第2話 崩れ始めた会議
会議は、開始から三十分ほどで、すでに形を崩し始めていた。
中央では、風と大地の神官が声を張り上げている。
責める言葉が重なり、矛先は何度も魔道機関へ向けられた。
「そもそも、禁忌魔法がこうも減らぬのは魔術師どもの怠慢ではないか」
「まったくですな。なぜ我ら神官が危険な場所へ赴かねばならんのです。役目を果たすべきは魔道機関でしょう」
強い言葉が続くが、噛み合わないまま流れていく。
対策を詰めるはずの場は、いつの間にか同じ方向の言葉だけが積み重なっていた。
魔道機関側の席は静かだった。
誰も口を開かない。
否定もしない。
炎の守護者は椅子の背に体重を預け、苛立ちを隠さず指先で机を叩いている。
大地の守護者は動かず、視線だけが中央へ向いていた。
レヴィンもまた、何も言わずに座っている。
風の守護者だけが、わずかに楽しげにその様子を眺めていた。
口元には笑みがある。だが、眼鏡の奥の目は笑っていない。
その視線だけが、議論から外れていた。
室内に満ちる精霊たちの気配が、落ち着かない。
ざわめきながら寄っていく、その先にいるのは――シルヴィーンだった。
神殿側の光の象徴が、この場に初めて姿を見せていた。
顔の上半分を覆う仮面。
その下から、素顔がわずかにのぞく。
ハイランディアに古くから残る風習で、未婚の女性が素顔を隠すためのものだが、今では催事でしか見ることはない。
だが、それ以上に目を引くのは、その在り方だった。
彼女は動かない。
ただ、中央を見ている。
退屈そうにも見える。
だが、視線は揺れない。
風の守護者は、わずかに目を細めた。
――違う。
興味がないのではない。
最初から、揺れていない。
「風の神官様、大地の神官様」
その声は強くもなく、流れを押し切るでもなく、ただ自然にそこへ置かれた。
だが、それだけで十分だった。
重なっていた言葉が止まり、空気がわずかにほどける。
視線が集まる。
シルヴィーンは座ったまま、穏やかに続けた。
「お二人が世界のためを思われていることは、よく分かります」
素直な言葉だった。
それゆえに、疑われない。
風の神官が、わずかに目を細める。
そのまま言葉は流れていく――はずだった。
「ですが、魔術はとても繊細なものです。ただ叱責されているだけでは、お考えも、その思いも届きません」
流れが、わずかにずれる。
否定ではない。
だが、流れはそこで外れた。
「どうか、お二人の力をお示しください。禁忌魔法をどのように解除すべきか、魔獣と対峙した場合どう対処すべきか、この場でご教示いただけませんか」
静寂が落ちる。
誰も動かない。
炎の守護者の手が止まり、大地の守護者がわずかに視線を上げる。
風の守護者は口元を押さえたまま、目だけを細めていた。
中央に立つ二人は、言葉を失っている。
やがて、風の神官が咳払いをした。
「も、もちろん、手本を見せるのは構わんが……ここには禁忌魔法の魔法陣もなければ、魔獣もおらぬ。ゆえに、実演は叶わぬな」
語尾が、わずかに鈍る。
「大丈夫です」
柔らかな声だった。
「会議前に、魔術師の方が魔獣を生け捕りにされていました。すぐに手配いたします」
空気が止まる。
誰も言葉を返さない。
炎の守護者が顔を伏せ、肩を震わせる。
風の守護者は声を殺して笑い、サイラスは小さくため息をついた。
レヴィンだけが、動かない。
中央の二人は、もはや立っているだけだった。
「あっ、いや……今日は少々、体調が優れぬ。次の機会にするとしよう」
逃げるように言い残し、そのまま会議室を出ていく。
扉が閉まり、残された空気がわずかに沈んだ。
「これはまた……」
風の守護者が、誰にともなく呟く。
「光の姫、訂正しよう。面白い姫だ」
シルヴィーンは一度だけ風の守護者へ視線を向けるが、何も言わずに中央へ戻す。
精霊たちのざわめきが、先ほどよりも強くなる。
レヴィンは静かに見ていた。
あの仮面は、何かを隠すためのものではない。
自分が何者であるかを、忘れないためのものだ。
空から落ちてきたときと同じ。
この少女は、落ちた場所を、そのままの場所にはしない。
――そういう在り方だった。




