第六十七話『セネカの単独潜入』
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あいつら大丈夫か……。
クリスタちゃん、ギル、レンの三人に、別れを告げ、私は秘密基地を後にし、王宮への潜入に向かった。
──パチ、チ……。
自分の指先を見つめる。衣服の繊維の隙間から、アジトの剥き出しのコンクリート壁が透けて見えていた。
クリスタちゃんたちの前でさえ、もう私の輪郭はカゲロウのように頼りなくブレてしまっている。耳を澄ませても、自分の心臓の音すら聞こえない。まるで、世界から『お前の席はもうない』と言われているみたいだった。まあ、はじめからこの世界に私の席なんてないから、全然気にしてないけど! キメラだし!
あわよくばリンコ様の隣の席で、いや、籍を入れて、ツキシマレンのいない場所で穏やかに生活したい……。私の願いはそれだけだ!
(透明人間上等!!! 今の私なら、リンコ様の元へ行ける)
身体に重さなんて全然感じねえ。私は音もなく、スタスタと、スタコラサッサと、任務を遂行するために、進む。絶対、リンコ様を助けるんだから!
どれほど進んだだろう。
細い通路を抜けた瞬間、下層街のあのウルササとクセエ匂いが嘘のような、アホほど『静かな』場所があった。
(そう言えば王宮の地下って、リンコ様と過ごした数日間と、めでゅーさのらぼしか知らないや)
王宮の地下って何かもっとヤバいものがあったり??
あいつらの言ってることがどんどん腑に落ちている自分に気付く。それに、まさかリンコ様がメストルに洗脳されていたなんてな。
ここ十数日あいつらと敵対し、仲間になるなんて思いもしなかった。リンコ様がライラ様から聞いたこと本当だったんだな──と改めて痛感する。地下街の人間が悪いわけではなかったと。
そんなことを考えてる間に私は見たことある場所に到着する。
そこは、ハエ型ドローンが見つけてくれた、あのオリハルコンのバリアーがある部屋──王宮の『悪い人が罰せられるところ』の成れの果てだ!
「──っ」
思わず息を呑む。
まあ、余裕なんですけどね!
ここが、いたんしんもんじょってやつか。
床が綺麗に漂白されているけれど、私の目にはそこに血痕があったことを誤魔化せないぞ!
ウソだけど! そうギルが言ってた。正直よう分からん!
血痕のことより、リンコ様と結婚することの方が興味ある。
いや、余計なことは考えず今は集中! いや余計でもないけど! ※大事だけど。
私はその『いたんしんもんじょ』の奥にある、オリハルコンバリアーの部屋へとスタスタ進んだ。
普通ならビリビリになって消し飛ぶはずの光の壁だけど、今の私はバグって消えかけてるから、ただの冷たい風みたいにすんなり通り抜けられちゃう。本当に便利。
だけど、そのバリアーの先にある階段を降りて、さらに地下の深いところへ進んだ時だった。
──うっ。
鼻の奥を、ツンと刺すような匂いがした。
これは、奴隷市場で嗅いでいた獣臭ではない……もっとグロくて、吐き気を覚えるような薬品と、嗅ぎ覚えのある『キメラの血と獣脂』の匂いだ。
私はサーベルタイガーのキメラだ。だから、王宮の人間が気づかないような微かな獣の匂いにも、身体が勝手に反応しちゃう。
ただの人間がこの匂いを嗅いでもエグイのに、キメラの私がこれに耐えてるってすげえ……。
そして、通路の脇にある、ぶ厚い強化ガラスの向こう側を見た瞬間、私の足がガチッと止まった。
「あ……」
そこは、天井から不気味な黒いコードがたくさんぶら下がった、広い部屋だった。
ガラスの向こうにある大きな水槽の中に、緑色のドロドロした液体が満たされていて、その中に『何か』が浮いている。
それは、背中に大きな鳥の羽を無理やり植え付けられた、オオカミの形をしたキメラだった。
だけど、そのオオカミの身体はめちゃくちゃに切り刻まれていて、機械のパーツを無理やり肉にネジ込まれている。カプセルに繋がれた機械が動くたびに、オオカミのキメラのピクピクと震える足から、濁った血がブシュッと噴き出していた。
胸の奥が、雑巾を絞られるみたいにギューッと痛くなった。
思い出しちゃうじゃん、こんなの見たら。
私も奴隷市場でリンコ様に拾われる前は、王宮の冷たい実験室で、ただの戦う道具として毎日身体を改造されて、痛くて、苦しくて、暗闇の中でずっと泣いていたんだ。
【キメラなんて、ただの便利な使い捨ての兵器だ──】
昔、私をいじくり回していた王宮の白衣のオッサンたちが、笑いながらそんなことを言っていた。
ガラスの向こうで苦しそうに泡を吐いているオオカミのキメラは、昔の私そのものだった。王宮のクソ偉い奴らは、今もこうやって、私たちの仲間をただのゴミみたいに扱い続けている。
「……絶対に許さない」
ガラスに透けた自分の手を押し当てる。もう手のひらは向こう側が透けて見えるくらいペラペラだけど、ギュッと握った拳には、ちゃんと怒りの力がこもっていた。
よくよく考えたら私は、リンコ様が地獄の果てに行くなら、それについていくような主体性のないやつ。いっとき、リンコ様は王宮側が悪いのか、地下街の人間が悪いのか、それを調べるために特殊部隊を特待生で受けた。
今になって思う。私がリンコ様と過ごした王宮で、モロに洗脳周波数の影響を受けていたことを。何、呑気に王宮の霜降りステーキとか食いながら『ずっとこのままの生活がいいですね』ムード漂わせてたんだよ、当時の私!!!!!
あれ、もしかしてキメラの肉だったり……
おぇぇぇっっっ!!!!!!
……と、言いたいところだけど。
サーベルタイガーのキメラなんで、感情の一部が死んでるんだろう。何も思わない。一度、改造された人間は『完全に人間らしい感情』はもう持てないんだ。
そんな私でも分かる。地下街に行って、王宮の洗脳周波数をキャンセルするフリーエネルギーを40分以上浴びたら。
やっぱり、レンたちの言う通りだ。リンコ様はメストルとかいう悪いやつに、頭をパッパラパーに洗脳されて操られていただけなんだ。
ガタン、と下の方で大きな音が響いた。
この部屋のさらに下──再生プラントの搬入口の方で、回収アンドロイドたちが動き回っている気配がする。野生の勘が言っている。あそこにレンたちが到着したんだ。
「クリスタちゃん、レン、ギル……」
あいつらも今、潜入捜索がんばってんだ。キメラの私一人が、ここでシクシク泣いている場合じゃない!
「待っててください、リンコ様! 今、この最高の透明人間セネカちゃんが、悪い人たちをバチコーンって殴って、お助けしますからね!」
私はオオカミのキメラのカプセルに心の中で『あとで絶対に助けてあげるからね』と話しかけてから、再びスタスタと、今度は少しだけ足早に、リンコ様が閉じ込められている最深部の部屋を目指して暗い通路を駆け抜けた。




