第28話 親族交流会 ①
ぐっと腰のコルセットが締まる。
コルセットは慣れているのに、今日はやたら胸に圧迫感を覚える。
セレスティーヌは鏡に映る自分の姿を見た。
豪華なフリルのついた赤いワンピース。
スカート部分には、薔薇を模した飾りがたくさん付いている。
「お似合いですわ。セレスティーヌ様」
着付けを手伝っていたメイドは、満面の笑みだ。
「ええ……」
普段なら褒め言葉はなによりも嬉しいはず。
なのに――。
手がひどく冷たかった。
「ねえ」
「はい?」
「今日のわたくし、美しいかしら」
メイドは目をぱちくりさせる。
だがすぐに、微笑んだ。
「当たり前です。セレス様はいつもお美しいですが、今日は格別にございます」
そう言う彼女の声色には、何の棘もなかった。
セレスティーヌがふっと息を吐いた矢先――扉をノックする音がした。
「セレスよ。入るぞ」
父――ローゼンベルク公爵の声だ。
「はい」
扉がぎいと開かれ、ローゼンベルク公爵夫妻が部屋の中へ入ってきた。
セレスティーヌの横に控えていたメイドは、数歩後ずさり、壁際へと移動する。
「いよいよ今日だな」
「はい」
「今日はシルヴェスタ公爵家も来られる」
その場の空気が、ぴんと張り詰めた。
ローゼンベルク公爵夫人は目を伏せる。
その仕草を見たセレスティーヌは、固まった。
母はシルヴェスタ家の生まれだった。
本来ならば本家を継ぐ立場にあったのに、ローゼンベルクへ嫁ぎ、家督は弟――エルネスタの父へ渡った。
ローゼンベルク公爵夫人が、セレスティーヌに近づいた。
「今日は失敗しないでちょうだい」
その声は、淡々としている。
娘の晴れ舞台への祝福ではなく、どこか業務的な言い方だ。
「……もちろんですわ」
答えながら、セレスティーヌは母の表情を窺った。
褒められたいわけではない。
ただ……失望されたくなかった。
セレスティーヌは冷たい手を握りしめる。
(そうよ。今日の主役はわたくしだもの……。エルネスタなんかじゃない)
◇
セレスティーヌはローゼンベルク公爵夫妻と共に、会場の広間へと移動した。
懇親会には、三十人ほどが参加すると聞いている。
開始時刻の半時間前。会場では参加者の半分ほどが既に揃っていた。
「ローゼンベルク公爵」
親戚の貴族たちが、公爵のもとへ挨拶にやって来た。
「ようこそ、おいでくださいました」
ローゼンベルク公爵は仰々しく腕を広げて、喜びを表した。
「公爵夫人もお久しぶりです」
「ごきげんよう」
ふと、貴族たちの視線がセレスティーヌへと向けられる。
――来た。
無意識に、セレスティーヌの身体が力んだ。
「セレスティーヌ様。お美しくなられましたね」
「豪華絢爛なドレスが、さぞ映えております」
まずは、社交の世辞。
「ありがとうございます」
「セレスティーヌ様のお披露目、楽しみにしておりますわね」
「……ええ」
親戚たちの目の奥に宿る値踏みを、セレスティーヌは見逃さなかった。
そのときだった。
「シルヴェスタ公爵たちがおいでなさいました」
その声を聞いた瞬間、広間の空気が変わった。
親戚たちの視線が、一斉に入口へ向かう。
先ほどまで自分へ向けられていた笑顔も興味も、波が引くように離れていく。
セレスティーヌは無意識に唇を噛んだ。
見なくても分かる。
……あの子が来たのだ。
すっと、ローゼンベルク公爵が動いた。
さも当然と言わんばかりに、公爵夫人もそれに続く。
自分も行かなくては。
頭では分かっているのに、足が重い。
「セレスティーヌ」
公爵夫人が、冷えた声で名を呼んだ。
それだけで分かる。
貴方も来なさい――命じられている。
「……はい」
既にシルヴェスタ公爵一行の周囲には、数人の貴族が群がっていた。
恰幅があるが穏やかな笑みを湛えたシルヴェスタ公爵と、美しく優雅に微笑む夫人。
そして、二人の間にちょこんと佇む公爵令嬢エルネスタ。その背後には、銀髪の長身の男――シルヴェスタ家に仕える護衛ギルベルトだ。
セレスティーヌは、胸に何かが閊えたような重さを感じながら、両親と共に近づいていく。
「ようこそ、シルヴェスタ公爵方」
「ローゼンベルク公爵、お久しぶりです」
公爵同士が挨拶を交わす。
「お義姉さま、お久しぶりです」とシルヴェスタ公爵夫人。
それに応えるように、ローゼンベルク公爵夫人は、にっこりと微笑んだ。
「お会いできて嬉しいですわ」
そして、ぽつりと佇むエルネスタへと目を向ける。
「エルネスタ、大きくなられましたね」
その声色は、とても柔らかく優しい。
セレスティーヌの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(お母様は、わたくしの名を呼ぶときでさえ冷たいのに……)
「ごきげんよう、叔母様。先日十三歳になりましたの」
「おめでとう。直接お祝いに伺えなくてごめんなさい」
「いえ。とても嬉しかったですわ。贈って頂いたアクセサリー」
セレスティーヌの胃がひりついた。
(贈り物……? アクセサリー?)
「気に入ってくれて良かったわ」
「その節はありがとうございました」
シルヴェスタ公爵夫人もお礼を言った。
その後も和やかな会話が続く。
セレスティーヌは知らなかった。
エルネスタの誕生日に、母が贈り物をしていたことを。
ふと、エルネスタとセレスティーヌの視線が重なった。
しばらくお互いを見つめ合う。
そしてエルネスタは、どこか居心地が悪そうに視線を逸らした。
そのときだった。
「セレス。何をしているの」
ローゼンベルク公爵夫人が振り返った。
「シルヴェスタ公爵たちにご挨拶を」
「……はい」
セレスティーヌは一歩近づく。
エルネスタの背後に立っていたギルベルトの鋭い視線を感じながら。
「お久しぶりです」
「おお、セレスティーヌ。見違えるよう美しくなられた」
シルヴェスタ公爵がセレスティーヌを褒める。
「本当に。その華やかなドレスはセレスティーヌにしか着こなせませんわ」
シルヴェスタ公爵夫人が微笑んだ。
二人の言葉には棘も嫌味もない。
分かっている。
だけど。
「ありがとうございます」
すっと、ローゼンベルク公爵夫人がセレスティーヌの前に出た。
「この後、セレスティーヌのお披露目をさせて頂きますわ。まだ未熟ではございますが、どうぞご覧くださいませ」
「セレスティーヌ、楽しみにしているよ」
「お楽しみに、叔父様、叔母様」
セレスティーヌは完璧な淑女の笑みを浮かべて一礼した。
けれど、スカートのフリルの陰で、指先はドレスを引きちぎらんばかりに強く握り締められている。
シルヴェスタ公爵夫妻の言葉に、嘘も悪意もないことくらい分かっている。
分かっているからこそ……惨めだった。
やがて、広間の照明がわずかに落とされる。
歓談の声が止み、三十人ほどの親戚たちの視線が、中央に設えられた円形の舞台へと一斉に集まった。
「それでは皆様。本日は、我が娘セレスティーヌが受け継いだ異能をご覧いただきたく存じます」
ローゼンベルク公爵が、誇らしげに、しかしどこか切羽詰まったような声で告げる。
親戚たちは息を潜めた。
その中でエルネスタだけが、きょとんとした顔をしている。
「異能?」
舞台の中央へと進み出る、赤いドレスのセレスティーヌ。 彼女がゆっくりと両手を広げ、深く息を吸い込んだ。
――次の瞬間、広間の床から、ひんやりとした白い「霧」が、生き物のように湧き上がり始めた。




