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第22話 成長

 館近くの森の奥。

 昼下がりの森は静かだが、所々で生き物たちの気配がある。

 

 エルネスタは目を閉じた。

 音を聞く。

 静寂の中心を、見つける。


 そこで力を込める。

 意識を――自分の中心へ。


 ふわりっ。


 地面から足が少しだけ浮き上がった。


「ワン!」

 ドミトリが、エルネスタの足裏と地面の隙間に向かって吠える。

 まるで、主人の成功を讃えるかのように。


「ドミトリ」

 愛犬の隣に佇み、少し離れた場所からエルネスタを見守っていたギルベルトが低い声を落とす。

「……エル様の意識が逸れる」

 口元に人差し指を立てて、大人しくするよう目配せをした。

「くぅん」


 ギルベルトとドミトリは再び、エルネスタを見つめる。

 ふわふわと、身体が浮き上がっていく。

 地面から30センチほど足裏が離れた。


 その瞬間――。


 ぐらり。

 エルネスタの身体が大きく傾く。


「……っ」


 声を出すより先に、ギルベルトがエルネスタに駆け寄る。

 

 身体が傾いたことにエルネスタが焦った瞬間――能力は解除され、全身に重力が戻る。


「あっ……!」


 視界が反転する。

 落下してしまう。

 尻餅を覚悟したエルネスタだったが、硬い地面に打ち付けられるどころか、後ろから温かく身体を包み込まれた。

 

「エル様、大丈夫ですか!?」

 耳元にギルベルトの声が落ちる。


 彼が受け止めてくれたのだった。


「ギル……」

 見上げると、気遣わしげな表情で、ギルベルトが覗き込んでいる。

 ドミトリが慰めるように、エルネスタの足をぺろりと舐めた。

「大丈夫ですわ。ありがとう」

「いえ」

「今日も失敗でしたわ」

「エル様は半年間で、自身を意図的に浮かせられるようになりました」

「けど、気を抜いたらすぐ解除されてしまいます」

 エルネスタはしょんぼりした顔で言う。

「浮遊継続はともかく、意図的に発動できるようになったのは大きい」

「慰めてくれてますの?」

「……」

 ギルベルトはそれには答えなかったが、代わりに

「以前のように、制御できずカップを浮かすことはなくなりました。それは素晴らしいことです」

 と言った。

 エルネスタは、ふふっと笑う。


 ギルベルトはエルネスタを抱き抱えたままだ。

 エルネスタも身体をどかそうとしない。


 その時間がしばらく続いた。


 森の静寂。


 ドミトリが「ワン」と吠える。

 それを合図に、エルネスタはギルベルトから離れた。

 ゆっくりと、名残惜しそうに。


「身体が成長したから、能力を制御できるようになったのかもしれませんわ」


 ギルベルトは小さく目を見開く。

 エルネスタはくるりと振り返った。


「だってわたくし、明日で十三歳ですもの」

 エルネスタは得意げに胸を張った。


 ギルベルトは何も答えない。

 ただ、先ほど自分の腕の中に収まっていた身体を思い出す。


 半年でエルネスタの身長は見違えるほど伸びた。

 伸びた背丈に、少しだけ大人びた横顔。

 そして――相変わらず無防備な笑顔。


「ギル?」

 不思議そうな声に、ギルベルトは我に返る。

「……いえ」

 それ以上は何も言わなかった。

 

 先ほどまで腕の中に残っていた、細いけれども丸みを帯びた体温。抱き起こした瞬間にふわりと鼻腔をくすぐった、髪の香り。

 ギルベルトは、無意識のうちに自分の掌を見つめた。


「……明日、ですね」

 ようやく絞り出した声は、少しだけ低く、掠れていた。


「ええ、そうですわ。だから明日は朝から大忙しになりますのよ? 館の皆が朝からドレスの仕立てや、夜会の準備で大騒ぎするに決まっていますもの」


 エルネスタはドミトリの頭を優しく撫でながら、楽しげに歌うように言った。

 そんな彼女の眩しい横顔を見つめながら、ギルベルトは自身の胸が重くなっていくのを感じる。


 半年間。

 二人は館の人間には、「森へ散歩に行く」と偽って、エルネスタの重力操作の特訓をしてきた。

 毎日、欠かさずに。

 着々とエルネスタは、能力を制御できるようになってきている。

 それに比例するかのように――。

 ギルベルトは自身の中に芽生えた、「何か」を感じずにはいられなかった。


「ギル、どうしたの? 行きますわよ」

「はい」

 

 ギルベルトはその「何か」を覆い隠すように、胸元の防弾プレートの裏側に忍ばせた、一発の『銀色の弾丸』に、そっと服の上から指先を触れた。



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