第六十三話『クソみたいな異端審問所と人体実験室』
ギルは物作りの天才だ。あらゆるジャンク品【ゴミ】を便利なアイテムに変えてしまう技術がある。まず思いついたのがネズミ型ドローンを先に王宮に潜入させて、内部を探索するという案だ。
「ネズミ型ドローンを使って……」
「ああ、そりゃダメだ」
ギルがオレの提案を秒で突っぱねる。
「王宮の人間は最先端科学を持っている。ネズミ型じゃ怪しまれる。だから──これだ──」
ギルが作業デスクの引き出しから取り出したのは、ピンセットの先でなければ掴めないほど小さな、一つの『金属の塊』だった。
「超小型サイズのハエ型ドローン」
虫眼鏡で見なければ分からないほど精密に作られたそのドローンは、王宮の廃棄通信機から抜き取った超微細クリスタル基盤で作られていた。薄く透明な羽が、秘密基地の薄暗い人工光を反射して怪しく光る。
「ネズミじゃ王宮の最新の動体レーダーに一発で引っかかる。だが、このハエ型なら王宮の排気ダクトの隙間をすり抜け、空気中に漂う微弱なエーテル波のノイズに紛れて潜入できる。王宮が地上や一部の地下へ向かって常に流している《人間を奴隷化するための低周波・洗脳ノイズ》──その電波の『通り道』を逆流させる形で、最深部まで泳がせる」
「流石だな、ギル……」
「感心してる暇はねぇぞ。クリスタ、手を貸せ。お前のムーの脳内クリスタルの周波数を、このハエの受信ポートに直にハックさせる。王宮の強固な暗号化ファイアウォールを突破するには、機械の電波じゃなくて、お前の持ってる『龍のOS』の生体エーテルラインを中継局にするしかねぇんだ」
「はい……っ、やってみます!」
クリスタがコクンと頷き、作業机の前に進み出る。彼女が目を閉じ、額の奥をうっすらとエメラルドグリーンに輝かせると、ギルの手元にあるハエ型ドローンの複眼が、同期を示すようにチカチカと緑色に明滅し始めた。
キィン、と室内に高周波の駆動音が響く。
「よし、接続完了だ。モニターに回すぞ」
ギルがジャンク製の脳波オシロスコープの画面を叩くと、ノイズ混じりのモノクロ映像が空中にホログラムとして浮かび上がった。
ハエ型ドローンはすでにアジトの換気口を飛び出し、地下街の闇を猛スピードで上昇している。人工太陽の光の層を突き抜け、王宮の巨大な最外殻防壁の排気スリットへと滑り込んでいく。
画面に映し出されたのは、幾何学的な正六角形の防衛隔壁が幾重にも重なる、冷徹な王宮の内部構造だった。
「……見えた。これが、王宮の最深部……」
セネカが息を呑み、画面を凝視する。
ハエ型ドローンは、無機質な純白の回廊を、まるで本物の虫のように壁を這いながら進んでいく。巡回するレプティリアンの機甲兵器の足元をすり抜け、さらに下層へ、暗い隔離セクターへと深度を下げていく。
──チチチ、チ、チ……。
突如、オシロスコープの波形が激しく乱れ、赤いノイズが画面を覆い尽くそうとした。
「まずい、ムネセウスの私兵どもの生体レーダーだ。奴ら、網膜に直接王宮のシステムをハックしてやがる。クリスタ、周波数を1ミリだけ右へズラせ! 隠れるんだ!」
「く、……っ! システム・レティクル・ステルス……!」
クリスタの額に大粒の汗が滲む。
ハエ型ドローンは間一髪、通路の天井にあるスプリンクラーの影に張り付き、赤いスキャン光線をやり過ごした。
そして、そのキメラたちが厳重に警備する、巨大な防爆電子ロック扉の『先』を、ドローンの超高倍率ズームレンズが捉えた。
「──ッ!! リンコ様……!!」
セネカの悲痛な叫びが秘密基地に響く。
ノイズの向こう、緑色の培養液で満たされた巨大なカプセルの中に、無数のコードに繋がれたまま、ぐったりと目を閉じているリンコの姿があった。
カプセルの上部モニターには、赤字で『生体解体カウントダウン・残り120分』の文字が冷酷に点滅している。
「……待ってろ、リンコ」
オレは静かに画面を睨みつけ、バールを握る手に、ミリミリと力を込める。
「120分だな。ギル、このハエの座標を元に、最短でカチ込めるルートを割り出してくれ。作戦は──アトランティスの王宮の洗脳周波数をキャンセルして強行突破だ!」
「待て、レン。まだモニターを閉じるな。確実に成功させるには、王宮の全システムへ一撃で処理限界を超える過負荷をかけるための『大元の動力源』にバックドアを仕掛けなきゃならねえ。ハエをさらに降ろすぞ。リンコの部屋の排気ダクトの奥──ここから先は、人工太陽の光が1ミリも届かない、王宮の本当の最暗部だ」
ギルがキーボードを叩くと、超小型のハエ型ドローンはリンコの眠るカプセルの真下をすり抜け、黒いエーテル汚染物質が陽炎のように立ち上る床の排気スリットへと潜り込んでいった。
──ズ、ズ、ズ、ズ、ズ……。
アジトの脳波オシロスコープが、地底の底から響く不気味な重低音を拾って激しく振動を始める。
クリスタのエーテルラインを通じて送られてくるモノクロのホログラム映像は、深度をさらに深め、未知の、異様なほどに無機質な空間を映し出し始めた。
すると、排気ダクトを抜けたハエ型ドローンが、冷たい石造りの天井に張り付く。
ホログラム画面に映し出されたのは、不気味なほどに『静まり返った』、何もない広い石造りの部屋だった。
部屋の四隅には、下層街では見たこともない王宮の冷徹な自動防衛ターレットが配置され、不気味な駆動音を立てて首を振っている。そして部屋の奥には、設置されたばかりの、眩いオリハルコン製電磁防壁が、部屋全体の通行を完全に遮断するようにそびえ立っていた。
「……何だ、この部屋? 倉庫か? いや、何も置かれてねえな……」
オレは眉をひそめて画面を凝視する。ドローンのレンズが床面を這うようにズームした瞬間、ハッとあることに気付く。
「いや、待て……。床を見ろ」
オレはホログラムの静止画に指を差す。
「不自然にそこだけ白くなってる……。それに、強力な薬剤で『何か』を執拗に洗い流したような洗浄の跡があるぞ」
「……血痕の漂白跡だろうな」
ギルが息を呑み、即座にドローンのセンサーログの数値を書き換えた。画面の端に、空気中の残留成分の解析データが並ぶ。
「血痕だと……?」
「……ああ、塩素系薬剤の奥に、高濃度の生体エーテルと人間の皮脂反応、それから激しい電流が放電された残渣が出やがった。……間違いない。ここは王宮の『異端審問所』だ。地下街で王宮のドグマに逆らった連中が連れ込まれるって噂の、おぞましい処刑室の成れの果てだ」
「審問所……っ。じゃあ、ここで誰かが……」
セネカの顔が恐怖で強張る。
「ああ、しかもごく最近だ。数日前まで、この部屋の中央に何かデカい固定器具か、椅子のようなものが設置されていた跡がある。それが丸ごと撤去され、この新しすぎるオリハルコンの電磁防壁が突貫工事で設置されてる。……王宮の奴ら、ここで何らかの凄絶な『処理』を終えた直後、証拠を隠滅しようとして、防衛線をさらに強固に作り変えやがったんだ」
ギルが悔しそうにデスクを叩いた。
「徹底してやがるな、クソレプティリアンども」
オレはバールを握り直し、冷徹に画面を睨みつける。
「部屋がどれだけ綺麗に掃除されてようが、残った防壁が『ここから先は通したくない』って答えを教えてくれてる。ギル、ハエをさらに奥へ進めろ」
ハエ型ドローンは、新設された電磁防壁のわずかなレーザーセンサーの隙間を、クリスタの『龍のOS』による超微細な周波数偽装で静かに滑り抜けた。
防壁の先には、底の見えない暗黒のエレベーターシャフトが口を開けていた。上層からの膨大な暗号化データを下層へと送る極太の光ファイバーケーブルが何本も増設され、激しい熱風を吹き上げている。ドローンはその熱対流に乗り、さらに深く、王宮の胃袋へと一気に降下する。
ピピッ──。突然、オシロスコープにアラートが鳴る。臭いを感知する《臭気数値》が異常な数値を叩き出した音だった。
シャフトを抜けたハエが捉えたのは、強烈な消毒液の臭気と、内臓を煮詰めたようなドス黒いエーテルの腐敗臭が充満する、見渡す限りの巨大な硝子管が並ぶ狂気の世界だった。
天井からは無数の黒い生体LANケーブルが蠢くヘビのように垂れ下がり、それぞれのカプセルにドロドロとした極彩色のエネルギーを供給している。
初めて目にするその大規模な『人体実験室』の光景に、アジトの狭い室内に凄絶な戦慄が走った。
「あいつら……マジで許せねえ。人間をおもちゃに……っ」
画面に映し出される、カプセル内で強制解体・再生されている異形たちの姿に、セネカが自分の髪をむしり取るようにして絶叫した。
ギルが眉間を険しくしながら、流れるシステムログをキーボードで高速スクロールしていく。
「おい、並んでるカプセルのいくつかは『空』になってるぞ……。赤黒く濁った培養液だけが残って、固定基盤が強制排出されたログが並んでやがる。レン、これ、数日前まで稼働してたバケモノどものいくつかが、すでに『出荷』された後だ」
「出荷?」
「推測だが、ここにいた『巨人』や『ミノタウロス』って呼ばれる異形どもは、実戦テストを兼ねて、すでに王宮の『既戦力』として外の防衛ラインに配備完了しちまってる可能性が高い……!」
ってことは──
今ドローンのレンズがリアルタイムで捉えているのは、外での戦闘の後に回収されたと思われるキメラたちの『残骸』だ。
本体まるごとも培養液の中にいるけれど、それはこれから解体されるか、既に再生したキメラだろう。
アンドロイドたちの手によって淡々と解体されている、より機能的で冷酷に作り変えるための『処理風景』──。下半身を失ったケンタウロスのパーツや、翼を機械ハサミで切り落とされているスフィンクスの無惨な姿が、作業台に並んでいる。
「……テストの段階じゃねえ。この工場、完全に『実用稼働』してシステムが回ってやがる。この街の人間を、片っ端からこのバケモノの材料に変えるためのラインが、今まさに完成しちまってるんだ……!」
ドローンはさらに奥へ進み、天井から吊るされた無数の生体チューブの『根源』へと行き着いた。
巨大な培養槽の中で、全身の肉を削ぎ落とされ、剥き出しになった脊椎と心臓だけが異様なピッチで脈打つ、完全な生体機械へと改造された『ペガサス』の成れの果て。その心臓から伸びる半透明のパイプは、以前のデータよりも太く、黒い電流を放ちながら床に開いた太い配管用の穴を通って、地底の最深部へと、ドクドクとエネルギーを送り込み続けている。
「ハエを落とせ、ギル。このクソみたいな工場の、一番大元の根っこを暴く!」
オレの心が怒りで覆いつくされていくのが分かる。
ハエ型ドローンは、黒い電流が這うパイプに沿って、地の底へと突入する。
ドックを抜けた瞬間、ホログラムモニターが激しい紫のフラッシュを発して激しく歪んだ。
画面を埋め尽くしたのは、地下街の人工太陽など比較にならない、世界を盲目にするほどの狂暴なまでの『紫の極光』だった。
──ズシ、ズシ、ズシ、ズシ……。
アジトの脳波オシロスコープが、物理的な衝撃波のような低周波を拾って激しく火花を散らす。
そして光の海の中心に、その圧倒的な超巨大構造物が姿を現した。
「……なにこれ……こんなおっきいクリスタル見たことない……」
セネカが呆然と呟く。
地底の最深部に君臨する、超巨大構造物──『クリスタルピラミッド』。
それは無数のオリハルコンのフレームで補強された、純度100%の巨大な生体クリスタルの結晶体だった。
結晶の表面には、王宮の巨大な『リミッター解除プラグ』が何十本も深く突き刺さっている。上のラボや審問室で吸い上げられた無数の命のエーテルエネルギーが、この一週間の間に限界を超えて充填され、ピラミッドの頂点からは、アトランティス全土へ向けて禍々しいプラズマの柱が立ち上っていた。地上や一部の地底へ常に流されている洗脳ノイズの出力が、今まさに最大値に達しようとしている。
『警告:未知の生体エーテルラインの接近を検知。即時排除フェーズに移行』
ピラミッドの表面に、正六角形の防衛システムが展開されると同時に、自律型の超小型防衛ドローンの一群がハエ型ドローンに向けて一斉にレーザーを放った。
「クリスタ!! 耐えろ!! ピラミッドの基部、あの新設された給電リミッターの隙間にハエを突っ込め!! そこしか過負荷をかけるバックドアはねえ!!」
「う、あ、あぁぁぁ……っ!! システム・レティクル、臨界突破ッ!! 『龍のOS』、ピラミッドのコアへ──同期します!!!!」
クリスタの額の奥のクリスタルが激しくグリーンの光を放つ。
その瞬間、ハエ型ドローンは迫り来るレーザーの嵐に羽を焼かれながらも、クリスタルピラミッドの給電ハブの隙間へと、その金属の身体を文字通り『楔』のように突き立てた──!
──バチチチチチチィィィンッ!!!!
火花が弾け、アジトのメインPCが焦げ付いた異臭とともに完全に沈黙する。
同時に、クリスタが短く息を呑み、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「クリスタ!」
オレは即座にバールを床に放り投げ、彼女の身体を両腕で受け止める。
クリスタの顔面は一瞬で土気色に染まり、浅い呼吸を繰り返しながら、オレのジャケットの袖を強く握りしめていた。ドローン消滅の瞬間に彼女の額のクリスタルへ逆流した、ピラミッド最深部の『脆弱な給電ルート』の全データが、凄絶な情報過多となって彼女の脳内メモリを焼きにかかっている。
「おい、しっかりしろ、クリスタ!」
オレがその肩を支え、必死に呼びかける。
ギルが血相を変えて無線受信機のゲインを最大まで回し、叫んだ。
「クリスタ! お前の『龍のOS』のテレメトリー出力を最大に上げろ! そのまま脳波でアジトのアンテナにデータを叩き込め!!」
クリスタは奥歯を噛み締め、苦痛に顔を歪めながらも、自身の松果体に細い指先を強く押し当てた。
チカチカと緑の光が狂ったように爆ぜ、アジトの壁に張り巡らされたジャンクの配線がジジジと鳴動する。彼女は自身の頭脳から、生々しいエーテルの濁流となったルートデータを、アジトのサーバーへと直接空間越しに転送し続けた。
ジジ……ジジジ……と、かろうじて息を吹き返した小さなサブモニターに、ピラミッド内部の構造が、青い暗号データの羅列となってズラズラと展開されていく。
「……は、ぁ……っ」
データの転送完了を示す緑のランプが灯った瞬間、クリスタが大きな溜息とともに、オレの腕の中で完全に脱力した。激しい頭痛に眉をひそめながらも、彼女は消え入りそうな声で、いつもの静かなトーンを保ったまま呟いた。
「……大丈夫ですっ……。レンさん! ルートは……今、全部そこに置きました……」
「ああ、受け取った。無理すんな、あとはオレたちに任せて休め」
なぜギルはクリスタが無線で、データのバックアップをアンテナへ送信できることが分かったのだろう。クリスタがムー出身だからって、かなり賭けに出たように思う。
「かなりの賭けに出たな……ギル」
「勘違いするなよ、レン。あてずっぽうのギャンブルじゃない。オシロスコープでクリスタの『龍のOS』の波形を見てりゃ、それがアトランティスの有線ケーブルなんかより、遥かに高効率な空間伝播の性質を持ってることぐらい丸わかりだ。ムーの超科学ってやつを、オレのジャンク受信機が信じただけさ」
その言葉に、オレはフッと口元を緩めた。流石はオレの相棒だ。
オレはクリスタの身体を慎重にソファーへ置き、セネカが自分の上着を丸めて彼女の頭の下に敷く。ギルは静かにキーボードから手を離し、モニターに浮かび上がった『王宮の本当の心臓部』のデータを凝視したまま、怒りで拳を砂が鳴るほど固く握りしめていた。
「おい、見ろよこの数字……」
ギルが低く毒づく。
「あのキメラどもの処理ログだ。王宮の奴ら、これだけの命を燃料にして、街全体の洗脳出力を上げやがったんだ」
全員の視線が、青く光るサブモニターへと集まる。
そこには、あの異形の工場で解体されていたキメラたちの悲鳴が、そして今も冷酷に循環している王宮の全システムが、数字となって冷徹に暴かれていた。
オレは床のバールを静かに拾い上げる。
バールの冷たさが、手のひらを通じてオレの脳を冷徹に研ぎ澄ましていく。その視界の向こうには、仲間の命を容赦なく削らせた王宮への凄絶な怒りと、解体台の先へ囚われたリンコを必ず連れ戻すという、絶対的な決意の火が灯っていた。
「タイムリミットは120分。奴らはオレたちの知らない間に、システムを完全に次の段階まで進めやがった。だが、エネルギーが満タンってことは、オレのバールでこのバックドアに過負荷を仕掛けた時の『ハッキング』の反動も最大になる」
オレはバールを肩に担ぎ、秘密基地の重い鉄扉へと向かって歩き出す。
「ギル、セネカ、クリスタ。行動開始だ。あのクソみたいなピラミッドを直接ハッキングして、王宮の街ごと、全てのエネルギーを完全に叩き落としてリンコを救ってやる──!!」




