第九十三話『NTRのメンバー』
その重苦しい沈黙と、星空の下の冷たい風。わたしも、レンにかける言葉が見つからずにいた。
「レン……」
震える声で名前を呼ぼうとした、その瞬間だった。
──ガァァン!! ガキィィィッ!!
突如、足元の鉄塔の下方から、金属を無理やりひっ掻き回すような凄まじい轟音が響き渡った。
地震の揺れとは違う。何かが、異常なスピードでこの鉄塔を這い上がってくる振動だ。
かつての特殊部隊司令官としての防衛本能が瞬時に働き、わたしはハッと身構えた。レンも我に返り、眼下へ鋭い視線を向ける。
はっきりと言葉は聞き取れないが何やら聞き覚えのある声もする。
「なんだ……!? 王宮の追手か!?」
「ううん、違う。この声は……」
ダンッ! と、最後に大きく鉄骨を蹴り上げる音がして、暗闇の中から勢いよく一つの影が飛び出してきた。
「リンコ様ぁぁぁっ!!」
「セネカ!?」
鉄塔の頂上に着地したのは、セネカだった。サーベルタイガーと人間のキメラであるセネカは、見た目こそ普通の人間だが、その身体能力と嗅覚は完全にネコ科最強のそれだ。
そして驚くべきことに、セネカの両脇には、荷物のように小脇に抱えられた二人の姿があった……。
「まさかレンの停止させたピラミッドが地殻変動を抑えるものだったとはな……」
ギルの声。
察しの良い彼は、ピラミッドの大停電によってこの地震が引き起こされていることに気づいているようだった。
「おいセネカ……。その身体能力……今まで出し惜しみしてたんじゃねえのか……」
ギルが立て続けにそう言う。
「仕方ないだろ! 半透明で掴めなかったシーンが多かったんだ! 透明人間とリンコ様大好きってキャラの味付けが濃すぎたゆえの弊害ってやつだ! あとメドゥーサとの闘いもクリスタちゃんにピコピコ光るやつ投げてもらっただけだしな!」
ふふんと鼻を高くするセネカ。得意げになるところなのそれ?
……まあ、可愛いんだけど。
「あと、アホの子ってキャラな」
レンがそう言うと、セネカはネコの跳躍力と俊足で、レンの顔を引っ掻いた。
「いってぇえええ」
「自業自得。ゴミ虫め……」
「はわわわ……っ! 三半規管が……吐きそうです……ッ」
「ただでさえ地震で徐々に揺れ始めてんのに、もう少し丁重に運べよ。この鉄塔が倒れでもしたらどうすんだ?」
顔面を蒼白にしてへたり込んでいるクリスタと、鉄塔のようすを気にしているギル。どうやら大停電とパニックの最中、セネカが二人を回収してここまで一直線に登ってきたらしい。
「リンコ様の匂いが上からしましたので、急いで駆けつけました! ご無事で何よりです!」
セネカはギルたちの苦情など一切気にする素振りもなく、尻尾をパタパタと振る幻覚が見えそうなほどの笑顔で、わたしに駆け寄ってきた。
やっぱり、セネカのこのブレない忠誠心(というより懐きっぷり)を見ると、どうしようもなく肩の力が抜けてしまう。
「セネカ……」
「リンコ様……?」
「んん、なんでもない! ギルもクリスタも、無事でよかった」
空気を読まずに乱入してきた仲間たちの姿に、わたしの中にあった絶望感が少しだけ薄れていくのを感じた。レンの脳内からも、先ほどの凍りついたような思考停止状態から、ふっと安堵の感情が波紋のように広がってくるのが分かる。
『ふふっ……いい仲間に恵まれたね、リンコ』
空中に浮かぶお父さんのホログラムが、目を細めて笑った。
セネカたちがお父さんのAIホログラムを見て『えっ、誰!?』と驚愕している隙に、お父さんは真剣なトーンに戻り、レンに向かって言った。
『レンくん。選択の時間はまだ少しだけある。だが、まずは生き延びて、大運河のヴィマナを奪取することが先決だ。急ぎなさい。世界の崩壊は、もう足元まで来ている』
「……ええ。分かってます」
レンは顔を上げ、さっきまでの迷いを断ち切ったように力強く頷いた。
そして、わたしの方を真っ直ぐに振り返る。
「リンコ。オレがどっちを選ぶにせよ……まずはお前を絶対に死なせない。行くぞ!」
「うんっ!」
ブォン、と音を立ててお父さんのホログラムが消失する。
地殻崩壊の地鳴りが、さらに激しさを増してアトランティスの大地を揺らした。星空の下、わたしたちはポセイドンの大運河を目指し、崩れゆく鉄塔からの脱出を開始した──。




