第六十五話『潜入』
オレたちはアジトを飛び出し、集積場へと着く。そこは、王宮の機甲兵器に屠られた地下の住人や、廃棄された機械が山積みにされたゴミ溜めだった。その中央に、王宮の紋章が刻まれた巨大な鋼鉄製の『回収コンテナ』が鎮座している。
周囲には、首を奇妙な角度に傾げた自律型の回収アンドロイドたちが、感情のない動きでキメラの無残なパーツをコンテナへと放り込んでいた。
「おい、アンドロイドが離れた隙に飛び込むぞ」
ギルが低く囁く。オレたちはアンドロイドの巡回の死角を突き、コンテナの背後に回り込んだ。
重い鉄のハッチを静かにこじ開け、中へと滑り込む。
──ッ!!!
ハッチが閉まった瞬間、網膜がチカチカとするほどの凄絶な悪臭が、オレの鼻腔を容赦なくブチ刺した。
内臓をドロドロに煮詰めたような、ドス黒い生体エーテルの腐敗臭。それに蓋をしようとする王宮の強烈な塩素系消毒液の臭気が混ざり合い、脳を直接バールで殴られたような激痛が走る。
「……っぐ、……ぅ」
隣で死体袋の隙間に潜り込んだギルが、胃袋の底からせり上がってきたモノを必死に喉の奥で噛み殺し、激しくむせ返りそうになっている気配が伝わる。オレも酸っぱい液体が口の中に広がったが、必死に奥歯を締めてそれを飲み下した。ここで声を上げたり、吐瀉物の音を立てれば、外のアンドロイドに一発でバレる。
下半身を失ったケンタウロスの、脂ぎった機械パーツ。引きちぎられたスフィンクスの、粘つく血の滴る翼。その冷たい腐肉の隙間に身体を押し込み、オレたちは鼻と口を衣服の袖で強く圧迫しながら、死体袋のシートを頭から被った。
暗黒と、肺が腐りそうな悪臭の密室内。オレはただ、脂汗で滑りそうになるバールの柄だけに意識を集中させ、呼吸を限界まで浅くした。
ガコン、と大きな衝撃が走り、コンテナが激しい駆動音とともに下降を始めた。王宮の最深部へと続く垂直の搬入シャフトを降りているのだ。死体の山が揺れ、腐った肉塊がオレの肩に容赦なくのしかかってくる。生き地獄とは、まさにこのことだった。
どれほどの時間が経っただろうか。突如、コンテナの動きが止まり、外部から電子的な警告音が響いた。
『──検問セクター4。搬入物の生体スキャンを開始します──』
ガガッ、とコンテナの隙間から、肉眼でも分かるほど強烈な赤色のレーザー光線が差し込み、内部のスクラップをなめるように走る。
オレのすぐ目の前の死体袋にレーザーが当たった瞬間、オレの隣で息を潜めていたクリスタが、小さく歯を食いしばる気配がした。彼女の額の奥が、暗闇の中で微かにエメラルドグリーンに発光する。悪臭に耐えながら、彼女は必死に『龍のOS』を駆動させているのだ。
──チチチ、チチ……。
コンテナ外のセンサーが、妙なエラー音を立てた。クリスタの『龍のOS』が、オレたちの生体反応を『キメラの残留エーテルノイズ』として上書きし、システムを騙し切った。
『──スキャン完了。異物なし。再生プラント下層へ搬入を許可します──』
プシュー、とエアーの抜ける音がして、コンテナが再びゆっくりと前進を始める。防衛線の第一段階を、オレたちは肉体一つで、文字通り泥を這うようにして着実に突破した。
やがて、コンテナが完全に停止し、ゴトゴトと外部のハッチが開く音がした。
死体袋の隙間から外を覗き見ると、そこはハエ型ドローンのカメラが捉えていた、あの狂気の世界──天井から無数の黒い生体LANケーブルが垂れ下がる『人体実験室(再生プラント)』の最下層だった。
冷たい白い光が差し込み、少しだけコンテナ内の悪臭が薄れる。
無機質なアンドロイドたちが、コンテナからキメラの残骸を淡々と引きずり出し、作業台へと運び始めた。
「……レンさん、ギルさん、今ですっ。あのアンドロイドたちが背を向けた瞬間に、コンテナを出て、回廊のダクトへ滑り込んでくださいっ」
クリスタが、今にも気絶しそうなほど細い声で、だが必死に囁いた。
「行くぞ……」
オレはバールをしっかりと握り直し、死体の山から音もなく這い出た。
ギルがクリスタの細い身体を支え、アンドロイドの視界が切れた一瞬の隙を突いて、床面を這うように回廊の排気ダクトの影へと滑り込む。
ここから先が、本当の潜入行だ。王宮の心臓部。リンコの眠るカプセルまでは、まだいくつかのセクターがある。だが、オレたちの足は、確実に、そして冷徹にその最暗部へと近づいていた。




