第五十九話『二人きりの夏祭り』
翌日の夕方──。
ギルは一足先に第三パーク公園へ向かったため、秘密基地の玄関にあいつの靴がなかった。クリスタは『いってらっしゃいませ。お留守番を任されます……っ!』と、元気よく言い、セネカは『リンコ様とゴミ虫が二人きりで……』と悔しそうに、親指の爪を噛んでいた。オレとリンコは基地で、身支度を済ませる。
そして──秘密基地の重い鉄扉を押し開けた瞬間、オレとリンコの五感は、1週間閉じこもっていた薄暗いガラクタ部屋の静寂から、『お祭り』の圧倒的な喧騒へと完全に引きずり出された。
地下街のメインストリートを見下ろせば、そこはもうオレたちの知っている陰気なスラムの面影なんてどこにもない。
通りを埋め尽くす人、人、人。
頭 上には、幾重にも張り巡らされた縄から、気が遠くなるほど大量の赤や黄色の提灯がぶら下がり、夕暮れの地下街を妖しくも温かい光で満たしている。その光景は、どこか日本の懐かしい夜祭りを思い出させて、オレの胸をきゅっと締め付けた。
職人として、一足先に花火の仕込みとコントロールのために裏方へと回ったギル。そのギルいる花火大会へと目指して、オレとリンコは下層住民たちの熱気に押し流されるようにして、目的地の『地下街第3パーク公園』へと歩みを進めた。
道すがら、通りの両側にはぎっしりと『屋台』が軒を連ねていた。
『やきそば』『大阪焼』『いかやき』『たこやき』──オレが令和の記憶を頼りに教えた不格好な文字の看板が、裸電球の光に照らされてギラギラと輝いている。鉄板から立ち上るソースの焦げる匂い、香ばしい醤油の香りが煙となってストリートを包み込み、すれ違う人々の笑顔をぼやけさせていく。
「酒はいるか?」
「あ、えっと……うん……」
この一週間タイムリープマシンのことばかり考えていたため、リンコは少し疲れているのだろう。まだ花火も上がっていないのに上の空でぼんやりとしている。
「酒は地下街のコンビニで買うか」
二人でコンビニに入り、飲料コーナーでアルコールを見る。この前みたいに飲み過ぎないようにしないとだな。居酒屋での出来事に、猛烈な反省のフラッシュバックを全身で浴びつつ、オレたちはかごの中にビールやチューハイ、ハイボールを放り込む。これはあれだ。多めに買っておいても、また秘密基地の冷蔵庫に入れておけばいい(アル中の呼吸)
コンビニを出たあと、レジ袋をぶら下げながら、また活気ある街を歩いていく。
さっきの立ち並ぶ屋台はかなり奥の方まで続いており、リンコは物珍しそうに周囲の屋台のビニールカーテンを覗き込んでいる。いつもはツンツンしてる天才ハッカー。だけど今は少女らしい姿が、裸電球の光に淡く照らされていた。
その時、通りの向こうから地響きのような重低音が鳴り響く。
──ドン、ココドン、ドン!!!
彫刻が施された巨大な木製の山車が、人混みを割りながら現れた。提灯を何十個もぶら下げたその上で、男たちが大太鼓を叩き鳴らし、さらにその後ろからは熱気で神輿を担ぐ白装束の群衆が押し寄せてくる。浴衣姿の女の子たちや子供たちが、その熱気に当てられたように楽しげに手拍子を叩きながら歩いていく。
押し寄せる人の波に押され、リンコがバランスを崩してオレの肩に触れる。とっさに、オレははぐれないようにリンコの手を──
掴んだ──。
だけど、その数秒後に、
「…………っ」
思いっきり放された……。
リンコの顔が提灯の赤い光に照らされて、リンゴみたいに真っ赤になっているのが見える。
「え? え? え!? きゅ、急になに?」
「えっと……。かなりの人ごみだし。その、はぐれたらダメだから……っ」
深い意味はない……(いや、ある)
別にこいつと手を繋ぎたいとか、繋げて嬉しいとか。(ごめん……ある……)
別に、勢いよく手を放されたことにショックとか感じてない(嘘。ショック……)
顔に出やすいオレがズーンと落ち込んでいるその瞬間──。
スルリと、手に柔らかい指みたいな感触が滑り込んできた。
というか指だった……。
「た、たしかに! はぐれちゃうと困るから……っ。探すの大変だし! これはそう!そのため……そのための……」
「だよなー! そのために手ってついてるもんな! ドアのドアノブみたいに!」
と、オレはテンパりすぎて意味分からんことを言っていた。
こいつも普段のラジカル基地にいるときと様子が違うし、ツンツンツンが『ツン』くらいになってる。祭り効果ってすげえ! そう関心しているとリンコは『の、のまない?』と、サラリーマンが飲み会に誘うときみたいなジェスチャーをしてきた。
オレは繋いだ手を一旦放し、レジ袋を腕に通す。適当に酒を取り出してみよう。
「あ、ビール飲んでみたい……」
「ビールか。20歳なったそこいらで、口に合うか分からんぞ」
「いいの! のむ!」
子どもみたいに唇を尖らせながら、オレの手にあった缶ビールを奪い取る。
「ん、あかない……」
どうやらネイルのせいで開けられないらしい。
「ほら貸してみな」
オレは奪い取られた冷たい缶ビールを奪い返して、プルタブを爪で引っ搔くように弾いた。
ぷしゅっ──。
開いた缶ビールをリンコに手渡す。
それをコクコクと喉を鳴らしながら、人の邪魔にならない道の端っこで勢いよく飲んでいる。大丈夫か? この前のこともあったし……。
「ふぅ……けっこうイケる、おつまみとかあったらもっと美味しいかも」
おっさんレベルがかなりお高いようだった。はじめてのビールって、普通は『苦い』とか、『のどごし』分からんとか、女子ならそういう反応しそうなのに。
「よかった」
「あ、乾杯……。ごめん……」
「いいよ。そんなの」
オレは笑いながら、自分の分の缶ビールを開け、仕切り直して乾杯する。
「「乾杯」」
ビールを飲みほした後、ちょうどいい感じになったので、人の流れに沿って、また歩き始める。さっきよりも細い道に入り込んだオレたちはその先にある花火大会の会場へと着実に進んでいく。デジタル時計を見ると、19:12 さっき日の入りを迎えて徐々に薄暗くなっている。
屋台の立ち並ぶ狭い通路を、2人で支え合うようにしてなんとか通り抜ける、ようやく視界が大きく開けた。
『地下街第3パーク公園』──。
普段は下層民のどんよりした溜まり場になっている広大な公園は、今や完全に、数万人の人間がひしめき合う超巨大なディスコグラウンドと化していた。
中央に組まれた巨大なやぐらから放たれるエーテルの光が、集まった人々の顔をカラフルに染め上げている。見上げれば、地下街の天井の岩肌が、エーテル花火の打ち上げを今か今かと待つように、怪しく、そして美しく夕闇の紫に染まっていた。
「あっちの高台で見るか?」
「うわ……人いっぱい……」
なんか穴場とか用意しておくんだった。事前のリサーチ不足っていうか。そもそもタイムリープマシンを作るのに必死すぎて、リサーチのことなんて一ミリも考えてなかった。泥縄な考えっていつもギルに揶揄されるけど、本当その通りだと思う。よくこの考えで地下街を作れたな……。オレ……。
「……ん? 待てよ……?」
「な、なに?」
地下街を作った──。創造者はオレ。オレは誰よりもこの街に詳しい。この街で、立ち入り禁止区域もある。オレのフルスピードではじき出された答えは
「リンコ。オレの作った街だから、ちょうどベストプレイスがあってだな」
そう言うと『!!』と珍しく目をキラキラ輝かせながら、オレの手をキュッとさっきより強く握ってきた。分かりにくいのか分かりやすいのかよく分からない子だ……。




