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第29話 親族交流会 ②

 会場全体に白い霧が立ち上がる。


「すごい……」と感嘆の声を漏らす者。

 ひやりとした冷気に、身震いする者。


 その様子を横目で見ながら、ローゼンベルク公爵は満足気に口角を上げた。

 

 それぞれ皆が反応する中で、エルネスタの背後に立つギルベルトはただ一人、表情を崩すことなく静かにセレスティーヌを見ていた。


 ――聞こえる。

 静まり返った会場の奥で、人々の感情が音となって揺れていた。

 浅くなる呼吸、僅かに速まる鼓動、期待と焦燥。

 そして――言葉にならないざわめき。

 この場に満ちているのは、かつて戦場で嫌というほど味わったものに似ている。

 誰かが持つものを欲し、誰かが持たぬものを嘆く。

 人が人を見上げる場所の音だ。


 それが濃くなるほどに、ギルベルトが内に秘めていた推測が確信へと変わっていく。


(……以前森でエル様を襲った霧。やはりセレスティーヌの仕業か。あるいは――ローゼンベルク公爵家が、それを黙認しているのか)


 ギルベルトはわずかに視線を鋭くし、無意識のうちに一歩、エルネスタの影に近づくように間合いを詰めた。


 一方のエルネスタも、ギルベルトと同じく確信する。

 

(森の霧はセレスティーヌ様が作った霧……)


 だが、それ以上に困惑していた。

 

(けど……異能ってなんですの)


 エルネスタは小さな手をぎゅっと握る。

 自分を苦しめてきた“物を浮かせてしまう能力”。

 これもまた、セレスティーヌと同じ“異能”なのだろうか――。

 胸がどきどきする。


「エル様」

 背後から落ち着いた声がした。

「大丈夫ですか。体調などは」


 彼の「音」を聞くだけで、エルネスタの心臓は規則正しい旋律へと戻る。


「大丈夫ですわ」

「そうですか。なら、問題ありませんね」

 ギルベルトは、ジャケットの裏に忍ばせた銃にかけた指先を元へ戻した。



「あら。セレスティーヌは“霧”だったのね」

 どこかの夫人が言った言葉。

 それを皮切りに、他の貴族たちのひそめく声が聞こえてきた。


王冠(クラウン)ではなかったか」

「あれは……本家の中でも稀ですもの」

「シルヴェスタ家でも、近年は現れていないのでしょう?」

「先代以来と聞きますわ」


 シルヴェスタの名が聞こえたエルネスタは、鹿のように耳がピクリと動いた。

(王冠……?)


 コホン。

 誰かの咳払い。


 親族たちは気まずそうに、ひそひそ話を止めた。


 セレスティーヌは両親の方を見る。

 ローゼンベルク公爵は「もう十分だ」と言わんばかりに、目で合図を送った。

 能力を解除しようとした瞬間だった。


 ローゼンベルク公爵夫人が目を伏せ、小さなため息をつく。

 セレスティーヌはそれを見逃さなかった。


 立ち込めていた霧が、徐々に引いていく。


 ローゼンベルク公爵は壇上に立った。

「皆様。セレスティーヌのお披露目にお付合いありがとうございました」

 高らかに上げた声と共に、会場に大きな拍手と歓声が沸き上がる。


 エルネスタは周囲を見渡してから、両親に倣って拍手をした。


「エルネスタ様」

 どこからともなく、場の空気を引き裂くような澄んだ声が聞こえた。

 ――セレスティーヌである。


 エルネスタははっとして顔を上げる。


 壇上からエルネスタを見つめるセレスティーヌの唇が、ゆるやかに弧を描く。

 それは淑女らしい微笑みだった。

 少なくとも、周囲にはそう見えた。


「次はエルネスタ様の番ですわ」

 

「ふぇっ?」


 会場に居る全員が、一斉にエルネスタの方を見た。


「セレスティーヌ様だけでなく、エルネスタ様のお披露目もあるのか」

「たしか、エルネスタ様は稀有な異能だと聞いたことがある」


 訳も分からず、名指しされたエルネスタの心音が逸っていく。

 その音を聞いたギルベルトは、エルネスタを周囲の視線から守るように、彼女の斜め前に出る。


「さあ、エルネスタ様。壇上へ」

 セレスティーヌが、仰々しく手を伸ばした。


 シルヴェスタ公爵夫妻が困惑するように顔を見合わせる。

 それを見たローゼンベルク公爵が、慌てたようにセレスティーヌへと近づいた。

「セレス、何を……」

「せっかくの機会ですもの。参加いただいた皆様に楽しんで欲しいのですわ」

 セレスティーヌはにっこりと笑った。


 参加者たちの期待と興奮が高まっていくのが分かる。


 その空気を感じ取ったセレスティーヌが、言葉を続ける。

「先ほどの霧も即興でしたわ」

 完璧な淑女の笑みだった。

「それに……異能とは本来、その者と共にある力。準備など必要ないのではなくて?」


 親族たちの間から、小さな同意の声が漏れる。


 シルヴェスタ公爵の眉が僅かに動いた。


「お父様」

 近くから、小さな声が転がる。

 エルネスタだった。


「どうした?」

 

 エルネスタは大きな藍色の瞳を父に向けた。


「わたくし、やってみたいですわ」

 

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