第41話 白い死神 ②
敵兵の足音が止まった。
しん、と森が静まり返る。
ギルベルトは数秒その場を動かなかった。
敵が全滅したと断定するには早い。撃ったあとこそ、狙撃手は最も無防備になる。
気を引き締めろ。自分に言い聞かせる。
耳を澄ませた。
ひゅうひゅうと吹く風。
静かにひらひらと降る雪。
枝葉の擦れる音。
――人間の音はない。
ようやくギルベルトは銃口を下ろす。
周囲を確認し、倒れた兵士たちに近づいた。息がないことを確認し、武器を手の届かない場所へ蹴りやった。
三人の兵士たちは、いずれも軍服ではない。厚手の白い防寒着に、肩当てだけが革製。腰には短剣と信号弾を提げている。
(この服装、正規軍ではない。研究施設付きの私兵か、クロードの手の者か……)
懐を探ると、折り畳まれた簡易地図が出てきた。
干し肉、火打石、予備弾。そして、一枚の羊皮紙。
広げると、そこには凍銀の森の簡易地図が描かれていた。
赤い線に青い丸、黒く塗り潰された四角。
ギルベルトは目を細める。
(巡回路か)
赤線は一定間隔で途切れている。
その意味を考えた瞬間、ギルベルトは地図から顔を上げた。
――交代地点。
つまり、この兵士たちは定時に持ち場を交代する。
戻らなければ異変に気付かれる。
ギルベルトははっとして、兵士の腕を見た。
革製の腕輪には数字が刻まれていた。
『Ⅲ』
(振り分けられた班の数字か。ならば他にも班がある)
施設周辺には、まだ何組もの警備兵が配置されているはずだ。
ギルベルトは羊皮紙を折り畳み、懐へしまう。長居は危険だ。
再び雪を踏みながら歩き出す。
しばらく進むと、森がゆるやかに開けた。切り立った谷が姿を現す。
深い谷底へ向かって冷気が流れ込み、白い霧となって滞留している。
ギルベルトは地図を見返した。
(ここか)
巡回路は尾根側を通っているが、対して谷筋には赤線がない。
兵士が通らないのではない。通れないのだ。
雪崩や滑落など、危険が多すぎる。だからこそ、潜入には向いている。
ギルベルトは迷わず谷へ降りた。
防寒長靴のスパイクを雪へ食い込ませ、一歩ずつ慎重に進む。
冷気が唯一剥き出しになった頬を刺す。白い息が霧へ溶けていく。
谷底を慎重に進んでいると、不意に視界の先が開けた。
ギルベルトは立ち止まる。
霧の向こうの雪化粧した森のさらに奥に、巨大な黒い建造物が静かに佇んでいた。
高い外壁に見張り塔、鉄柵に覆われた建造物の煙突から灰色の煙が上がっている。
周囲には雪を踏み固めた搬入口まで見える。
(……あれか)
国家研究施設。
エルネスタが囚われている場所だ。
ギルベルトはその建物を静かに見据えた。
まだ距離はあるが確実に近づいている。
ここから先は、森とは違う。敵の縄張りだ。
どんな攻撃にも即座に対応できるよう、気を引き締めなくては。
ギルベルトは肩に掛けた狙撃銃を握り直し、再び歩き始めた。
白い外套が雪景色へ溶け込んでいく。
まるで、白銀の世界そのものが歩いているようだった。




