第十話 広がる違和感
床板の下から見つかったのは、食料ではなかった。
空になった木箱がいくつも積み重ねられているだけだった。
管理人は呆然と立ち尽くす。
「そんな……。ここには何も置いていないはずなのに。」
若い調査官が木箱を一つ持ち上げる。
「隠し部屋か。」
アルベリウスは頷かず、首も振らない。
「アスター。」
「はい。」
「君はどう見る。」
アスターは木箱を見つめる。
新しい傷。
乾き切っていない木屑。
だが、床板の裏には埃が薄く積もっていた。
「最近作られた場所ではありません。」
「理由は。」
「床板は新しく見えます。でも、支える柱には古い埃が残っています。」
若い調査官が床下を覗き込む。
「つまり?」
「修理です。」
「誰かが床だけを直しています。」
アルベリウスは一度だけ頷いた。
「管理人。」
「は、はい。」
「この倉庫を修理した覚えは。」
管理人は首を横に振る。
「ありません……。父の代から、このままです。」
アスターは床板から視線を外した。
修理した者がいる。
しかし、管理人は知らない。
では、誰が。
「局長。」
エレナが足早に倉庫へ入ってきた。
革鞄から数枚の羊皮紙を取り出す。
「至急の報告です。」
アルベリウスが受け取る。
一枚目。
二枚目。
三枚目。
どれも短い報告だった。
穀物庫。
酒蔵。
乾物店。
被害品は違う。
共通しているのは、一つだけ。
「鍵は壊されていません。」
エレナが静かに言う。
「昨夜から今朝にかけて、同じような報告が三件届いています。」
若い調査官が顔をしかめた。
「偶然じゃないのか。」
アルベリウスは報告書を重ね、アスターへ差し出す。
「読んでみなさい。」
アスターは一枚ずつ目を通す。
場所。
時間。
被害。
管理人の証言。
似ている。
だが、同じではない。
違う点を探す。
その方が早い。
四枚の報告書を床へ並べる。
しばらく黙ったまま見比べる。
そして、一枚だけを指先で押さえた。
「ここだけ違います。」
アルベリウスは何も言わない。
「他は夜明けに発見されています。」
「でも、この倉庫だけは、開けた直後ではありません。」
管理人が小さく声を上げた。
「……そうだ。」
「私は朝一番に荷物を運び込んで、それから奥へ行った。」
若い調査官が目を丸くする。
「報告書には書いてないぞ。」
「聞かれなかったので……。」
アスターは報告書を閉じた。
事実は変わっていない。
だが、一つの証言で事件の見え方が変わった。
アルベリウスが窓の外へ目を向ける。
「エレナ。」
「はい。」
「この三日間の類似報告を、すべて集めてくれ。」
「承知しました。」
エレナは迷いなく踵を返す。
部屋を出る直前、アルベリウスは静かに続けた。
「盗難事件ではないかもしれない。」
その一言で、倉庫の空気が変わる。
若い調査官も、管理人も言葉を失った。
アスターだけは床下を見つめたまま、小さく考えていた。
――誰かが食料を盗んでいるのではない。
もっと別の目的がある。
その答えは、まだ見えていなかった。
夕暮れ。
調査局の部屋には、机が見えなくなるほどの報告書が積まれていた。
エレナが集めた資料は、三日分だけで二十件を超えている。
穀物庫。
酒蔵。
乾物店。
薬草庫。
被害はそれぞれ違う。
盗まれた物も一致しない。
それでも、どの報告書にも同じ一文があった。
**鍵は壊されていない。**
アスターは報告書を並べ替える。
品目ではない。
場所でもない。
時間でもない。
別の基準があるはずだった。
「何か見えるか。」
アルベリウスが尋ねる。
「まだです。」
アスターは首を横に振る。
「ですが、一つ気になります。」
王都の地図を机に広げる。
報告された場所へ印を付けていく。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて十を超えたところで、手が止まった。
「……偏っています。」
若い調査官が地図を覗き込む。
「何がだ。」
「東区には一件もありません。」
部屋が静まる。
エレナも地図へ視線を落とした。
「西区、南区、港湾地区……。」
「生活物資が集まる場所ばかりです。」
アルベリウスは腕を組む。
「東区は。」
「貴族街です。」
エレナが答える。
「教会本部と王城もあります。」
誰も口を開かなかった。
偶然。
そう片付けるには、件数が多い。
アスターはもう一度地図を見る。
事件は点だった。
だが、点は少しずつ形を作り始めている。
「局長。」
「言ってみなさい。」
「もし盗みが目的なら、狙う場所に偏りがある理由が分かりません。」
「逆に、場所が目的なら……盗まれた物は隠れ蓑かもしれません。」
若い調査官が息をのむ。
「つまり。」
「誰かが、王都の一部だけで何かを探している。」
その瞬間だった。
廊下を駆ける足音が響く。
扉が勢いよく開いた。
「局長!」
息を切らした伝令の修道士が、一通の封書を差し出す。
「王立騎士団から至急です!」
アルベリウスは封を切る。
短い文面だった。
読み終えた表情は変わらない。
だが、その沈黙が部屋の空気を重くした。
「エレナ。」
「はい。」
「調査局の全員を招集しなさい。」
「全員、ですか。」
「ああ。」
アルベリウスは静かに封書を机へ置く。
「これは倉庫荒らしではない。」
誰も動かなかった。
アルベリウスは王都の地図へ視線を落とす。
赤い印が並ぶその中心を、人差し指で静かになぞった。
「王都全体を見直す必要がある。」
アスターも地図を見る。
一つひとつの事件は小さい。
しかし、それらは確かに一つの流れを作っていた。
まだ誰も、その正体を知らない。
王都では、静かに何かが動き始めていた。




