第2話 狩りの約束
翌朝。エルネスタは目覚めが良かった。
結局帰りの馬車の中で眠ってしまい、起きたら自室のベッドの上にいた。
窓から淡い光が、きらきらと差し込んでいる。
窓を開けると、雪は降ってはいないが、大地一面が真っ白に染まっている。夜と違って遠くから、野鳥の音が聞こえた。
エルネスタは、きょろきょろとあたりを見渡す。もしかしたら、ギルベルトがどこかに潜んでいるかもしれない。
けれど結局姿を見つけることができず、エルネスタは諦めて、身支度をしてから部屋を出た。
「おはようございます。エル様」
広間では朝食の準備が整っていた。
エルネスタはひょいっと椅子へ座る。足裏は届かず、つま先だけが床にちょこんと触れた。
そういえば、昨晩の晩餐会はほとんど食べられなかった。
そう気付いた瞬間、小さなお腹が大きな音を立てる。
メイドたちがくすりと笑った。
昨日の貴族たちのものとは違う、温かい笑いだ。
朝食を取り終えたエルネスタは、メイド長であり、家庭教師も務めるマーヤに声をかける。
「ギルはどこ?」
「どこでございましょうね……」
興味なさげに小さく呟いてから、マーヤは「それより。本日の予定を申し上げます」と言葉を続ける。
「まず、午前中はマナー教育を三時間。その後はダンスの練習をしましょう」
エルネスタの顔が、みるみる曇っていく。マーヤはスパルタなのだ。その三時間の中に休憩は含まれていない。
「い、いやですわ。わたくし、昨日の晩餐会で疲れておりますの。ドミトリにもまだ触れてない」
「淑女たるもの、連日の昼食会に晩餐会は当たり前でございます。今からそのようなことを言っていると、将来絶対に苦労されます」
エルネスタは唇を噛みしめながら、上目でマーヤを見た。
他のメイドたちと違って、マーヤは絶対に譲らない。
「なら。せめて……ドミトリにだけでも触れさせて」
「いけません」
ぴしゃりと言い放つ。
「ふぇっ……」
マーヤの勢いに気圧された瞬間――。
がちゃん。
がちゃん。
目の前の皿とフォークが浮き上がった。
がちゃん。
ついでに、背後に置いてあった花瓶も。
「あら……また……」
マーヤは眉をひそめて、ため息をついた。
そのとき。
窓の外で、カチリという小さな金属音が聞こえた。
エルネスタの肩がぴくりと動く。
そして、浮いた皿がまるで誰かにエスコートされるように、ふわりとテーブルに戻った。
「ギルだわ」
エルネスタは立ち上がる。
そして大きな窓の方へ向かって、引き寄せられるように歩きだす。
窓を開けると、さあと冷たい風が広間へ流れ込む。
「ギル! どこにいるの!?」
大きな声を上げると、近くで、雪を踏みしめるブーツの音がした。
ギルベルトは思いのほか、近くに佇んでいた。
「ギル!」
エルネスタは小走りに、ギルベルトへ駆け寄った。
「エルネスタ様!」
広間からマーヤの甲高い声が聞こえる。
エルネスタは抵抗するように、ギルベルトの背後に隠れた。
「……エル様」
エルネスタの頭上に、ギルベルトの低い声が落ちる。
「なんですの?」
エルネスタは顔を上げた。
朝の光を浴びて、ギルベルトの銀髪がきらきらと輝いている。
「そのようなことをしても無駄です。マーヤさんからは逃げられません」
エルネスタはむすっとした顔で、唇を噛みしめる。
「いやなものはいやですわ! ドミトリに触れたい。それに……ギルとも……」
ギルベルトは片膝をつき、エルネスタと目線を合わせる。
「マーヤさんの教育が終わったあと、少しだけ森の方へ行きますか」
エルネスタは小首を傾げる。
「ただの狩りです。……退屈かもしれません」
エルネスタの顔が、みるみる明るくなっていく。
「行きます! さっさと終わらせてきますわ!」




