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第23話 誕生日 ①

 翌朝。館の中は騒がしかった。

 13歳の誕生日を迎えたエルネスタをお祝いするからだ。


 料理長はいつもより腕をふるい、メイドたちも食事の準備で大忙し。


 当のエルネスタは鏡台の前に立ち、マーヤにコルセットを締め上げられていた。

「ふぇ……」

 小さな声が漏れる。

 だが、慣れてきた。

 そこまで苦しくはない。


「さあ、エル様。旦那様と奥様からの贈り物のドレスです」


 マーヤは宝物を抱えるようにして、エルネスタの前でドレスを広げて見せた。

 深い紺色のベルベット生地に、スカートの部分には繊細なチュールレースがたくさん巻かれている。衿元には、小さな宝石がいくつか縫いとめられていた。

「まあっ、素敵ですわ!」

 エルネスタは目を輝かせた。

「エル様はこの半年で、女性的に美しくなられました。さぞお似合いかと思います」

 マーヤは目を細める。

 その顔はどこか、母性的な優しさを湛えていた。


 メイドたちの手伝いを借りながら、エルネスタは新しいドレスに着替える。


 ドレスを纏ったエルネスタは、その場で一回転した。

 ドレスの裾が大きな波のように揺れ動く。


「素敵ですわ!」

「エル様にお似合いです」

「美しい」

 メイドたちが、褒め称える。


「ギルも褒めてくださるかしら」

 エルネスタは、鏡に映る自分の姿を見ながらそう言った。

 

 マーヤの肩がぴくりと揺れた。

 だが、それを指摘する者は居ない。


 彼女は何事もなかったかのように、エルネスタのドレスの裾を整えた。


「違いありませんわ」

「こんなに可愛らしいですもの」

 メイドたちはさも当然とばかりに答えた。

 

 エルネスタは、少しだけ目を伏せた。

「そうなら……嬉しいですわ」

 その頬は、少し赤らんでいた。


 エルネスタは、逸る気持ちで扉を開けた。

 ギルベルトが廊下の壁際で待機している。

 

 「ギル!」


 エルネスタを見たギルベルトは、一瞬だけ言葉を失った。


「どうですの?」

 エルネスタはくるりと一回転する。

 深い紺色のドレスが、まるでネモフィラの花のように広がった。


「……」

「ギル?」


 数秒の沈黙。

 やがてギルベルトは視線を逸らした。


「……問題ありません」

「問題ありません!?」


 エルネスタは声を上げる。

「問題ないってどういうことですの?」

「言葉の通りです」


 エルネスタはむうっと頬を膨らませる。

 

 もっと。

「可愛い」とか「綺麗」だとか「似合っている」だとか。

 そう言って欲しかったのに――。


 しかも、ギルベルトは視線を逸らしたきりでこちらを見ようともしない。


「ギル」

「はい」

「なぜこっちを見ないのですか」

「特に意味は……」


 エルネスタは目を伏せた。

 どこか、しゅんとした気配が漂う。


「どうして」

 先ほどまでと声色が変わったエルネスタに気付いたギルベルトは、やっとエルネスタに目を向ける。

「褒めてくれませんの」


 やっと目を向けたギルベルトの視界に映るのは、不満げに、けれど切なげに自分を見上げるエルネスタの藍色の瞳だった。


「……エル様」

 低く、どこかかすれた声が漏れる。


 無責任な本音を口にできるわけがない。

 ギルベルトは、それを飲み込んだ上で、辛うじて次の言葉を零した。

「……ドレスが、あまりにもお似合いでしたので」

 視線を合わせたまま、ギルベルトはゆっくりと、胸の前に片手を当てて深く一礼した。

「視線を、逸らしてしまいました」


 エルネスタの頬が熱くなった。

 新しいドレスを見たときよりも、ダンスを褒められたときよりも。

 胸の奥が、どうしようもなく騒がしい。

 

 咄嗟に頬を押さえた。

 

「エル様?」


 ギルベルトが顔を覗き込む。

 今度はエルネスタが視線を落とした。

 自分の足と、ギルベルトの足が視界に入る。

 大きさが全然違う。

 

 口を開きかけた瞬間――。


「エル様。昼食の準備が整いました。旦那様と奥様がお待ちです」


 メイドの声がした。


 エルネスタははっと顔を上げる。

 そこには、柔らかく目を細めたギルベルトがいた。

 

「お呼びです。参りましょう」

「ええ」


 エルネスタは広間に向かって歩き出す。

 胸の奥が、不規則に高鳴ったまま。

 


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