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第31話 親族交流会 ④

「――『王冠(クラウン)』ではないのか!?」

 老貴族の震える声が、広間に落ちた。

 

 その矢先、今までとは比較にならないほどのざわめきが会場を駆け抜ける。

「まさか……」

「本当に?」

「シルヴェスタ家に再び現れたのか……?」

 その声は、興奮と畏怖が入り混じったものだった。


 先ほどまでエルネスタへ向けられていた好奇の視線が、今はまるで伝説の生き物を見るような色へ変わっていた。


 だが――。

 

「ふぇっ?」


 当の本人だけが状況を理解していなかった。


 エルネスタは壇上の中央で、小さく首を傾げる。

「くらうん……?」


 聞いたことのない単語だった。

 会場を見渡してみるが、皆どこか様子がおかしい。

 シルヴェスタ公爵は額を押さえているし、夫人も珍しく言葉を失っている。

 セレスティーヌに至っては、顔色が悪い。

 そして――。

 ギルベルトだけが、静かにエルネスタを見つめていた。


(ギル……)


 その視線に気付いたエルネスタは、少しだけ安心する。


 だが、周囲のざわめきは一向に収まらない。


「数百年前の初代公爵以来だ」

「いや、先代にも兆候はあったはず」

「だが完全な発現はしていない」

「ならば本物か……?」

 親族たちの声が飛び交う。

 エルネスタはますます困惑した。


「お父様」

 壇上から助けを求めるように呼ぶ。


 シルヴェスタ公爵はしばらく黙っていたが、やがて重く息を吐いた。


「……エルネスタ。こちらへ」

 その声は穏やかだったが、どこか諦めにも似た響きを含んでいた。


 エルネスタが壇上を降りる。


 その背後で、セレスティーヌは震える拳をドレスの陰へ隠した。


(また……)

 爪が掌へ食い込む。

(また、エルネスタなの……?)


 そのときだった。

 パチ。

 パチパチと拍手をする音が聞こえた。

 荒々しくない、静かで品のある拍手の仕方――ローゼンベルク公爵夫人だった。


「素晴らしかったわ。エルネスタ」

 

 セレスティーヌの心臓の奥が、ぎゅっと縮まった。


「叔母様、ありがとうございます」

 

 ローゼンベルク公爵夫人は柔和な笑顔を向ける。

 その笑顔は、セレスティーヌがどれほど求めても向けられなかった種類のものだった。


 エルネスタは少し迷うように一拍間を開けた後、

「ところで……王冠とは何ですの?」と小さな声で尋ねる。


 だが誰もすぐには答えなかった。


 ローゼンベルク公爵夫人は微笑んだまま、

「エルネスタ。素晴らしかったけど、まだ伸びしろがありそうね」

 と話題を変えるように言った。

「はい! 今は練習中ですの。今度は、もっとたくさん浮かせられるように頑張りますわ!」

「ええ。楽しみにしているわ」


 王冠。

 その名を口にした瞬間から、大人たちの反応はどこか不自然だった。

 

 ギルベルトは不可思議な音を聞き取った。


 ローゼンベルク公爵夫人は嘘をついていない。

 嫌味ではなく、心からエルネスタに期待を寄せている――そう見える。


 一方で気になったのは、シルヴェスタ公爵だ。

 先ほどから心音が不規則だ。


 そしてもう一人――。

 セレスティーヌ。


 音を聞くまでもない。

 

 (あの女は、エル様に悪意を抱いている。今まで以上に警戒心を強めなくては)



 そのときだった。

 会場が波打つように、ざわめきが揺れ動く。


「あれは……ザハリアス侯爵」


 ギルベルトの心臓が嫌な音を立てた。

 ゆっくりと振り返ると、見覚えのある黒髪を後ろで結った男が佇んでいた。

 優雅な佇まいに、質のいい礼装、そして妖艶な琥珀色の瞳。


 ――クロード・ザハリアス。

 

(シルヴェスタとローゼンベルクの親族ではないあの男が何故ここに居る)


 ギルベルトは無意識に、ジャケット裏に忍ばせた銃へ指先を伸ばした。

 クロードはギルベルトを一瞥し、その挙動を把握しているかのように、薄らと笑う。


 だがすぐに、エルネスタの方へ歩み寄った。


「お久しぶりです。エルネスタ様」

「クロード様……」

 



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