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第30話 親族交流会 ③

「エルネスタ……?」

 シルヴェスタ公爵の声が上ずった。


 ギルベルトも驚いてエルネスタを見つめた。

 平然とした顔をしている。


 そして、この場で一番驚いたのはセレスティーヌ自身だった。


(なんですって……?)


 エルネスタの異能は、シルヴェスタ血筋の中で稀有とはいえ、制御できていない未完成品だ。

 感情の浮き沈みによって、勝手に物を浮かせてしまうエルネスタは、親族以外の貴族たちから気味悪がられている。

 “ポルターガイスト”

 “欠落令嬢”

 影では不名誉な仇名をつけられている。

 ――その原因は、セレスティーヌの吹聴によるものだが。


 当然セレスティーヌは、エルネスタが「ふぇっ……」と泣きそうな顔をして拒否するものと思っていたし、だからこそ逃がさないよう、無理やり披露させて恥をかかせようとしていた。


 なのに。

 あの子は平然と承諾した――。


 親族たちから声が上がる。


「エルネスタ様の能力披露ですって」

「セレスティーヌ様と同じ“霧”かしら」

「本家の血筋だから、別のではなくて?」


 セレスティーヌのお披露目のときに、ひそめき合っていた声とは一転して、どこか期待に満ちている。


「エルネスタ」

 シルヴェスタ公爵が不安げにエルネスタを見た。

「大丈夫ですわ、お父様。わたくし、特訓してきましたもの」

 エルネスタはやる気に満ち溢れた顔で答えた。


(そう……ギルと、半年間頑張ってきたのですわ)


 ギルベルトを見上げる。


「エル様」

「ギル。見ていてくださいまし」


 エルネスタは壇上へと上がる。


 セレスティーヌと視線がぶつかった。

 

「セレスティーヌ様。素晴らしかったです」

 エルネスタはにっこりと微笑んだ。

「だから……わたくしも頑張りますわ!」


 その笑顔に悪意はない。

 なのに、セレスティーヌの背筋がぞわりとする。


『ギルに何かしたら、指を切り落としますわよ』


 お茶会でのエルネスタの言葉が耳奥に蘇った。


 セレスティーヌは唇を噛み締める。

 なぜだろう。

 壇上へ上がっていく小さな背中が、ひどく嫌な予感を連れてくるように見えた。



 壇上の中央に立ち、エルネスタは深く息を吸い込む。

 三十人もの大人の視線が、一斉に自分に突き刺さった。

 心臓が跳ねそうになる。


 でも。

 ギルと一緒に練習してきた。

 それに、今もギルが見守ってくれている。


 エルネスタはドレスのポケットのふくらみに片手で触れる。

 ――銀の弾丸。

 大丈夫だ。

 念じるように、エルネスタは目を閉じた。

 思い出すのは森の匂いと、自分を見つめる灰色の瞳。


(――焦らなくていい。ただ、身体の中を流れる感覚に、そっと指を触れるだけでいいのです)

 かつてギルベルトがくれた言葉が、脳裏に優しく響いた。


 エルネスタは、そっと両手を前に差し出す。

 そして、これまでのように感情に任せるのではなく、自らの意志で“重さ”へ触れるように意識を集中させた。


 ――その瞬間。

 パキ、と広間の空気が鳴った。


「え?」

 異変に気付いた誰かが声を上げる。

「な……んだ、これは……?」

 誰かが驚愕の声を上げる。

「きゃあっ」

 会場のあちこちから、短い悲鳴と感嘆が同時に湧き上がった。


 テーブルの上に並べられていたクリスタルグラス、注がれたばかりのシャンパンの黄金色の泡、そして壁際に飾られていた深紅の薔薇の花びらたちが、重力を失ったかのように、ゆっくりと宙へ向かって浮かび上がり始めた。


 エルネスタがそっと意識を巡らせると、数十枚もの薔薇の花びらが、まるで意思を持った生き物のように、宙を舞う。

 キラキラと輝くシャンパンの泡が、花びらとともに空中を優雅に旋回した。


 それは、息を呑むほど美しい「重力の芸術」だった。


 会場が静まり返る。

 誰もが、目の前の光景に目を奪われていた。


 その中で、セレスティーヌだけが、見開いた瞳を激しく震わせていた。


(嘘……嘘よ……。コントロールできずに暴走するはずじゃ……!? なぜ、あの子がこんな……!)


 大人たちのざわめきが、先ほどとは全く違う声色を帯びて広がり始める。


 そして、ギルベルトは見逃さなかった。

 エルネスタの呼吸が少しずつ浅くなっていることに。


(エル様。少し無理を……。その辺でお納めください)


 ギルベルトがエルネスタを見つめる。

 はっとしたエルネスタは、そこで能力を解除した。


「……空間の……重力を、完全に支配しているのか……?」

「こんな異能見たことがないわ……」

「まさか……数百年前の初代様以来の……」


 その中で、一人の老貴族が、震える声でその名を口にした。


「――『王冠』ではないのか!?」


 

 セレスティーヌは、自分の足元が崩れ落ちるような感覚を覚えた。

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