第六十四話『セネカとの約束』
「おいレン……」
「どうしたセネカ?」
「さっきはぶったりしてすまん」
「え……」
「お前も血まみれになって、リンコ様をかばおうとしてくれたのに言い過ぎた。でもこれはリンコ様を思うがために……」
「ああ、分かってるよ……そんなことくらい。それに──喝を入れてくれて感謝してるくらいだ。腐りかけてたオレの心にな」
「なら良かった! おい! リンコ様を救いに行くぞ!」
「ああ!」
オレの決意が固まったその時だった。
突然、ブォォォォン──、と急に歪な音が鳴る。
「──ぁ、え……?」
セネカの口から、歪んだ電子ノイズのような掠れた声が漏れる。
「これは……おい……まさか……」
作業デスクから立ち上がり、ギルが困惑の表情を浮かべる。これからかち込みという時に──だ。
セネカの身体が突如、この前と同じように、読み込み不良を起こした映像のようにパチパチと不気味に明滅する。
「おい……」
セネカの姿が向こう側の景色が透けて見えるほど【半透明】に揺らぎ始めている。
「おい。セネカは密接的に関わってる人間の前では半透明にならないはずじゃ」
「タイムリミットが迫ってるっていうことだろうな」
「どうすんだよ。これからかち込みって時に!!」
「レン」
「なんだよ」
ギルはこんな状況にも関わらず、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ふざけてる場合じゃねえぞ!」
オレがギルの胸ぐらを掴んで激昂すると、奴はオレの手首を掴んで振り払い、こう言い放つ。
「セネカの半透明が逆手にとれるかもしれん。セネカが完全に消滅するのは王宮の監査が入った時だけだ。それに……オレたちで半透明なら、密接に関わってない人間の前では透明人間」
ギルの言葉に、オレの脳内に電流が走った。
「……完全な、透明人間……」
「そうだ。王宮の網膜ハックも、自動ターレットの生体スキャナーも、バグとして処理されてるセネカの姿を捉えることはできん。王宮の厳重な警戒網を内側からブチ壊す詮索役には、これ以上ない最高の一手だろ」
ギルはそこまで言うと、作業デスクの画面に地下街の廃棄場周辺のマップを呼び出した。
「だが、問題はオレたちの潜入ルートだ。セネカはひと足先に透明化を利用して排気スリットから単独で最深部を狙わせる。……オレとレン、それからクリスタの3人は、別ルートで王宮の心臓部に肉薄しなきゃならねえ」
「別ルートって、あの最新科学の防衛線をどうやって抜けるんだよ」
オレが問い詰めると、ギルはマップの一点を指差した。
「昨日の花火大会の裏で、王宮の回収アンドロイドどもがせっせと動いてるのを俺は見逃さなかった。あいつら、外での実戦テストで壊れたキメラの『残骸』を、地下境界線のスクラップ集積場から今も定期的に回収して、王宮のラボへ送り返してやがるんだ。……その回収用コンテナの死体袋の中に、俺たちが直接紛れ込む」
「キメラの死体に化けて、敵の本陣に運ばせるってわけか……。上等だ。手段を選んでる余裕はねえ」
オレは床から拾い上げたバールを、手のひらで強く握り直した。
「決まりだな。クリスタ、動けるか?」
セネカに介抱され、毛布の上で呼吸を整えていたクリスタが、少し青白い顔のまま、だが力強く頷いて立ち上がった。
「はい、レンさん……。私の『龍のOS』で、コンテナがゲートを通る時の生体スキャンを……ノイズを混ぜて偽装します。ギルさんの計画、手伝わせてください」
「セネカ」
オレは、輪郭がパチパチと半透明に揺らぎ続けている彼女に向き直った。
「お前は一足先に上へ向かえ。姿が見えねえのをいいことに、無茶だけはするなよ。オレたちもすぐに追いつく」
「……分かった。レン、ギル、クリスタ……絶対に、リンコ様を。……上で待ってる」
セネカが秘密基地を出ようとした瞬間、ギルはセネカの方へ近づき、セネカの襟元あたりに触れる。半透明なので触れられないが。なにやってんだ? なんかひそひそ話してるし……。
「なんだ?」
「いいや、何でもない」
ギルがそう言うとセネカは
『じゃ! 行ってくる!』と、景気よく言う。
セネカの身体が、アジトの薄暗い空気の中にスーッと溶け込むようにして、完全に視界から消え去った。足音すら聞こえない。本当に、今の彼女は王宮のシステムにとって『存在しないノイズ』なんだ。
「よし、俺たちも行くぞ。時間がない」
ギルの合図で、オレたちはアジトを飛び出し、地下街の最果てにある不気味な廃棄集積場へと急いだ。




