第七十五話『神様気取りな支配の塔』
※※※
──バチバチバチィィィンッッッ!!!
部屋全体を巻き込んだ青い極光の暴風が吹き荒れる中、オレは吹き飛ばされないよう、壁に深くめり込んだバールを必死に両手で掴み、耐えていた。
「ハァ、ハァ……やった、か……!?」
逆流した過電流によって、メデューサの巨大な網膜は激しく火花を散らし、ドロドロのガラスのように溶け落ちている。床の青い結晶化もピタリと止まった。
だが、オレの楽観は、一瞬で這い出してきた絶望の地鳴りによって打ち砕かれた。
『──警告。中央第一給電ルート、深刻なエラーを検知。即時、予備の『生体バッテリー』へ回路を再編──強制再起動』
ズズ、ズズズズズズ……ッ!!!
「な……に……っ!?」
オレは目を見開いた。メデューサの胸部と両腕に埋め込まれていた人間の形のクリスタルが、まるで限界まで搾り取られるように、さらにどす黒い紫の輝きを放ち始めたのだ。
網膜のレンズを焼かれてもなお、奴の巨躯は止まらない。蛇の髪のようなコード群が不気味に直立し、今度はレンズを失った頭部の奥から、ピラミッドそのものと同調した禍々しい『超高周波の駆動音』が部屋中に響き渡る。
「ウ、ギ、ィ、アァァァァァァッッッッ!!!!」
メデューサが狂ったような耳鳴り混じりの咆哮を上げる。
脳が直接沸騰するような、凄絶な『排除周波数』の第二波。ただの洗脳じゃない、まともに浴びれば脳髄を直接焼き切られる、完全な物理殺傷のエネルギー波動だ。
「しまっ──近づきすぎた……ッ!?」
バールを壁の配線に突き立てたままのオレは、完全に逃げ場を失っていた。メドューサの正面で、その破壊周波数の直撃を食らう。遮蔽物は何もない。
「レンッ!!!」
その瞬間、オレの視界を、重低音のベースラインが爆音で塗りつぶした。
ギルだ。コイツがいつの間に持ってきたのか、この部屋の隔壁から強引に引き剥がしたオリハルコンの分厚い装甲板を盾のように構え、オレの前に文字通り飛び込んできたのだ。
ドガァァァァァァンッッッ!!!
メドューサの放った不可視の波動が装甲板に激突し、凄まじい衝撃波が部屋を震わせる。ギルの身体に刻まれたテスラコードが、負荷に耐えかねて真っ赤にフラッシュした。
「ギルッ!!」
「ガハッ……! クソ、出力がアジトのメインパイプの比じゃねえ……! 長期戦は持たねえぞ、レン!」
ギルが奥歯を噛み締め、膝を折りそうになりながら盾を支える。王宮の全インフラを統括するピラミッドの直通エネルギーだ、いくらテスラコードを宿したギルでも、防戦一方では一瞬で消し炭にされる。
「レンさん、ギルさん!! わたしのエーテル波で、奴のエネルギー同調を乱します……っ!!」
後ろで、クリスタが自らのひび割れたマスクのバイザーを両手で押さえながら叫んだ。
彼女の額の奥の松果体が、これまでにないほど強烈なグリーンの光を放つ。それは、ハエ型ドローンを通じてピラミッドのコアの脆弱性を看破した彼女だからこそ放てる、完璧なカウンターの『妨害電波』。
「龍のOS、最大出力──!! 奴の給電リミッターを……狂わせますっ!!」
キィィィィィィンと、クリスタから放たれた空間伝播のノイズが、メドューサの駆動音と激しく干渉し合う。
その瞬間、メドューサの巨躯が目に見えてガクガクと不自然に痙攣し、ギルの盾を押し潰そうとしていた破壊波動の圧力が一気に弱まった。
「チャンスだぞ、レン!! 奴の足元の制御回線を断て!!」
「わかってる、だけど結晶化した床が邪魔で──!」
床はすでに厚いクリスタルの層に覆われ、バールを差し込む隙間すらない。メドューサの破壊周波数が、再びオレたちの脳髄を焼きにかかる。
「クソッ、ギル、何かないのか!? 奴の懐に直接データを流し込めれば、回路を焼き切れるんだが!」
「無理だ! 奴の装甲はオリハルコンの積層構造だ、電波なんて遮断される!」
ギルが叫ぶ。その時、セネカが『あっ!』と変な声を上げた。
「そういえば、ギルがアタシの服につけたピコピコするやつ……なんか、メドューサ? の胸のあたりでめっちゃ反応してるんだけど!」
セネカの服の襟元で、ギルのつけたGPS通信機が狂ったように赤く点滅している。奴のコアから漏れ出る強大なエネルギーに反応したのか、通信機が『強制リンクモード』でメドューサの内部回路と同期しようとしていた。
「バカ、セネカ! それは──」
その瞬間、オレの脳裏でパズルが繋がった。
ギルがセネカに持たせたのは、ただのGPSじゃない。アジトのメイン送電管の信号を遠隔で掴むための、超高感度な『周波数同期ユニット』だ。
「……そっか。通信機は『距離を測る』だけじゃねえ。同じ波長を合わせれば、『どこにいてもそこに接続できる』んだ……!」
オレはバールを地面の送電線に突き立て、マスクの全入力をその『通信機』に集中させた。
「ギル! セネカの通信機に、オレのハッキングコードを中継させろ! 奴の胸の通信機を、オレたちの『無線ハブ』にするんだ!」
「なるほど! 同期周波数を奴のコアの駆動音に合わせれば、物理的な接続なしで、奴の内側からコードを送り込めるってことか!」
ギルが即座に受信機のゲインを最大まで回す。俺のマスクに、通信機を通じてメドューサのコア内部の『鼓動』が直接届く。
「セネカ! お前、その赤く光ってる通信機を、そのままメドューサの胸の隙間に突っ込め! 触れるだけでいい!」
「なんかよく分かんないけど、リンコ様のためぇぇえ」
勢いよくセネカが襟元にある通信機を投げようとする。
が──
「あれ……あれ……あれれ?」
セネカは掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返しオレたちの前で立ち往生していた。
そうか。半透明だから掴めないんだ……っ!!!!
「任せてくださいっっっ!!」
そこに龍のOSを起動させつつ、この状況を判断したクリスタがバイザーから緑のエーテル波を放ちながら、セネカの元へと駆け寄った。
「セネカさん! ごめんなさい! おりゃぁああああ」
クリスタはセネカの服から引きちぎった通信機を持ったままメドューサの元へと走っていく。
そして──クリスタがメデューサの胸の装甲の隙間──『熱排気ポート』へ押し当てた瞬間。 ピッ、と乾いた接続音がオレのマスクに響いた。
「繋がった!!」
オレはバールを媒介にして、全エネルギーをその『通信機』へ叩き込む。
外側からぶち破る必要なんてない。通信機という名の『トロイの木馬』が、メドューサの心臓部で強制的に同期し、オレのハッキングコードを内部回路へ直接解き放つ。
「アトランティスの心臓を、内側からハックしてやるよ!!」
ジジジジジジッ!!! メドューサの胸部から、内部回路がショートする火花が逆流する。 外側はびくともしないのに、中枢OSだけがオレのコードによってメルトダウンを開始した。
「ガ、ギ、ア……アァァァッ……!?」
メドューサが自身の胸をかきむしるが、後の祭りだ。内側から電子の奔流で焼き尽くされ、巨大な巨躯が力なく崩れ落ちる。
ドゴォォォォォォンッッッ!!!!!
メデューサの残骸から引き抜いたログデータが、オレのデジタルマスクに王宮の構造図を描き出す。この制御室のさらに下方──動力炉の直下に、リンコの反応があった。何度もリンコのうなじにあるポートに接続したオレだからこそ分かる。
「いた……! リンコは、このピラミッドの動力炉のすぐ真下にいる!」
オレはバールをコンソールに叩き込み、送電を全遮断するための『強制シャットダウンコード』を打ち込み始める。
──前世の都市伝説で見た通りだ。かつてのアトランティスは、この送電システムを独占してフリーエネルギーで繁栄し、最後は欲望の果てに自滅した。オレがこのシステムを叩き壊せば、奴隷どもは解放され、この腐った王宮は終わる。
しかし、『強制シャットダウン』のコードはかなり複雑で、エンターキーを押した後、また複雑なコードが浮かび上がってくる。それを爆速でタイピングしながら、前世で学んだニコラ・テスラのフリーエネルギー論を、脳内の中で反芻する。
オレはこのシリアスな状況にも関わらず何故か笑いが込み上げてくる。
いける! オレの知識で、この巨大ピラミッドのメルトダウンを完成させることが──。
喜びを奥歯で噛みしめながら、すぐにまた展開される複雑なコードの解析をはじめる。
だが、オレの手がピクッと止まってしまう。
「……おい、待てよ。……一箇所だけ計算が合わない」
かつて、秘密基地で、ギルと一緒に冷房ダクトの温度設定を18度にするため、王宮からエネルギーを盗電したことを思い出す。
【──ぷはー……生き返る。おいギル、設定温度18度で強制同期しといたぞ】
【──手際がいいな。……これで少しは、その頭の火照りも冷めるだろ】
【──……にしても、トカゲの作ったこのインフラ、相変わらず無駄がない、スマートな設計だよな。プラスとマイナスのエネルギーの配線が、まるで『一人の天才が定規で引いたみたいに綺麗に等電位化されてる』。 ま、その完璧なロジックのおかげで、オレのバールハックの計算も1ミリもズレずに一発で決まるんだけどさ】
あの時とまるで計算が合わない。オレの焦りを察したのか、ギルは眉間にしわを寄せて尋ねてくる。
「どうしたレン!? お前の計算はいつも完璧なはずだ」
「いや、違う。お前と王宮のエネルギーを奪って冷却ダクトで部屋を涼しくした時があっただろう? あの時に限らず──」
「ああ。いつもお前は等電位化して王宮のエネルギーを強奪してきた。今回は違うのか?」
「ああ。王宮のインフラはプラスとマイナスのエネルギーの配線が完璧に『等電位化』されてる。なのにこの本丸のピラミッドだけ、エネルギーが地底に向けて逆噴射する歪な構造になっている」
「なるほどな。本丸であるここは簡単にハッキングできないようになってるってことか」
「いや、だが逆の要領でやれば問題ない。すぐに解析してハックする」
オレは手を止めず、立て続けに言う。
「……プラスとマイナスを強引に反転させ、この構造そのものを『過負荷の起爆剤』に変える」
オレの指が、キーボードの上で神速の舞を踊る。
画面上のコードが、まるで生き物のように歪み、悲鳴を上げ始めた。逆噴射していた歪なエネルギーの流れが、オレの書き換えたプログラムによって、ピラミッドの心臓部へ向けて一点集中し始める。
「……ッ、来た!!」
その瞬間、王宮の地下全域に、重低音の地響きが走った。
──ズゥゥゥゥン……ッ!!
最初は、ただの停電だと思った。だが、それは違った。
ピラミッドの内部に蓄積されていた膨大なフリーエネルギーが、行き場を失い、文字通り『暴走』を始めたのだ。
制御室の床が、眩い青白い光に飲み込まれる。
送電パイプというパイプが、高熱で赤熱し、溶け落ちる。上階から何やらガラスの割れるような音とキメラの鳴き声が聞こえる。恐らく、キメラのカプセルの強化ガラスが弾ける音だろう。王宮の地下を支えていた文明の血管が、一つ残らず焼き切れていく。
これが、オレの望んだ『古代の核戦争の再現』ではなく、純粋な『システムの死』を書き込んだ結果だ。
ピラミッドのコアが、内側から悲鳴を上げる。
光の奔流が、壁のオリハルコンを突き抜け、天井を溶かし、この地下聖域そのものを巨大な溶鉱炉へと変えていく。
「レン、やべえぞ! 出力が測定不能だ! タワーそのものが蒸発しやがる!」
ギルが叫ぶ。その声すらも、ピラミッドが放つ凄まじい放電音にかき消される。
部屋全体が、まるで太陽の表面を切り出したかのような高熱に包まれた。
だが、最高だ。
これこそが、アトランティスを縛り付けていた絶対的な『神のロジック』が、崩壊して消え去る音だ。
オレたちの周囲で、ピラミッドがメルトダウンし、空間そのものを歪ませていく。
壁一面に走っていた配線が爆ぜ、制御盤が火花を散らして溶ける。その中央で、オレはバールを地面に突き刺し、揺れる大地に耐えながら、不敵に笑った。
「見たかギル! これが、トカゲどもが天才気取りで引いた『完璧な定規』の最期だ!」
王宮地下のすべてが、オレが流し込んだ『強制シャットダウン』のコードによって、完全に暗黒の闇へと墜ちていく。
すべての電力が消滅した瞬間、この巨大ピラミッドはただの『墓標』へと変わる。
オレたちは暗闇の中、リンコが待つさらなる最深部へと、死の淵を駆け抜けるように足を向けた。




