第27話 招待状
秋が深まっていた。
シルヴェスタ公爵家の庭園では、色づいた葉が風に揺れ、陽光を受けて静かに輝いている。
エルネスタは窓辺のソファに腰掛けながら、一通の封筒を見つめていた。
深緑色の上質な紙に、銀の箔押し。
封蝋には見覚えのある紋章が刻まれている。
「親族交流会……?」
小さく呟く。
「ええ。本日届きました」
マーヤが答える。
差出人の名を見た瞬間、エルネスタの指先がわずかに強張った。
――ローゼンベルク公爵家。
セレスティーヌの実家だった。
窓の外では、小鳥が枝から枝へと飛び移っている。
穏やかな午後だ。
それなのに、胸の奥だけが妙にざわついた。
半年ほど前、森の中でギルベルトと離れ離れになった日のことを思い出す。
深い霧に閉ざされた森。
真っ白な視界。
消えた音。
そして、自分を嘲笑うように響いた女の声。
あれが本当にセレスティーヌだったのか、確証はない。
だが、エルネスタの身体は、その気配を本能的に拒んでいた。
セレスティーヌのお茶会で感じた、あの冷気。
身体の感覚を少しずつ奪い、心の奥へ染み込んでくるような、不快な寒さだった。
まるで、世界で自分一人だけが暗闇に取り残されたかのような、孤独と恐怖――。
思い出しただけで、息が浅くなる。
廊下の方から足音が近づいてきた。
「エル様」
振り返ると、ギルベルトが紅茶の載った盆を持って立っていた。
「どうかされましたか」
「ギル……」
エルネスタはおずおずと招待状を差し出す。
ギルベルトは内容を確認し、小さく眉を寄せた。
「親族の集まりですか」
「ええ」
返事をしながら、エルネスタは膝の上で指を組む。
「きっと……セレスティーヌ様も来られるかと」
ギルベルトは何も答えなかった。
代わりに静かに紅茶を置く。
白磁のカップから立ち上る湯気が、ゆるやかに揺れた。
「少し、不安ですの」
ぽつりと零れた本音だった。
エルネスタは視線を伏せる。
「わたくし、あの方に嫌われていますもの」
しばらく沈黙が続いた。
「大丈夫です」
低く落ち着いた声だった。
エルネスタが顔を上げると、灰色の瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。
「自分もおります」
たった一言。
なのに――。
ギルベルトが一緒だというだけで、胸の奥で固まっていた不安が、雪解け水のようにゆっくり溶けていく。
エルネスタは小さく笑った。
「そうでしたわ」
いつの間にか、自分は知っている。
濃霧の中でも、暗い森の中でも、この人は必ず見つけてくれるのだと。
「なら安心ですわ」
そう言うと、ギルベルトもほんの少しだけ目を細めた。
窓の外では、秋風が木々を揺らしている。
けれど二人はまだ知らない。
その招待状が、長く閉ざされていた扉を開くことになるのを。




