第八十四話『プライベートラボ』
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会議が終わった後、私は王立中央研究所『特異点制御室』にて、今後のアトラスの動向を監視するために、奴の研究資料を眺めていた。
王立研究所は白と黒の幾何学的なセラミック素材で統一され、チリ一つ落ちていないクリーンルームである。
壁や床の溝を、人工太陽のエネルギー源である『高濃度に圧縮された液状クリスタル』が、脈動する青い光の帯となって規則正しく流れている。その光だけが私の心を照らし出してくれるような気がした。
完全に無音だが、クリスタルがエネルギーを制御する際の、耳の奥に刺さるような『キィィィン……』というかすかな超高周波の共振音だけが響いている。
私はアトラスがこれまでに発表した研究資料を余すことなく、脳裏に焼き付ける。手に持っている紙の厚みが奴の『宇宙に対する執念』を物語っていた。
「奴の研究が結果的に、人工太陽を作ったか……」
このアトランティスのインフラは、まだ、完全にクリスタルやオリハルコンだけで機能していない。あちこちに鉄塔を建て、地上のエネルギーを供給している。人工太陽は元々アトラスの研究材料から生み出された『産物』だ。
私は作業デスクの前にある椅子に腰かけ、光子演算記録器に昨日の会議内容を記録させる。これはアトランティスのノートや紙に代わるものだ。透明なクリスタルのプレートで、指先で触れるとアトランティス文字や数式が空中に展開される。私はアトラスが『紙のノートにメモする』ような泥臭いアナログさを内心で見下していた。どれだけ早く、多くの内容を記録できるかがカギだ。私の方が奴よりもたくさんの内容を保持している。なのに──
「クソ──ッ」
私は手に持っていた奴の資料のコピーを床に投げ捨てた。奴は、愛や共鳴といった非効率なものを支持している。妻子を持ち、家庭に時間を割き、私よりも研究にかける時間や熱量は圧倒的に少ないはずだ。なのに何故、奴に負ける?
私は孤高なる存在だ──。誰よりも研究熱心で、誰よりも人類にたいする救済処置を考えている。なのに──。
怒りが沸々と湧いてくる。今すぐ奴を、異端審問に突き出せば、この心は晴れるのだろうか? 否──。
奴が死んでも、この事実は消えない。私は永遠に奴の亡霊に取りつかれ、永遠に宇宙の重力関数にたいして『美しい』と思ってしまうのだろう。だが、それがどうした。例えどんなにその数式が美しかろうが、人間が醜く、神が美しいのは変わらない。人間が神に近づこうなど、傲慢だ。それがベリアル聖教の教えなのだ。
私は今座っている作業デスクの背後にある重力歪曲計を観察する。
それは部屋の片隅で、小さな金属球が磁気浮上ではなく『重力制御』によって完全に静止して浮いている。アトラスが感情的にフリーエネルギーの持論を展開すると、この球体が微かにブレるのだ。私はそれを見るのが楽しい。それと同時に、自分の感情のブレを修正する『反面教師』になってくれるのだ。
「フ──私が感情的になっていたな──」
感情という非効率なものを排除することが、宇宙の絶対真理に近づくため、神の絶対真理に近づくための『近道』なのだ。
「そう言えば……奴には娘が……」
私にいつも話してきた娘の名前──リンコ──。
奴の研究はいずれ、異端者として裁かれる。そうなった時、家族をも巻き込むことを奴は自覚していなさすぎる。異端なら異端として天涯孤独で生きればいいものの……。
同情の余地はない。バカな人間だ。
異端思想を持つ人間に、妻子を、家庭を持つ資格などないのだ。
私はこれまでに、何度もこの手で異端思想を持つ哀れな子羊を処理してきた。
その度に思う。神はなんて慈悲深いのだろうと。間違いを修正する神聖な行為をこの手で、人を殺めることが出来るのだ。
そして私は、なるべく人を殺したくはない。救済処置が必要だ。ただ単に、間違いだからと言って人を殺めていたら殺人鬼となんら変わりない。だから記憶の修正が必要だ。奴の研究資料には脳科学の最新データもあった。そこから着想を得て作ったのが、インプラント調整器だ、
私は作業デスクからそれを取り出す。前までは試作品であったが、もうほぼ完成しているそれをウットリと眺める。これだ。これこそが人類を救済するためのデバイス。
奴の娘を、異端思想から救い出し、真っ当な人間になってもらわねばならない。
私はその暗闇の中で光るクリスタルを、神聖なる輝きとして、網膜に、そして脳裏に焼き付けた。




