第6話 温かい夕食
その日の夕食は、鹿肉のソテーだった。もちろん先ほどギルベルトが狩った、白角鹿である。
長いテーブルの上に、料理が次々と運ばれてくる。
エルネスタは、目の前に置かれた鹿肉のソテーを見つめた。つい先ほどまで生きていたのだと思うと、いつもと同じ料理なのに、緊張してしまう。
「お父様とお母様は?」
「お二人とも用事があると、出て行かれました」
「なら、みんなで一緒に食べましょう」
エルネスタがそう言うと、メイドたちは顔を見合わせる。苦笑いしたあと「かしこまりました」と言って、各々着席した。
「ギルも」
扉付近に立っていたギルベルトに声をかける。
ギルベルトは無言で、エルネスタとは反対側の席へ向かった。
「なぜそちらなのです? 近距離が苦手だから?」
「いえ。立場を考えたからです」
ギルベルトは表情を変えずに言った。
エルネスタはしばらくギルベルトをじっと見つめてから、意を決したように、すくっと立ち上がる。
そしてソテーの皿を持って、ギルベルトの隣の席まで来た。
「今日はここで食べますわ」
ギルベルトの睫毛が僅かに揺れる。
メイドたちは、くすりと笑った。
「いただきます」
エルネスタはそう言ってから、ナイフとフォークを手にする。
だが、なかなか手を動かそうとしない。
「……抵抗がありますか」
隣からギルベルトが、エルネスタにしか聞こえない程度の声で囁いた。
「……」
思い出すのは、一瞬の出来事。
ギルベルトが猟銃を構えて、獲物に向かって弾丸を一発だけ打ち込んだ。あの時の静けさ、空気、音、そして横顔。
目の前にあるのは、彼が命を懸けて仕留め、慈しむように捌いた肉だ。
「わたくし、残したりなんてしませんわ」
エルネスタはナイフをそっと鹿肉へ入れる。細かく切ってから、一口食べた。
「……美味しいですわ!」
エルネスタはギルベルトに顔を向ける。その瞬間、エルネスタの心臓がどくんと高鳴った。
ギルベルトがこちらを見て、微笑んでいたからだ。今まで見た中で、一番優しい顔だった。
とっさにエルネスタは視線を泳がせる。
ギルベルトは隣で、淡々と料理の続きを食べていた。
エルネスタはいつもより時間をかけて、食べ終えた。
エルネスタの皿を覗いたマーヤは驚いた。
「……今日は完食されたのですね」
小食のエルネスタが、全て食べ終えるのは稀だ。他の料理は少しだけ残ってはいるが、鹿のソテーだけは、きれいさっぱりなくなっている。
「ごちそうさまでした」
エルネスタはそう言って、席を立ちあがる。
すると、隣に座っていたギルベルトも立ち上がった。
その瞬間、エルネスタは気付く。
(ギルは、わたくしが食べ終わるのを待っていたのかしら……)
見上げると、ギルベルトは特に何かを考えているそぶりもない。
「エル様」
メイドの一人が声をかける。
「今日は、ドミトリと遊ばなくてよろしいのですか」
エルネスタははっとして、身体がぴょこんと跳ねる。
「そ……そうでしたわ! 今日はまだドミトリと遊んでおりませんでした!」
弾かれたようにエルネスタは、扉の方へと走って行く。
「ドミトリ~!」
「こら、エル様。走らない!」
マーヤの声が飛んだ。
エルネスタが出て行ったあと、その背中を見つめながら、ギルベルトが小さく笑った。




