第七十三話『クリスタルタワー』
ギルが重厚な円形の隔壁の制御パネルに手をかけ、物理ロックを強引に解除すると、金属の擦れ合う重々しい音と共に、アトランティスの心臓部がその姿を現した。
「……っ!? なんだ、これは……」
一歩踏み込んだオレは、その異様な光景に息を呑んだ。
部屋の中央にそびえ立つ、巨大なクリスタルのピラミッド。そこから、血管のようにのたうち回る無数のオリハルコンの送電線が、壁一面へと触手を伸ばしている。
だが、何より異常だったのは、その壁にびっしりと埋め込まれている、不自然に青く輝く人間の形をした結晶だった。
ハエ型ドローンでココを見た時はこんなものなかったぞ……!?
──侵入者、確認。排除周波数、起動。
地響きと共に、中央のクリスタルのピラミッドの影から、悍ましい巨躯が這い出してきた。
「な……んだ? こいつは……?」
その頭部には、不気味にうごめく無数のコードが蛇の髪のように狂い咲き、その中心には、巨大な『網膜』が鈍く発光している。さらにその胸部や両腕には、十数人分の人の形をした『クリスタル』が、動力源のバッテリーとして生々しく埋め込まれていた。
「レンさん! ギルさん! セネカさん! 奴の目を見てはダメです!」
クリスタが叫ぶ。
目を……!?
目の前にいる巨躯は『チィッ』と舌打ちをし、じりりと音を立てて網膜のレンズを上下左右に回転させる。
「おい、クリスタ。奴の目を見てはダメってどういうことだ?」
ギルが警戒姿勢を保ちつつ、クリスタの言う通り目を見ないように巨躯の足元を見ている。オレもそれにならい、同じようにする。セネカは!?
後ろを振り返るとセネカも無事で、(そもそも密接的に関わってない者の前では透明に見えるから影響はないように思われる)
ってことはアレだよな。これって。
蛇の様な頭。目を見てはダメ。これはギリシャ神話の。
ああ──メデューサね──。
ハイハイ。
良かった~。前世の都市伝説の知識あって……。
「わたし、学生の頃にムーの世界史の教科書で見ました。アトランティスのマザーラボを統括するメデューサは、蛇の頭を持ち、見たものを石に変えてしまうと。まさか石が、クリスタルのこととは思いもしませんでしたが」
つまり、あれだ。想像したくないが、クリスタルは発電機であり、蓄電器。人間をエネルギーの媒体に変え、このピラミッドの動力源にしている。
「おい……なんで壁の中に人間の形をしたクリスタルが埋まってる……」
オレがそう尋ねると、メドゥーサは低く笑うような女の声で、言う。
「その中にいる人間どもは人柱としてさっき生贄に捧げたところだ。じきにクリスタルの中に吸収され、溶けてなくなるんだよ。あんたたちもアレになる。アタシの目から放たれるエーテルによって、体内の生体エネルギーを強制的に100%電気に変換させる。王宮のために24時間電力を永久に搾取され続ける家畜──ありがたく思え。王宮のために立派な仕事ができるんだからな」
「チッ──ふざけやがって……」
リンコが、かつて『地下街の社会不適合者』を捕獲し、ここに連れ去ってきた人間も綺麗に並んで王宮の電力を支えている。アイツがもし、自分の捕らえた人間がこんな王宮の『電池』にされているのを知ったら──。きっと、真面目なあいつは自分を責め、トラウマになってしまうだろう。
リンコの脳の最深部にかけられた、あのSSS級の真っ黒なプロテクト。その理由が、あまりにも最悪な形で繋がっちまった。
恐らく、あいつが図書室で見た本の内容にはこれと似たような事も書かれているはずだ。
メデューサの網膜がギラリと禍々しく輝き、オレたちの足元の床が一瞬で青い結晶へと変わり始める。
「ギル、クリスタ、セネカ! 気をつけろ! 床が結晶化してやがる……近づけねえ!」
まともに接近することすらできない。だが、壁の結晶にされた奴らの電力がメデューサへと流れ込んでいるのが、オレのデジタルマスクのノイズ越しに視えた。
ただのオリハルコンならエネルギーはどこかへ飛んでいく。だが、そこに埋まっているのは『クリスタル』だ。ってことは──そこに莫大なエネルギーと、あいつらの『意識のログ』がまだ保存されているはずだ。
ハッカーのオレなら、奴らのプロテクトを寝取ってデコードできる可能性が、ほんの数パーセントでもあるはずだ。
「オラァァァァァァッッッッ!!!!!!」
結晶化していく床を強く蹴り、オレはバールを構えてメデューサの死角、壁の生体クリスタルへと突っ込んだ。
「戻ってこい、お前らの本来の自由に……!」
ガキィィィンッッッ!!!!!
オレは壁に埋まった結晶へ繋がる極太の黒い送電線──その結合部の金属に、バールの先端を全力で叩き込んだ。
その瞬間、火花と共に強烈な電圧がオレの腕を伝ってくる。普通なら、数万ボルトの電流で即座に心臓が止まるか、灰になる。『電位差トラップ』だ。
だが、オレは知っている。電気は『電圧の高いところから低いところへ』流れる。この送電線と自分の身体を『等電位』にしてしまえば、電気はオレの身体を通らずに、そのままバールを介して地面へ逃がせる。
「ッ……これなら、いける……!」
バールに力を込め、送電線とオレのデジタルマスクを電気的に直結させる。
ピラミッドからのプラスの電波を、バールという『等電位ボンディング』のツールを介して、オレという回路に繋ぎ止める。一瞬で、オレの全身がピラミッドと同電圧の『充電状態』に同期した。
これで、オレは感電死しない。それどころか、この送電線そのものが、オレと王宮のシステムを繋ぐ『入り口』に変わった。
「見えた……」
デジタルマスクの奥、バールから伝わる振動を通じて、メデューサの制御OSが鮮明に脳内へと接続される。
壁の人間たちを『蓄電機』として支配している、あのクソみたいなプログラム。それを、秘密基地のハッキングと同じ要領で、回路を『ショート』させる形へ書き換える。
「王宮のクソどもが勝手にかけたロック、今のオレなら等電位で丸ごと寝取れる……!」
オレはバールを支点にして、ピラミッドのメイン電源と、壁の生体クリスタルの出力を短絡させるように、強引に力を込めた。
ジジジ、ジジジジジジッ!!!と、送電線が悲鳴を上げて焼け焦げる。
アトランティスの心臓部へ向かっていた膨大なエネルギーのベクトルが、オレの強制的な『等電位化』によって、一気にメデューサ自身の内部回路へと逆流を開始した。
制御不能の過電流が、メデューサの網膜を内側から焼き切る。
ドゴォォォォォォンッッッ!!!!!
メデューサがせっせと人間を石化して蓄えていた超巨大なクリスタルエネルギーが、オレのハッキングによって一気に暴走する。送電線が派手に弾け飛び、システムを逆流した青い光の奔流が、部屋全体を巻き込んで激しく吹き荒れた──!




