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アトランティスに転生したら現代よりも奴隷社会だった件  作者: 和子・F・和夫
第三章 エーテル花火大会とタイムリープマシン

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第七十四話『秘密の部屋』

 

 ※※※


 王宮の地下、誰にも踏み荒らされることのない深淵。そこに広がる『アカシック・ライブラリー』は、アトランティスの権威そのものだ。


 壁一面に並ぶのは、文字を追うための紙の束ではない。知識の結晶そのものだ。アトランティスが隠蔽してきた地上の滅亡史、人類のゲノムに施した幾重ものロック、そして星々を渡るための物理法則を歪めた真実の航法理論こうほうりろん


 この部屋の空気は、凡夫の肺には毒だ。真実を知れば知るほど、その重圧に脳が耐えられず、ただの抜け殻と化すからだ。


 だが、メストルの目の前で項垂れているこの『エラー端末』は、何度作り変えてもその核だけは汚れない。


「おい、目を開けろ」


 メストルの声は、神殿の静寂を乱すことなく、冷酷に響く。


 リンコは緩慢かんまんな動作で顔を上げた。かつて地下街でその洗脳を剥がされ、メストルを出し抜こうとした瞳には、今はただ虚無が宿っている。


 メストルは手元に浮かべた、禍々(まがまが)しく青く光る『偽のインプラント』を見つめた。


 地下街で過ごしたツキシマレンとの絆、人間として生きてきた記憶、それらすべてを塵に変えるための、美しき毒だ。これをうなじのプラグに差し込めば、リンコはまた、メストルにとって都合のいい『猟犬』に戻る。


「……ッ、う……ぅ……」


 リンコは何かを拒もうと、喉の奥で獣のような音を漏らす。だが、メストルの重力制御下では、指先一つ動かすことすら許されない。


「お前が図書室で見たもの──レンとの思い出という名のバグが、お前の脳を蝕んでいる。だが案ずるな。私がすべてを『正常な歴史』に書き換えてやる」


 メストルは彼女の髪を無造作に掻き上げ、うなじの接続ポートを露わにした。そこには、以前のインプラントの残滓ざんしが、まだ微かな痛みとなって刻まれているはずだ。


 メストルは迷いなく、偽りの記憶が詰まった結晶をそのポートへと突き立てた。


 ──カチリ。


 心地よい接続音が鳴り響く。


 同時に、リンコの瞳から人間としての光が急速に失われていく。その代わりに、彼女の脳内に『王宮の忠実な端末として生きてきた』という、完璧に作り込まれた偽りの年表が、電流となって脳髄を焼き尽くしていく。


「あぁ……っ、うぁぁぁぁぁ……」


 彼女が喉を引きらせて叫ぶ。それは失われたレンとの記憶への悲鳴ではない。脳が自身のアイデンティティを上書きされ、その歪みに絶望している音だ。


 メストルはその様子を、まるで芸術品を眺めるような冷ややかな目で観察する。


「フハハハハ。今日からお前は、レンという男を知らない。お前はただ、王宮の秩序を守るために汚れた下層民を処理し続けてきた、私の誇り高き『防衛システム』だ」


 リンコの瞳が、完全に凍りついた。


 レンとの絆も、愛おしいと思った感情さえも──すべてがデータベースから消去され、空っぽの器に『殺戮のロジック』だけが整然と充填されていく。


 メストルは彼女の顎を掴み、持ち上げた。


「さあ、猟犬よ。お前の『エラー』を修正したぞ。次は、地下から這い出してきたあの忌々しいネズミを、お前の手で解体してこい」


 リンコは表情一つ変えず、ただ機械的な硬さで頷いた。


 ああ、これだ。これこそが、メストルの管理する『正しいアトランティス』の姿だ。


(真実を知る者はこの図書室で静かに腐ればいい。外の世界には、私の書いた歴史だけを信じる人形がいればそれで十分なのだ)


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