第六十話『リンコの心情』
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さっきから平然を装ってはいるけど、今にも心臓が爆発しそうだった。
今まで男の子と手を繋いだことはない。王宮での生活と、孤児院での生活。そしてずっと一人で高等部を飛び級することだけを考えてきた。そりゃもちろん、セネカとは手を繋いだことはあるけれど、男の人の手はごつごつしていて妙に違和感がある。こいつ、顔のわりにはごつごつした手だ。
というか──20歳で男の子と手を繋いだことないって引かれる!?!?!? そんな不安をバレたくないという思いで必死に平然を装うとするが、その度に意味のわからないことを言ってしまう。そして自分が何を言ったかも一秒後には忘れてしまうくらいテンパっていた。タイムリープマシンの話をしていた時は、理路整然とロジックを説明できていたのに、日常的な会話になるともう無理だった。
そんなわたしの気も知らず、レンのごつごつした手によって導かれたのは一般下層民が立ち入る高台とは別のもう一つの高台。そこは重厚な鉄扉で立ち入り禁止の看板が掲げられていた。レンはどこにあったっけなと呟きながら、カバンからじゃらじゃらといくものカギを取り出す。どうせまた、忘れちった──とか言うんじゃないんでしょうね……。
レンが鍵穴にぷすりと、キーを差すと一発でがちゃりという音が鳴る。
「よかった。ちゃんと覚えてて……」
「いや、勘!」
「はぁ!?」
100個くらい鍵あるのに『勘』!?
なんかコイツってミラクルをたびたび起こすような気がする。なんなのよ。何者なのよコイツ……。そんなことを思ってる間に、鍵を開けて扉を開く。するとそこには高台のてっぺんへと続く鉄のらせん階段がぐるぐると渦巻いていた。
レンはさも当たり前かのように再び手を握ってくる。
「……っ!?」
『?』と、小首を傾げながら『オレなんかおかしい?』と言った表情だ。いや、もうまわりに人いないし、手……繋ぐ……必要ないでしょ……。思いっきり突き放そうかとも考えたけど、吸着盤のように吸い付いてはなれない。なにこれ……。
また心臓がドクドクと脈打ち、どうにかなりそうだった。さっきのお酒じゃ足りないって。
「お酒……のむ……」
「この前のことがあるから、もうだめ」
「はぁ!? レンのくせに生意気」
あ、普通にレンって言っちゃってる……。
「なんかギルといい、リンコといい、オレをのび太のくせに生意気って思ってる節あるよな」
「はぁ? のびた?」
「いや、なんでもない」
たまによく分からない遥か未来のボケも挟んでくるし、だけど──
いつの間にかレンにたいして、わたしは特別な感情を持っていた。これが何かは分からないけど。なんか、ずっとこのまま手を繋いでいたいというか……。これが友達ってやつなのだろうか。ライラのときと同じ感情かもしれない。今日はその、告白。レンのことが好き(友達として)レンのことが好き(友達として)レンのことが好き(友達としてかもしれない)レンのことが好き(……できれば友達以上になりたい)
あああ! もう! ダメ! 変に勘違いされるのも嫌だし、もし──フラれちゃったら??? いや、あいつに限ってそれはない!
でも、『ごめん。オレお前のこと嫌いなんだ。仲間としてはいいんだけど、ちょっと性格キツイというか……』なんて言われたら立ち直れない!!
わたしはグルグルと目の前のらせん階段と同じ思考のスパイラルに陥っていた。そうしてカタカタと靴音を鳴らし、てっぺん付近に来た時だった。
ヒューーーーーーッという夜空に向かって何かが打ちあがるような音がする。
そう言えば、地上には夜がないから王宮の花火は昼に打ち上がる。しかも祭りのような催しというよりかは、特権階級の人たちの記念式典なので一発か数発で終わるのだ。昼の空に煙が上がるだけ。別に見ていて楽しいものではない。
だけど、コイツが令和から持ち込んできた文化は、またもやわたしの想像を超えてくるのは間違いないだろう。
「わ! もうこんな時間じゃん、上がってるって花火!」
レンに手を引かれ、高台のてっぺんの扉を開いたその時だった。
扉を押し開けた先は、地上には存在しない、本物の『暗闇』だった。
上空を満たすのは、人工的な明かりをすべて吸い込むような、冷たく剥き出しの漆黒の岩肌。深海よりも深いその虚無に足を踏み入れた瞬間、肌を刺す風とともに、私の心臓が小さく跳ねた。
シュゥゥゥゥゥ――――ッ。
静寂を鋭く摩擦する音とともに、一本の細い光の尾が闇の天頂へと駆け上がっていく。
思わず息を呑んだその刹那、わたしの凍りついた右手を、レンのごつごつした大きな手がぐっと包み込んできた。男の人の、少し高めの体温。その皮膚の熱が指先から流れ込んできたのと、夜空の光が弾けたのは、完全に同時だった。
──ドン。
腹の底に重く響く振動とともに、漆黒の天井に一輪の紅い大輪が咲き誇った。
息を失うほど鮮烈な赤。それは同心円状に広がりながら闇を払い、冷え切った岩肌の輪郭を優しく、だけど強烈に染め上げていく。
すごい……。
王宮の式典で見た、昼の青空に白い煙だけを残して終わる、あのつまらなくて退屈なものとは何もかもが違っていた。闇があるからこそ、光はこれほどまでに傲慢で、これほどまでに美しい。今までわたしが正しいと信じて積み上げてきた、王宮での常識や高等部での知識、そのすべてが、たった一発の光によって粉々に打ち砕かれていく。
間髪入れずに、二筋、三筋の風切り音が闇を裂き、青や黄金の光が時間差で重なり合いながら、夜空に巨大な球体を形成していった。
ドォン、ドォン、ドォン!
音が響くたびに、高台の鉄板から足の裏を伝って、内臓がびりびりと震える。
連続する爆音。大気が焦げるような、火薬の独特な匂い。そして、レンの手から伝わる、トントンと静かに刻まれる脈拍の強さ。
花火が弾ける衝撃なのか、それとも自分の胸の奥が暴れているせいなのか、もう分からなかった。鼓動と爆音が完全に共鳴し合って、五感の境界線がめちゃくちゃにかき乱されていく。
シュシュシュシュシュッ!!!
打ち上げのテンポがさらに加速し、色の異なる光の槍が交差するように夜空を侵食していく。
赤、青、緑、黄色、紫、その色彩の暴力的ともいえるグラデーションはわたしの網膜だけではなく、こころの奥底まで入り込んでくる。
下を見下ろせば、数万人の住民たちがやぐらの周りで一斉に歓声を上げ、カラフルな光に照らされたその顔には、誰も彼もが子供のような笑みを浮かべていた。
一発、また一発と大輪が咲くたびに、レンのどこか幼い、だけど真っ直ぐな横顔が、鮮やかな赤や黄金の光に交互に照らし出されていた。この街を作った創造主。1万2000年先の未来を『故郷』と呼び、過去ではなく今を変えようとする、どうしようもないバカ。油断したらレンに吸い込まれそうになってしまう。わたしはレンにこっちを向かれたら恥ずかしくなってしまうのと、次の花火に集中するために視点を切り替える。
そして──わたしが夜空に視点を移すと、地底の底から轟くような地響きとともに、視界の最下層から数十本の黄金の火柱が一斉に噴き上がる。
パンパンパンパンパンッ!!!
それは、空間を完全に埋め尽くす光の飽和。
破裂した花火が、まるで巨大な滝、あるいは白銀のカーテンのように、幾重にも重なり合いながらわたしたちの頭上から降り注いでくる。
周囲が真昼よりも眩しくフラッシュし、影という影が瞬時に消し去られた。
あまりの光の暴力に圧倒され、眩しさに目を細めながらも、わたしは無意識にレンの手をギュッと握り返していた。指の隙間が完全に埋まり、お互いの手のひらがぴったりと密着する。その強烈な熱だけが、この光の洪水の中で、わたしが正気でいるための唯一の錨だった。
紫、ピンク、黄金、グラデーションの効いた大輪が夜空を連鎖的に染め上げ、千切れた無数の火花が、まるで満天の星空がそのまま崩落してきたかのようにきらきらと降り注ぐ。
その光のシャワーに照らされた世界の中でわたしは、繋いだ手の熱を必死に感じながら、眩しそうに天井を見上げるレンの横顔を、ただじっと見つめる──。
「……っ」
「……っ」
気づいたらわたしたちはこの光景に息を呑み、1時間も手を繋いでいた。もうレンの手なのか自分の手なのか分からなくて、繋がって、ひとつになっているみたいな感覚。最後の花火が打ちあがったと同時に、花火が終了するアナウンスが流れる。それが終わったと同時に、レンが口を開いた。
「火薬の匂いも再現した……」
「……すごい」
「令和の日本で一番多く打ち上げる『鳥取しゃんしゃん祭』を真似て作った。合計10000発」
「……すごい」
あまりにも感動しすぎてすごいとしか出てこない。
「……リンコ。ごめん」
「え……?」
するとレンはいつになく、しおらしく、だけどわたしの手をぎゅっと強く握ってくる。そこでようやくわたしはこの手が繋がって一つになっているわけではなく境界線があることを思い出した。
「あの時、皆がいる前だから意地はっちまった……お前と一緒に来れてよかった」
【──ふっ……、ふっんだ! 別にオレは二人で行きたいとか思ってないし、リンコだって……
──……行きたい】
ああ、あの時か。だけど、あれは、わたしだって始めは『みんなと一緒に行くならいい』と意地を張ったんだ。先に意地を張ったのはわたしだ。
「誰よりも、一番、リンコにこの景色を見てほしかった」
「…………っ」
頭が真っ白になる。その言葉がじんわりと胸の奥に染み渡る。
「まさか当日まで高台の存在忘れてしまって、ぶっつけ本番になったのは申し訳ないけど……」
「わ、わたしの方こそ、みんなで行きたいとか意地張っちゃってごめん……っ」
大丈夫。今なら言える。
本当はレンと二人きりで……。
するとレンは繋いでた手を放し、高台の出口のほうへ歩みだして
『下で屋台まだやってるから行くか』と、笑顔で振り返った。
「あ……うん……」
レンは『あー、酒ぬるくなっちまった……』と、レジ袋にあるハイボールとチューハイを見てガッカリしたような声を出す。言うタイミングを完全に失ってしまった。あと……手はもうちょい繋いでいたかったとか思ったり……。
わたしはここである重大なターニングポイントに立たされていることに気付く。
せっかくお酒を買って屋台を回るんだから飲むべきか、告白前にお酒を入れるなんてナンセンス過ぎるからやめた方が良いのか? だ。
しかし、そんなわたしの気も相変わらず、ぜんっぜん分かってないようで、レンは『ほらよ。ぬるくなっちまったけど飲むか?』と、缶チューハイを手渡してきた。
「……のむっ」
酔わない程度に、たしなむ程度に、ゆっくり飲めば問題ないだろう。この前は煽ったように飲んだからコイツもつられて呑んでたんだし。
すると、レンは寂しかったのか、何も言わず子犬みたいな顔で再び手を繋いできた。
だから心臓に悪いってば!




