第25話 誕生日 ③
昼食会が終わる。
「午後から、貴族たちの集まりがある。エルネスタ、すまないが夕食は一緒に取れそうにない」
シルヴェスタ公爵が告げる。
「いえ。昼食だけでも十分ですわ。お父様、お母様、素敵なドレスをありがとうございました」
シルヴェスタ公爵は目を細めて笑った。
「よく似合っていますよ、エルネスタ」
微笑まし気にエルネスタを見ながら、夫人が言った。
夫妻は立ち上がり、広間を出て行く。
その背中を見送ってから、エルネスタも立ち上がった。
「ねえ、マーヤ。今日は誕生日だから、レッスンはお休みなのよね」
「はい」
「なら――」
エルネスタはくるりと振り返って、壁際で待機していたギルベルトを見た。
「森へ行きますわよ、ギル」
ギルベルトは目を瞬かせる。
「今から、ですか?」
「ええ」
「エル様。せっかく素敵なドレスにございますのに」
慌てたマーヤが、横から口を挟んだ。
「だから着替えますわ」
エルネスタはひょいっと椅子から立ち上がり、広間を出て行こうとする。
扉の前でもう一度、ギルベルトを振り返った。
「ギル。半時間後に館の前へ集合ですわよ」
それだけ言って、エルネスタは部屋を出て行く。
美しい濃紺のドレスが、ふわりと波打った。
その背中を見送りながら、ギルベルトは小さく息を吐く。
十三歳の誕生日。
祝福されるべき一日だというのに。
ギルベルトは無意識に胸元へ触れる。
防弾プレートの裏側。
そこには、一本の銀色の弾丸が隠されていた。
◇
半時間後、エルネスタはマーヤと共に館の前に出てきた。
いつものドレスの上に、黒い外套を羽織っている。いつも通りの姿だった。
館の前で待っていたギルベルトに、エルネスタは嬉しそうに近づく。
「さあ、行きますわよ」
「旦那様たちは同席できませんが、晩餐にはケーキを用意しております。ギルベルト様、あまり遅くならないように」
淡々と告げるマーヤに、ギルベルトは小さく頷いた。
だが、マーヤは視線を外さない。
その瞳の奥に、鋭い光があることを、ギルベルトはうっすら気付いていた。
「行きましょう」
ギルベルトは森へ向かって歩き出す。
エルネスタは軽い足取りで、ギルベルトの隣を歩いた。
森の中へ入る。
天候は曇っており、いつもより光が少ない。
上機嫌のエルネスタは、一人でダンスを踊るようにくるくる回っていた。
「危ないですよ」
「大丈夫ですわ」
そう言った矢先に、エルネスタの足がもつれる。
「ひゃっ」
ギルベルトはエルネスタの腰に腕を伸ばした。
抱えるような状態になった。
「ほら。言ったでしょう」
低い声で言う。
詰るような調子に、エルネスタは少しむっとした。
「ねえ、ギル」
「はい」
「わたくし、今日が誕生日ですわ」
「ええ。ですが、だからといって危ないことをしていい理由にはなりません」
エルネスタはむすっとしたように、唇を尖らせる。
「わたくし、まだギルからお祝いされていませんわ」
ギルベルトの動きが止まる。
「おめでとうも言われてませんし、プレゼントももらってないですわ」
ギルベルトは言葉を失った。
言われてみれば、その通りだった。
朝からずっと考えていた。
いや、もっと前から。
今日がエルネスタの誕生日であること。何を渡すべきかも。
それなのに、肝心の言葉をまだ伝えていない。
「ギル?」
不思議そうに尋ねる。
ギルベルトはゆっくりと息を吐き出した。
「……申し訳ありません」
そう言ってから、少しだけ目を細める。
「お誕生日、おめでとうございます」
エルネスタの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに上気させるエルネスタの頬は、もう、子どものそれではなかった。
それに気付いてしまう自分自身に、ギルベルトは辟易してしまう。
「プレゼントは?」
目を輝かせたエルネスタは、ギルベルトを見上げた。
ギルベルトは再び黙り込んだ。
エルネスタはじっと待っている。
逃がすつもりはないらしい。
エルネスタの視線を受けて、ギルベルトは困ったように小さく笑う。
「自分には、ザハリアス侯爵のようなきらびやかな宝石も、美しい手紙も用意できません」
「ギル……」
期待に溢れていたエルネスタの顔が、きょとんとなった。
ギルベルトは胸元へ触れながら、言葉を続けた。
「……今の自分が、エル様に捧げられる『証』は、これしかありません」
胸元の防弾プレートの裏側から取り出したのは、一発の『銀の弾丸』だった。
ギルベルトは膝をついて、エルネスタの小さな手を取った。
そして、銀の弾丸を彼女の掌へ置く。
「これは……」
「自分の『命』です」
エルネスタは驚いたように目をぱちくりさせながら、ギルベルトを真っ直ぐに見つめる。
「改めてお誕生日おめでとうございます」
エルネスタは銀の弾丸を両手で包み込んだ。
ひんやりとしている。
けれど不思議と温かかった。
「まあ」
しばらく眺めたあと、エルネスタは花が綻ぶように笑った。
「とっても素敵ですわ」
ギルベルトは目を細める。
緊張で冷え切っていた胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「ありがとう。ギル」
エルネスタは銀の弾丸を握り締めたまま、一歩前へ出る。
そして――迷いなくギルベルトの胸へ額を押し付けた。
ギルベルトの身体が、僅かに強張る。
「エル様……」
掠れた声だった。
エルネスタは気付いていない。
彼女にとっては、嬉しかったから抱きついただけだ。
けれどギルベルトにとっては違う。
防弾プレート越しに伝わる体温も、胸元で大切そうに握られている銀の弾丸も、何もかもが眩しかった。
ギルベルトは一瞬だけ迷ってから、壊れ物に触れるような手つきで、その小さな身体を抱き返した。




