第九十七話『本当の気持ち』
※※※
ブォォォオン──。
ノイズにも似た音と共に空中からホログラムが展開される。SSSというロゴが浮かび上がり、さっきの聞き馴染みのある声がオレの鼓膜を揺さぶった。
『どうやら、ヴィマナを奪ってアトランティスから脱出することに成功したんだね』
「あ、さっきの人! リンコ様! この方は誰ですか?」
「お、おとうさん……」
リンコが間髪入れずに言うと、セネカは一瞬フリーズして、小首を傾げる。
「って、ええええ!? ご挨拶しないとッ!!! お父様ッ! わたしはリンコ様の未来の配偶者セネカと申しますッ!」
アトラスさんは、さっきオレとリンコがキスしたのを知っているので、だいぶ眉間にしわを寄せて困惑した表情だ。ホント、すみません……。
「ほう。リンコは女の子が好きだったのか……」
「す──好きだけど、誤解しないでお父さん! 友達として! 友達としてだから!」
「誤解じゃありません。私とリンコ様は運命の赤い糸で結ばれた間柄なのです」
胸を張って言い切るセネカに、ホログラムのアトラスさんは目を瞬かせたあと、ふっと優しく微笑んだ。
『……そうか。リンコにそんなに心強いパートナーがいてくれるなら、お父さんは安心だよ』
「お父さん……っ」
「お父様……っ」
リンコは友達としてのパートナーということが伝わったと思っていて、セネカは恋愛としてのパートナーということが伝わったと思っていた……。
アトラスさんはそれ以上言及することはなく、どういう解釈をしたのかは謎のままだった。シュレディンガーの猫ってやつだな……。
その温かい声に、リンコの目から再び涙が溢れそうになっていた。ずっと、ずっと会いたかった。本当のお父さんだもんな。たとえそれが、AIのホログラムのデータだとしても。
『再会を喜び合いたいところだが、時間がない。アトランティスを支えていた地殻の崩壊エネルギーが、いよいよ臨界点に達しようとしている』
アトラスさんの表情がスッと引き締まり、その視線が、リンコの隣にいるオレへと向けられた。
『レン君。君が元の時代へ帰還するための【方程式】を伝えよう』
「本当ですか……?」
オレが息を呑むと、貨物室の空気がピンと張り詰める。
リンコも、ギルも、クリスタも、セネカも、ごくりと喉を鳴らしてホログラムを見つめた。
『君が持っている未完成のタイムリープマシン──その【デジタルマスク】を完成させるには、莫大なエネルギーと、時空の座標を計算する絶対的な動力源が必要だ』
アトラスさんの背後に、複雑な数式と幾何学模様のデータが展開されていく。
『一つ目の鍵は、今まさに真下で起きている【大陸の地殻変動】の全エネルギー。二つ目の鍵は……リンコ、お前の脳内にある』
「わたしの、脳……?」
『ああ。リンコが鉄塔の上で見た星空。それが【星時計のレプリカ】の針を動かした。あれはただの装飾品じゃない。あれはリンコの脳内のSSS級インプラントと連動しているんだ。星の光をレプリカが浴びた瞬間──SSS級インプラントが壊れただろう?』
「う、うん!」
リンコが自分の頭に手を当てる。あの時、確かに何かが割れるような感覚をオレたち二人は脳内で共有していた。
『インプラントが砕けたことで、リンコの松果体にバックアップとして厳重に保管されていた【本物の星時計】のデータが完全に覚醒した。それが、時空を越えるための真の動力源となる』
その言葉を聞いて、オレは自分の手元にあるデジタルマスクを強く握りしめた。
『【地殻変動のエネルギー】と、【リンコの松果体にある星時計のデータ】そして【レンくんのデジタルマスク】。この3つをヴィマナのシステム上で連動させれば、君を未来へと帰すワームホールが開くはずだ』
静まり返る機内。
オレは俯き、前髪の影でその表情を隠したまま、沈黙していた。
同期している脳の片隅から、ノイズのような痛みが伝わってくる。リンコの中で、凄まじい感情の嵐が吹き荒れているのが分かった。
「……レン」
リンコがオレの名前を小さく呼ぶと、オレはゆっくりと顔を上げ、リンコを見つめ返した。その瞳には、寂し気な、隠しきれないオレへの思いが垣間見えた。それでも……。
「……オレは、帰る」
絞り出すような、ひどく掠れた声で言う。
「アトランティスのこの狂った支配システム……それがこのまま歴史の闇で生き残り続ければ、オレのいた令和の時代は、どうしようもないディストピアになっちまう。オレが未来に帰って、歴史のルートを根本から変えなきゃならねえ。ディストピアを、ユートピアに変えるために」
言い聞かせるような口調なのは分かっている。それでもそうしないといけない。リンコとはもっとずっと一緒にいたい。オレはリンコのことが好きだ。コイツを一人置いて、どこかに行くことなんて考えたくない。だけど、オレは科学者だ。恋慕のために、これ以上この世界をムチャクチャには出来ない。
オレはバールを握る手の力が弱弱しく、所在無くなっていることに気付きつつ、リンコを見つめる瞳は強くチカラを込める。
「それに……オレは本来、この時代の人間じゃない。これ以上ここに居座るのは、神の摂理……いや、自然の摂理に反するんだ。だから……オレは、ここで……」
※※※
わたしは気づくと、レンとの脳の同期がより強固になっていることに気付く。だからこそ分かる。
──嘘だ。
理屈を並べているけれど、レンから伝わってくるのは、『帰りたくない』という張り裂けそうな本音だった。わたしたちと一緒にいたい。ムー大陸で、一緒に新しい世界を見たかった。その痛いほどの叫びが、ビリビリとわたしの心に流れ込んでくる。
わたしだって、同じだ。
レンに帰ってほしくない。行かないでほしい。でも、彼の使命を、令和の未来を奪う権利なんて、わたしにはない。
機内に、重く、息苦しい沈黙が落ちた。
お互いに本音を隠し、視線を逸らしたその時──。
「おいレン」
ギルが頭をガシガシと掻き毟りながら、レンの背中をバシッと強く叩いた。
「いてっ! 何すんだギル!」
「ま、なんだ。とりあえず頭を等電位化して本当のこと言えばいい……」
「は……?」
「まあ、オレたちと一緒にいたいっていうのは、嬉しいが。一番一緒にいたいのは誰かって話だ」
以前から思っていたけど、ギルってなんかわたしとレンをくっつけようとしてない!? 秘密基地に居たときからそうだった。夜道の散歩とかエーテル花火大会に二人で行ってこいとか……。なんなのよ、コイツは……もう……。
「今までツンデレ同士フリーエネルギーで共鳴してたけど。最後くらい、お互い本当の気持ちで共鳴すればいい」
ギルが自画自賛で『良いこと言った』みたいな顔をしている。セネカは相変わらず、レンに敵対心むき出しで、リンコ様に手を出したら『ただじゃすませねえぞ?』って顔で睨んでいる。
クリスタは男性恐怖症なのに、『はわわわ~。素敵です』みたいな顔でわたしとレンを交互に、頬を赤く染めながら見ていた。
「なっ……! べ、別にツンデレじゃねえし、意地なんか張ってねえよ! オレはただ論理的な最適解をだな……!」
レンが耳まで真っ赤にして反論する。
「そ、そうよ! わたしだって別に……! レンがいなくなってせいせいするって思ってたところなんだから! ツンデレなんかじゃないわよ!」
わたしも顔から火が出そうなほど熱くなり、思わず声を荒げてしまった。涙声になっているのが自分でも分かって、余計に恥ずかしくて俯いてしまう。
「……はぁ。どっちも素直じゃねえな。まあ、お前ららしい……」
ギルがアホ面で、遥か先のムー大陸を見るような(遠い目)で呆れていた。
その不器用なやり取りが、張り詰めていた機内の空気を少しだけ温かくほぐしてくれたような気がした。
『レンくん──君はリンコのことが──』
お父さんが核心を尋ねようとした瞬間だった。
ズズズズズズズッ……!!
ヴィマナの機体が、下からの凄まじい衝撃波を受けて大きく揺れた。いよいよ、アトランティスの最後が始まったのだ。
「リンコさん! 窓の外を見てください……!」
窓際にしがみついていたクリスタが、震える声で叫んだ。
「何……これ……」




