第九十六話『情けない悲鳴』
──ムー大陸を目指して雲海を突き進む、ヴィマナの貨物室。
「……う、ううん……」
クロムウェルが呻き声を上げて目を覚ますと、そこは薄暗い機内だった。全身を太いロープで縛られ、身動き一つ取れない。
「お、おまえら……自分が何をしているか分かっているのか……! 私は教皇だぞ!」
「知らねえよ」
見下ろしていたレンが、バールを肩に担いだまま冷酷な目で睨みつける。
「か、金か? エーテルか? 望みのものをくれてやる! だから私を解放しろ!」
命乞いを始める教皇の姿は、下層市民を虫ケラのように扱ってきた男とは思えないほど、あまりにも惨めで滑稽だった。
「ギル」
「おうよ」
レンとギルが、教皇を挟み込むように立つ。
「これはな、てめえにエーテルを搾り取られて死んでいった地下街の連中の分だ」
ギルの容赦ない安全靴のつま先が、クロムウェルの股間を全力でカチ上げた。
「ぐぎゃあああああああッ!?」
クロムウェルの顔が紫色に染まり、カエルのように身体をくの字に折り曲げる。
「で、こっちが……リンコの、大切な人を奪った分!!!」
間髪入れず、今度はレンの重い蹴りが、反対側から教皇の急所を無慈悲に粉砕した。
「ひぎゃぼぉぉぉぉぉぉッ!!!」
声にならない絶叫を上げ、涙と鼻水と血を撒き散らして床をのたうち回る教皇。もはや威厳の欠片もない。ただの哀れな肉塊だ。
「おら、まだ終わりじゃねえぞ。人間を拷問するのが好きだったんだろ? たっぷり味わえよ」
「ヒィィッ! 許して、許してくれぇぇ!」
ボゴッ! ドガッ!
レンとギルによる、執拗で情け容赦ない『股間蹴りの刑』がしばらくの間、ヴィマナの中にこだました。
──そして数十分後。
ヴィマナの側面ハッチが、強風を巻き込んでゆっくりと開かれた。眼下には、遥か数千メートルの果てに暗い夜の海が広がっている。
股間を完全に破壊され、白目を剥いて泡を吹いているクロムウェルを、レンとギルがハッチの縁へと引き摺っていく。
「教皇サマ。神の御舟の乗り心地はどうだった?」
レンが冷たく見下ろす。
「あ……あ……」
「そんじゃ、一足先に神様のところへ行ってきな」
ドンッ。
レンがクロムウェルの背中を蹴り飛ばす。
ロープで縛られたままの教皇の身体が、真っ逆さまに夜の海へと落下していった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ――――……!」
その情けない悲鳴が風に掻き消されていくのを見下ろしながら、セネカがハッチから顔を出し、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「ばいばーい!」
ブンブンと元気よく手を振るセネカの明るい声が、星空に響き渡る。
クリスタは男性恐怖症なので、男性の股間が何度も蹴られるシーンは刺激が強かったのだろう。『はわわわ…』と言いながら一連の流れに頬を赤らめながら目を塞いでいた。
こうして、アトランティスを裏で蝕んでいた小悪党は、なんともあっけなく、そして最高に無様なかたちでこの世から退場したのだった。




