第八十二話『未来に託したもの』
──お風呂上り、みんなで川の字になって寝る寝室にわたしとお父さんはいた。まだ寝るには早い時間帯だから、さっきの話の続きや、この世界について、宇宙についての話をする。
「父さんはな、宇宙の重力関数の研究をしているんだ」
「じゅうりょくかんすう?」
「宇宙の秘密を知ると、フリーエネルギーの設計図が完成するんだ。今、アトランティスにはオリハルコンとクリスタルのピラミッドがあるけど。あれだってまだ完璧に、みんなの元へエネルギーを届けられていないんだ」
「うーん」
難しい言葉にわたしが頭を抱えていると、お父さんは笑いながら
「全部分からなくてもいいよ。ただ、これだけは覚えておいてほしいんだ。リンコに」
「うん!」
「人工太陽で星を隠しているのは、一部の人たちが決めた。まやかしだってこと」
「ま……やかし……?」
「そう。嘘の光と、限りあるエネルギーという嘘で、僕たちの研究を『なかったこと』にしようとしてる。リンコが読んでいる絵本で『星空』がたくさん出てくるだろう? あの星はちゃんと存在していて、輝いているんだ」
「なんで一部の人たちは星を隠すの?」
「一部の人たちは、エネルギーを独り占めにしたいのさ。自分だけのものにすれば、贅沢な暮らしができるからね。星があることを普通の人たちに知られれば星のエネルギーがバレて独り占めできないからね」
「そう……なんだ……」
「だけどね。彼らの方が恐れているんだ。いつかエネルギーが底を尽きるのではないか? だから他人から奪ったり、独り占めしたりするんだ」
「恐れて……」
「そう。僕の研究している『フリーエネルギー』には限りなんてものはない。遠い国の教えで『足るを知る』という言葉がある。『すべての人が足りる』ってことを知れば、この地球にあるエネルギーは無限に生み出せるはずさ」
「やっぱむずかしい! なんか例え話とかないの?」
「うーん。めちゃくちゃ分かりやすく言うとだ。お父さんとお母さんとリンコでピザを三枚で切り分ければ、みんなのお腹を満たすことができる。なのに、お父さんだけがそのピザを一人で食べてしまうみたいなことだよ」
お父さんは笑いながら、しかし、その瞳の奥には真剣さが宿っている。
「なるほど! 分かりやすいね! じゃあ、今ピザを独り占めしてる悪い人がアトランティスにいるんだ」
「うーん。そうとも言えないんだよ。この世界はリンコや父さんが思うよりも複雑なんだ。彼らにも彼らの正義がある。良い悪いじゃなくて、僕たちと同じ人間だから恐れもある。いつか僕はそういう人たちとも分かり合えるような世界を『フリーエネルギー』で作るんだ!」
お父さんはそうやって胸を張って言うと、懐から何かを取り出す。
「リンコにこれをやろう」
お父さんの手にはウサギのキャラクターが何やら大きな球体を抱えてしんどそうに踏ん張っている『可哀そうで可愛いキャラクター』がいた……。
「ウサギのキャラクター『アトラスちゃん』のキーホルダーだ! 父さんと同じ名前だ──」
「アトラスちゃん……」
めちゃくちゃ可愛い……。わたしは可愛いものには目がないけど、そんなわたしでも見たことがないキャラクターだった。
「最近、僕の研究がものすごく好評でね。地下のスラム街の人たちが考案したキャラクターなんだよ。いつかこのキャラクターが世界中で大人気になった時に『フリーエネルギー』も当たり前のようになっている。僕はそう信じているのさ」
わたしは胸の奥底が熱くなってくる感覚を覚えた。その感覚をしっかりと頭の中に焼き付け、お父さんに宣言する。
「絶対そうなるよ! わたしもお父さんの意思を引き継ぐ!」
お父さんは目を丸くして、わたしの肩を掴み、奥歯で喜びを嚙みしめるように言う。
「リンコ──嬉しいには嬉しいんだが……。僕の意思を引き継ぐのはかなり危険で──大事な娘にそんな……っ」
「大事だったら応援してほしい! 女の子はちょっとお転婆な方が、……可愛いんでしょ?」
わたしはおもちゃを強請るような上目遣いでお父さんを見た。
「可愛い子には旅をさせよ──か……。遥か未来の『東洋のことわざ』が今ここで試されるとはな」
何やらぶつぶつと、またわたしの分からないことを言っている。
「わかった。だけど、くれぐれも無理はしないようにな」
そう言って、お父さんはウサギのアトラスちゃんをわたしの手元にぽんと置く。
「このアトラスちゃんが苦しそうに持ってる重たそうな丸いものはなに?」
「これはな。天球儀といって、宇宙の星々を球体にしたものだよ」
てん……きゅうぎ……。
「このアトラスちゃんは、神話で神様の怒りを買ってしまってね。すべてのことを知ろうとした罰として、全宇宙を両肩で支えたんだ。だけど僕は、このキーホルダーのアトラスちゃんのように全宇宙を背負って『重力関数』を完成させるんだ。例え世界中を敵に回してもね」
わたしの目の前にいるお父さんは『世界で一番カッコ良かった』
常識に抗う男──。それでいて誰よりも優しく、弱さを受け入れられるような強さがある。その純真な瞳に、いつも吸い込まれるような感覚を覚える。わたしは幼心で、いてもたってもいられなくなり、思ったことをそのまま素直に言う。
「将来、お父さんと結婚する!」
言われたお父さんは嬉しそうだけど、困ったような顔で、わたしの頬にそっと手を当てた。
「それは父さんと母さんの娘に言われて一番嬉しい言葉だよ。いつか父さんのような人を見つけたら、遠慮なく紹介してほしい。楽しみだな。リンコが男の子を連れてくる日が……」
「ようなじゃなくて! お父さんなの! だってお父さんのような人なんていないでしょ? みんな常識に囚われてて、頭固くて、意地悪だし。男子って……」
「この広い世界では、そんな人間ばかりじゃないさ。フリーエネルギーは共鳴によって生まれるんだ。僕のような人間がいれば、同じような思いを持った人間もいる。もちろん、リンコにぴったりの男の子が父さんのような人じゃないかもしれない。互いのココ……」
そう言ってお父さんは自分の胸とわたしの胸をとんとんと優しく叩く。
「互いのココが同じ周波数の男の子を見つけなさい。それが共鳴のカギだ」
「共鳴……周波数……」
「なんか、ビビッとくる感覚だな。考えるとか、思い悩むうちは本物じゃない。もちろんそういう恋愛も経てそういう人と巡り合うこともあるが、一発で『運命の人』と巡り合うこともある。僕も母さんと共鳴して巡り合った。ここに大切なリンコがいる理由──」
そう言って、お父さんはわたしのおでこにキスをする。わたしを抱きしめ、『リンコ、お前を愛している。わたしの娘として生まれてきてくれてありがとう』と言った。照れくささもあったけど、わたしはその鼓動を感じながら、いつまでもこんな日々が続けばいいと思った。




