↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/46

第32話 親族交流会 ⑤

 エルネスタの顔がぱっと明るくなった。


「クロード様! お久しぶりですわ」

 彼女もまたクロードへと近づこうとする。

 だが途中で足を止め、気まずそうに目を伏せた。


「どうされました」

「わたくし、クロード様に謝らないといけないことがありますの」


 クロードは首を傾げる。


「あの……せっかく頂いたのに、アレキサンドライトを失くしてしまいましたわ……」


 クロードはエルネスタの前に膝をついた。

 ギルベルトはクロードから目を逸らさない。銃の安全装置は既に外している。エルネスタに何かしようものなら、引き金を引く――今度は必ず。

 

 クロードは、礼服のポケットから何かを取り出した。

 そして手のひらを広げ、“それ”をエルネスタへと差し出す。


「こちらでしょうか」


 彼が差し出したのは、ダンスパーティーの際、エルネスタに贈ったアレキサンドライトのブローチピンだった。


「まあ」

 エルネスタは目を丸くした。

「どうしてこれを?」


 クロードは目を細めた。

「たまたま拾ったのです。――森で」


 ギルベルトの背筋がひんやりと冷たくなる。


(拾っただと……。あの霧はセレスティーヌで間違いない。つまり……)


 ギルベルトはクロードから目を離さない状態で、視界の隅にセレスティーヌを捉える。


 セレスティーヌの鼓動は、どこか張り詰めていた。

 クロードと繋がっている。

 だが――。


(彼女も、奴の来訪を知らなかったのか……)

 

 セレスティーヌは唇を引き結んでいた。

 それは共犯者の顔ではなかった。

 獲物を差し出したはずの猟犬が、自分より先に主人の足音を聞いたときのような顔だ。


 クロードは無言で、セレスティーヌを一瞥した。

 その瞬間、彼女の心臓がどくんと音を立てる。

 敬意と恐怖が入り混じるようなノイズ――ギルベルトにはそう聞こえた。


 セレスティーヌは完全に硬直している。

 完全に首輪を握られている猟犬のような音が、ギルベルトの鼓動をさらに冷たく、鋭く研ぎ澄ませていく。


「まあ! 森で拾ってくださったのですか?」

 緊迫する空気など露知らず、エルネスタは純粋な喜びの声を上げた。

「ありがとうございます、クロード様。本当に、ずっと気になっていましたの」


 嬉しそうにブローチピンを受け取ろうとした。

 だが、その小さな指先がアレキサンドライトに触れる直前――。


 すっと、エルネスタの前に影が差した。

「ギル?」

 ギルベルトが、エルネスタの前に立ちはだかったのだ。

 

 クロードは膝をついたまま、ゆっくりと視線を上げてギルベルトを見る。

 無表情のまま、ジャケットの裏の銃をいつでも引き抜ける完璧な間合いを保ち、クロードを冷徹に見下ろしていた。


「――ザハリアス侯爵。ここは親族のみの私的な懇親会のはずですが」

 低く、地を這うような声。


 クロードは、ギルベルトのジャケットの内側に向けられた指先を一瞥すると、ふっと、楽しげに琥珀色の瞳を細めた。


「おや。素晴らしい『忠犬』が、ずいぶんと鋭い牙を剥く」


 クロードは立ち上がる。

 その拍子に、彼の心音がギルベルトの耳に滑り込んできた。

 ――凪いでいる。

 銃口を向けられているかもしれないという極限の状況において、クロードの心音は、恐ろしいほど一定で、静かだった。


(やはり……この男は底が知れない)


 ギルベルトは内心で舌を巻く。

 この男のまとう音には、戦場にいた戦士たちとは全く違う、冷徹な『計算』と『支配』の響きしかない。

 

「本日はローゼンベルク公爵より、お招きいただいております」

 クロードがそう言ってローゼンベルク公爵の方を振り返ると、セレスティーヌの父親は、冷や汗を拭いながら慌てて頷いた。

「あ、ああ……。そうだ、ザハリアス侯爵には、私が声をかけておいたのだ」

「セレスティーヌ様とは旧知の間柄ですので」


 この言葉を聞いた瞬間、セレスティーヌの鼓動がさらに嫌な音を立てた。


 ――違う。

 クロード様は、わたくしを見に来たのではない。


 胸の奥が冷えていく。

 今まで自分が握っていたと思っていた糸の先を、最初から別の誰かが握っていたような感覚だった。

 セレスティーヌの胸の奥では、羞恥と屈辱が綯い交ぜになって、気持ちがどんどん濁っていく。


 クロードはエルネスタの前を遮るギルベルトを見つめ、挑発するように、薄く、妖艶に唇を歪めた。


「さて……伝説の『王冠』の輝き。実に素晴らしいものを見せていただきました」

「ありがとうございます」

 エルネスタは照れくさそうに笑った。

「こちらこそ」

 クロードは静かに一礼した。


「本日はそれだけを確かめに参りましたので。長居すると親族交流に水を差しかねませんので、私はこれにて失礼いたします」

 それだけ言って踵を返し、ゆっくりした足取りで扉の方へ歩き出した。


(確かめに……?)

 ギルベルトの胸の奥で、靄のかかった不穏な感情が広がっていく。

 それにやはり、あの男の音が気に入らない。

 戦場で見た狂乱の戦士たちとは違う、狂気的なほど静かで整った音――。


 扉の前で足を止めたクロードが、ふと振り返った。


 警戒する灰色の瞳と、愉悦に満ちた琥珀色の瞳。

 視線がぶつかり合う。


 クロードは一瞬だけ口角を上げたのち、部屋を出て行った。


 ギルベルトは扉が閉まる音を聞いた。

 あの男の音だけが、最後まで理解できなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。