第9話 セレスティーヌのお茶会
「エル様。どうぞ楽しんできてください」
マーヤとメイドたちに見送られて、エルネスタは馬車に乗り込む。
心がどこか落ち着かない。
「ワン!」
振り返ると、ドミトリがエルネスタに向かって吠えている。珍しい。まるで何か注意喚起しているような。
エルネスタは足を馬車に掛けた状態で、立ち止まった。
「ドミトリも連れていっていい……?」
「いけません」
マーヤがぴしゃりと言う。
「貴族のお茶会に動物など。それに、セレスティーヌ様は動物嫌いのお方」
「でも……」
エルネスタは不安げに視線を落とす。
マーヤはしっかりした口調で告げる。
「エル様は厳しいマナー教育を受けてきました。それに今日は、従姉妹のセレスティーヌ様が主催。エル様なら大丈夫です」
エルネスタは小さく頷く。
そして、エルネスタを乗せた馬車は動き出した。
いつもなら、隣にギルベルトが座っている。
一人で乗る馬車は広くて、とても心細い。
(ギル……)
エルネスタは祈るように、小さな手を胸にあてた。
そのときだった。
「ワンッワン!」
はっとして窓から外を見ると、ドミトリがこちらに走ってきている。
「止めて!」
馬車が止まった。
エルネスタは馬車から降りる。
ドミトリがエルネスタに飛び掛かった。
あとから、息を切らしたマーヤが追い付く。
「マーヤ、お願い。お茶会には連れていかない。馬車の中に置いていくから、ドミトリを連れていかせて」
「ですが……」
「ギルがいなくて心細いの」
マーヤはしばらく口を噤んでから、仕方ないと言わんばかりに眉尻を下げた。
「……お茶会へは連れていかないように」
エルネスタは笑って、ドミトリと共に馬車へと乗り込んだ。
馬車は、再び動き出した。
半時間ほどで、セレスティーヌの家の領地へと辿り着いた。
使用人に案内されたのは、美しい薔薇の花が咲き誇る、広々とした庭の奥にあるガラス張りの豪奢なサンルームだ。
光が溢れ、テーブルには色とりどりのお菓子が並んでいる。
「まあ、エルネスタ様。ようこそいらっしゃいました」
セレスティーヌが笑顔で出迎える。
少人数と聞いていたが、全員で三十人ほど――中には、エルネスタの両親と並ぶ位の貴族たちも混じっている。
子息たちだけかと思っていたが、違うようだった。
「皆様。こちらが、あのエルネスタ令嬢ですわ」
セレスティーヌが参加者に向かって、エルネスタを紹介する。
貴族たちが一斉にエルネスタを見た。
一瞬、エルネスタの背筋に悪寒が走る。
貴族たちの目はどこか、好奇に満ちていたからだ。
「さあ、エルネスタ様のお食事は別に用意しておりますのよ」
そう言って、セレスティーヌはエルネスタを中央のテーブルまで連れていった。スイーツタワーが並べられている中に、ひとつだけ銀色のドームカバーが被せられた皿がある。
セレスティーヌはにやりと口角を上げながら、ドームカバーを持ち上げた。
「“獣令嬢”の大好物ですわ」
「……っ!」
驚いたエルネスタは言葉を失い、一歩後ずさる。
そこには、生々しく、まだ赤い血が滲む鹿肉のローストが鎮座していた。
芳醇な香りは一切なく、鼻を刺すような鉄の匂いが、一瞬にしてサンルームに満ちていく。
周囲からざわめきが起きる。
「まあ」
「ジビエですの?」
セレスティーヌは嬉々とした口調で告げる。
「エルネスタ令嬢は、野犬と狩りが大好きですの」
「あらあら、それは野性的ですわね」
周囲の令嬢たちは扇子で鼻を覆い、顔を顰めてクスクス笑った。
先日、ギルベルトが撃った白角鹿を解体したときのことが思い返された。
エルネスタの胃がぎゅっと縮まる。
(吐きそう……)
そう思って、エルネスタは口を押さえた。
だが、脳裏にギルベルトの姿が浮かぶ。
『理由なく殺めてしまうのは失礼かと』
鹿の死体に頭を下げて、「いただきます」と言った彼の姿――。
エルネスタはそっと、鹿肉ローストへと歩み寄る。
そして――。
「いただきます」
皿に添えられたフォークとナイフを取り、ローストを一口食べた。
周囲がざわめいた。
先ほどとは違い、くすくすした笑い声ではない。
「本当に食べたぞ……」
「嘘でしょ……」
明らかに困惑した、そんな声が満ちていく。
セレスティーヌさえ、信じられないものを見るように目を見開き、無言でエルネスタを見つめている。
エルネスタは一口を食べ終える。
この前、ギルベルトやメイドたちと食べたソテーほど美味しくはない。
生臭くて、どこか寂しい味。
けれど――。
(わたくし、残したりなんてしませんわ)
「美味しいですわ」
エルネスタは微笑んだ。
そしてもう一口、さらにもう一口と口に入れていく。
嘲笑は止み、周囲はしんと静まり返った。
セレスティーヌの顔が、屈辱で怒りに歪んでいく。
「な、何ですの、あなた……! 本当に化け物みたいに肉を貪って……汚らわしい!」
セレスティーヌが激昂した瞬間、彼女の身体からもわりとした冷たい”霧”が溢れ出し、サンルームの光を遮っていく。




