第九十四話『街中のパニック』
オレたちは鉄塔から降り、ポセイドンの大運河に向かって走る。王宮のピラミッドがブラックアウトした今、たくさんの人たちの洗脳周波数が解除され、暴徒と化す人たちで溢れかえっていた。今まで人工太陽で星を覆い隠し、真実から目を背けさせようとしてきた抗議として、王宮の前にたくさんの人集りが出来ている。
それに目を向けず、地下街からやってきて『逃げろ!』というボトム層の声──。だが、長年の洗脳が今日一日でどうにかなるわけもなく、相変わらず地下街の人間の言う事には耳を貸さない人たちが多かった。
「というかこの空すごいですね。リンコ様──まさかアトランティスの人工太陽が消えたらこんなロマンチックな景色になるなんて。リンコ様と二人で見れて本当最高ですっ」
そんなカオスの中──オレはセネカの百合っぷりに圧倒されていた……。
──さっきオレがリンコにキスしたなんてことがバレれば、サーベルタイガーの爪と牙で二度と転生できない地獄へと葬り去られるであろう……。
ていうか、二人で見れて最高ですって。オレとギルとクリスタを消すな。二人だけの世界にするな!
「はわわわ! ロマンチックです──っ」
息を切らしながら走るクリスタも夜空を見て感嘆の声を上げている。
クリスタはムー大陸出身で、星空なんてめちゃくちゃ見てそうだけど。それでも一年に一回のペルセウス流星群は珍しいのか大興奮だった。
「クリスタの住んでいたムー大陸でもペルセウス流星群は見れたのか?」
「いえ! 私はムー大陸の南部に住んでいたのでほとんど見られなかったんです。こんなに美しい星空。はじめて見ました!」
そんな呑気な会話をしている間にも、足元の大地はズンッ、ズンッと不気味な震動を繰り返している。
美しい星空とは裏腹に、地上の状況はまさに地獄絵図だった。
王宮の巨大ピラミッドが完全に沈黙したことで、これまで街を照らしていた『偽りの光』も、インフラエーテルによる絶対的な管理システムも崩壊している。暗闇の中、長年の洗脳から唐突に解放された市民たちは、自分たちがどこにいるのか、何が起きているのか理解できずにパニックを起こしていた。
「嘘だろ……空が、落ちてきたのか……!?」
「神官様! 誰か! 太陽が消えちまった!!」
あちこちで悲鳴が上がり、暴徒と化した人々が商店のガラスを叩き割ったり、王宮へと続く大通りに押し寄せたりしている。地下街から駆けつけてきたオレの仲間たちが拡声器で『地殻が崩壊する! 高台か運河へ逃げろ!』と叫んでいるが、長年『地下のネズミ』と蔑んできた彼らの言葉に、地上層の人間が素直に耳を貸すはずもなかった。
「退けっ! 触るな不浄のクズが!!」
「……くそっ、なんで信じねえんだよ!」
混乱に乗じて、地下街の人間と地上層の人間との間で小競り合いまで起き始めている。
数万年ぶりの星空の下で、アトランティスは完全に統制を失っていた。
「リンコ様、このまま大通りを進むのは危険です。暴徒の数が多すぎます」
セネカが鼻をヒクつかせながら、周囲の『匂い』と『音』を探って警告する。
「分かってるわ。大通りは避けて、第4区画の整備用通路へ迂回するわ。あそこなら王宮の人間しかアクセス権限がないから、一般市民は入り込んでこないはず」
「だが、もうお前にはアクセス権限はないはずだ」
ギルがリンコにそう言うと、待ってましたとばかりにオレが言う。
「等電位化してハッキングする。偽装データでな。リンコ場所を案内してくれ」
リンコは頭の中のマップを展開し、迷路のように入り組んだアトランティスの裏路地へと足を踏み入れた。かつては猟犬として、反逆者を追い詰めるために駆け回った道だろう。まさかここを、地下街のレジスタンスと共に逃げるために使う日が来るなんて思ってもみなかったことだろう。
「……」
走りながら、リンコはチラリと横を並走するオレへ視線を向けた。




