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第13話 浮かぶ銀弾

 午後のマナー教育は、ダンスの練習だった。

 

「さあ、エル様。トン、トン、トン、というリズムに合わせるのです」

「トン、トン、トン」

 声に出しながら、エルネスタはステップを踏んだ。

 が――。

 

「ふぇっ……」

 足がもつれて、転びそうになった。

 

「大丈夫ですか、エル様」

 メイドたちが心配そうに声をかけるも、マーヤは容赦なく、

「さあ、エル様。もう一度」と言った。


 エルネスタは眉をひそめながら、壁時計を指差した。

「もうすぐ終わりの時間ですわ!」

「いけません。明後日は社交ダンスパーティーがあるのですよ」

「いやですわ~!」

 エルネスタが声を上げると同時に、花瓶と椅子がふわっと浮き上がる。


 メイドたちが慌てて、物を抑えに行く。


「このあと、ギルと一緒に森へ行く約束なの!」


 マーヤは呆れたようにため息をついた。


「当日恥をかいても宜しいのでしたら、切り上げます」

「構いませんわ!」


 はっきりと言い切るエルネスタに、マーヤの目が点になった。


 ゴーン。


 壁時計が午後四時を告げる。


「約束の時間です。わたくし、行ってきますわ!」


 エルネスタは弾かれたように、駆け出した。


「エルネスタ様!」


 マーヤの声を背に受けながら、エルネスタは部屋を出て、そのまま館の外へ出た。


「ギルーっ!」

 名前を呼ぶと、金属音と静かな足音が右側から聞こえた。

「ここにいます」

 

「レッスンが終わりましたわ!」

 エルネスタは笑顔でギルベルトに近づく。

「……マーヤさんは消化不良のようでしたが」


 エルネスタはきょとんとした。

 そして、むぅと唇を尖らせる。

「見ていたのですか」

「標的ですから」

 ギルベルトは事もなげに答える。

 

「……」 

 お互いに目を見合わせながら、しばらく沈黙が続く。

 エルネスタは一度息を吐き出す。

「……ダンスの練習は明日もありますわ。さあ、森へ行きますわよ!」

 

 二人は並んで、森へと続く雪道を歩いていた。


 きし、きし、と雪を踏む音が響く。


 エルネスタは上機嫌だった。

 マナー教育から解放されたこともあるが、それ以上に、ギルベルトと一緒にいる時間が好きだった。


 エルネスタは、手袋越しにギルベルトの手を取る。

 ギルベルトは何も言わずに、その手をそっと握り返した。


「今日は何を狩るのです?」

「まだ決めていません」


 ギルベルトは淡々と答える。


 だが、不意に足を止めた。


「ギル?」


 ギルベルトは答えない。

 灰色の瞳が、森の奥を静かに見据えている。

 その横顔に、エルネスタの胸がざわついた。

 狩りのときの顔とも違う。

 もっと冷たく、鋭い。


「……誰か居ますの?」

「気配があります」


 エルネスタは思わず、握った手に力を込める。

 

「敵?」

「まだ分かりません」

 ギルベルトはそう言ってから、ゆっくり辺りを見渡した。

「ただ――静かすぎる」

 

 エルネスタは目を瞑って、耳を澄ます。

 たしかに、音が少ない気がした。


 カサカサッ。


 枝葉が揺れる音がして、顔を上げると、木の上に鳥を見つけた。


「……気のせいではありませんか?」

 ギルベルトは少し間を置いてから、小さく呟く。

「……そうかもしれません」


「あのね、ギル。わたくし、すごい発見をしてしまったかもしれません」

「発見?」

「お皿だけでなく、自分を浮かすことができたの」

 ギルベルトは少しだけ目を見開いた。

「それは……すごい発見ですね」

「でしょ?」

 エルネスタは得意げに、言葉を続ける。

「もしかしたら、ギルのことも浮かせられるかもしれませんわ」

「自分を?」

「ええ。ドミトリに乗るとき、少しだけ身体が軽くなりましたの」

 エルネスタは嬉しそうに話す。

「だから、もっと練習すれば……ギルも浮かせられるかもしれませんわ」


 ギルベルトはしばらく黙っていた。


「……それは、遠慮しておきます」

「なぜですの!?」

「狙撃手は地面に足をつけていた方が落ち着きます」

 エルネスタはむぅと頬を膨らませる。


「試してみたいですわ」

 エルネスタは真剣な顔で、ギルベルトを見上げた。

「……」

「お願い。一度だけ」

 エルネスタの真っ直ぐな目に根負けしたギルベルトが、「……一度だけですよ」と呟く。


 エルネスタは嬉しそうに、野兎のようにぴょこっと跳ねた。


「では」

 エルネスタは息を吐き出し、目を瞑り、意識を集中させる。


 ギルベルトの気配、音、輪郭を捉えた。


 ――ここで、浮かせる。


 力をぐっと入れた矢先――。


 エルネスタは目を開けた。

 だが、目の前のギルベルトは先ほどと変わらぬ位置で、地面に足をつけている。


 エルネスタは脱力した。

「やっぱりだめですわ~」

 残念そうにため息をつくエルネスタだったが、ギルベルトは少しだけ目を見開く。

「驚きました」

「え?」


 ギルベルトは空気の面をなぞるように、すっと人差し指を示す。

 その先には、銀色の弾丸が一つ――浮いている。

 

「まあっ!」

「自分自体は無理でしたが、持っていた弾丸は一つ浮き上がりましたね」

 

 エルネスタは誇らしげな顔で、「でしょう!?」と声を上げる。

 その様子を見て、ギルベルトはほんの少しだけ、口元を緩めた。


 だが次の瞬間。


 ――カツン。

 微かな物音が、森の奥から聞こえた気がした。


 ギルベルトの表情が、一瞬で消える。

 

「……」

「どうしましたの?」

「いえ。……エル様、空の雲行きが少し怪しい。今日は帰りましょう。」

 エルネスタは満ち足りないと言わんばかりに、少し頬を膨らませたが、ギルベルトが彼女の手をぎゅっと握って歩き出すと、エスコートされるかのように彼に付いて行った。


「ギル。また森へ来たいですわ」

「ええ。近々」


 二人はぽつりと言葉を交わし合いながら、館の方へと静かに帰っていった。

 


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