も言わなかった。


 ただ一度だけ、小さく頷く。


 朝日が王都を照らし始める。


 その光の下で、人も荷も動き続けている。


 だが、その流れのどこかに、誰かの意図が紛れ込んでいた。


 王都の動乱は、まだ誰にも見えない形で広がり続けていた。

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