第七十六話『メストルの焦り』
オレたちはリンコが待つ最深部へと向かう。さっきの部屋から出るとそこはかつての世界が消失していた。すべてのエネルギーが途絶えた地下は恐ろしく暗い。だけどそれは、オレの作ったデジタルマスクで解決する。デジタルマスクは王宮から盗電したエネルギーではなく、ギルの身体に刻まれたテスラコードで動く。
「みんなデジタルマスクの左側面にある、スイッチを押せ」
全員にそう告げると、クリスタ、セネカ、ギルの額から強力な光が照射される。部屋や通路を、照らすヘッドライトだ。
「……おい、テスラコードでマスクの出力を確保するなんて、相変わらず無茶な設計してんな」
ギルが呆れたように笑う。
「この前、湯沸かしポッドからエーテルディスコに以降したとき、お前のむさ苦しい身体をスキャナーで撮っただろ? あらかじめあれのバッグデータをデジタルマスクに保存しておいたのさ」
ギルの皮膚の下で、青白い稲妻のようなコードが激しく脈動し、みんなのマスクを起点として空間を切り裂くような光の筋が走った。
クリスタとセネカもそれに続く。テスラコードの過剰な供給によって、四人の額から放たれた光はただの明かりではない。高純度の電子光が、暗黒に沈んだ地下通路の埃や、湿った石壁の質感を、まるで顕微鏡で覗くように鮮明に焼き付けていく。
「行くぞ。リンコを……必ず連れ戻す」
オレたちは沈黙した王宮の『墓標』の中を進んだ。
ピラミッドという心臓を停止させたことで、ここにはもう警備のアンドロイドも、排除周波数の罠も、自動防衛ターレットもない。ただ、かつてないほど濃密な、冷え切った空気が淀んでいるだけだ。
通路の奥へ進むほどに、かつての繁栄の跡が生々しく見えてくる。
壁面に埋め込まれていたオリハルコンの配線は完全に機能を失い、黒い焦げ跡となって無残に垂れ下がっている。さっきまでアトランティスの全てを統括していたこの空間が、今はただの、ゴミ溜めのような廃墟に成り果てていた。
やがて、オレたちのヘッドライトが、巨大な円形広場の中央を照らし出した。
王宮の最深部──動力炉の直下。
無数の巨大なクリスタルが鎮座する円形の部屋の中央に、一人の少女が立っていた。
リンコだ。
だが、彼女のうなじには、鋭利に尖った『コブシ二つ分ほどのクリスタルの欠片』が、まるで寄生するように深々と突き刺さっている。
その光景を照らし出した瞬間、オレたちの横から、聞き覚えのある冷ややかな足音が響いた。
「……信じられない……ッ」
闇の中から現れたのは、メストルだった。
「お前!? リンコを返せ!!!」
しかしオレの言葉など、どうでもいいかのようにこの状況に絶望した表情でいる。
「まさか、あのピラミッドを停止させただと──ッ?! お前たちは、自分が世界に対してどれほどの『禁忌』を犯したのか理解しているのか──ッ?」
メストルの声は、焦りと不安と恐怖で震えていた。このバケモノがここまで取り乱すとは。
だが、リンコはメストルに構うことなく、ただ感情のない瞳で、真っ直ぐにオレたちを見つめている。彼女の瞳には、かつてのリンコの面影は微塵もない。
「リンコ……?」
オレが声をかけても、彼女は反応しない。ただ、うなじに突き刺さったクリスタルの欠片が、ピクリ、と禍々しく明滅した。
「王宮の全エネルギーがブラックアウトしたことは予想外だった。──だが、無駄だ、レン。……私の猟犬の洗脳は止められないぞ。これはお前が止めたクリスタルピラミッドの欠片だ。こいつの生体ポートに刺さり、独立して動いている。大陸からの洗脳周波数が起動していなくとも、常に洗脳を維持できる……」
メストルが指を鳴らす。
リンコが、ゆっくりと首を傾げた。その動作の端々から、強烈な殺気が迸る。
幾何学模様の光が、リンコの周囲に渦巻く、歪んだ重力の波を映し出した。
「ギル、クリスタ、セネカ! リンコには攻撃するな! 狙うのは王宮のフリーエネルギーが途絶えて弱体化したメストルのみだ!」
オレはバールを構え、震える奥歯を噛み締めた。
「おう」
「リンコ様を傷つけないなんてあったりめーだろーが!」
「はい!」
ピラミッドは止まった。だが、もっと残酷な『終わりの始まり』が、目の前の少女の中に眠っていた。




