第五十八話『ディストピアの阻止』
「よし、4号機データロケット、射出プロトコル起動!」
オレの合図とともに、リンコがギルのPCのエンターキーをパチコーンと叩いた。
作業机の上の不格好なマスクの隙間から、純白のエーテル光がギュンギュンと圧縮され、目に見えない『意識の疑似パケット』が、1万2000年先の令和に向かってブッ放される!
ギルのPC画面の線グラフが、アトランティスの座標から、右(未来)に向かって猛烈な勢いでギュゥゥゥーンと伸びていく!
「いけっ、いけぇぇぇぇ! 令和まで届けぇぇぇ!」
オレは子どもの頃に飛ばしたペットボトルロケットを彷彿とさせる叫び声──つまり、アホ丸出しでPC画面の線グラフを応援する。
「レンさん、グラフが、グラフがペタペタ伸びてますぅぅぅ!」
「ちょっと、出力バッファがまた熱を持ってきたわよ! ギル、レギュレーター抑えて!」
「分かってる、だがこの圧りょ──」
ピピッ。グラフが【150年後】の座標にタッチした瞬間、画面が真っ赤な警告色に染まり、4号機のアルミ缶アンテナからプシューーーと情けない煙が上がってグラフの線がポッキリ折れた。
チーン。というお葬式の音が秘密基地で鳴った気がした。
「──150年で通信途絶ね。令和どころか、ただのちょっとした近未来でパケットロスよ」
リンコがギルのPCの画面を見つめ、はぁ、と深いため息をつく。
「でも、爆発はしなかったわ。あんたの言ったデータ圧縮、一応成功ね」
「くっそー! 150年か! 令和の1万2000年先に対して、ミリ単位しか進んでねえじゃねえか!」
「いや、待てよレン」
ギルがタバコの灰を落としながら、折れたグラフの残響データを睨んだ。
「未来への進行方向は、王宮の『洗脳周波数』の逆風をまともに喰らう。……なら、逆に『過去』に向かってデータを放ったらどうなる?」
「過去……? 巻き戻す方向か!」
「おもしろい実験ね。ギル、マシンの指向性を180度反転させて。システム、過去セクターへの射出に切り替え!」
リンコがキーボードを爆速で叩く。今や彼女も、このタイムリープ・デバッグの沼に完全にハマっていた。
「いくぞ! 過去へのデータロケット、発射!」
パチン、とスイッチを入れると、今度はグラフが左(過去)に向かってギュゥゥゥーンと爆走を始めた!
「おおっ!? 伸びる! 未来より全然伸びるぞ!」
「50年前……100年前……200年前……っ! すごいです、過去の方がスイスイ泳いでいきますぅ!」
「よし、いけ! どこまでい──」
ピピッ。【300年前】。
そこで4号機のオリハルコン・パイプが『ギィィィ』と悲鳴を上げ、グラフはピタッと止まった。
「……300年前が限界ね。これ以上過去に遡ろうとすると、エーテルエネルギーの還流にジャンクパーツが耐えきれずに自爆するわ」
リンコが画面を指差す。未来へは150年、過去へは300年。世界の歴史をハッキングするには、圧倒的に『出力』が足りない。
「上等だ……! 限界が見えれば、あとはそこをブチ破るだけだろ!! おいラジメン諸君! 5号機のビルドにかかるぞ! 1万2000年先の令和に届くまで、何機でも作ってやる!!」
「おう、大砲のバレルを二重構造にしてやるよ!」
「わたし、絶縁テープを3重にペタペタしますっ!」
「リンコ様がグラフを追うなら、このセネカ、300年の壁を500年に広げてみせましょう!」
そこからの4日間は、文字通り目まぐるしい、だけど果てしなく長い『工作の地獄』だった。
生活リズムを夜型から昼型に戻したはずなのに、気づけば全員、ガラクタの山に囲まれて日付の感覚を失っていく。
5号機は200年先でショートし、6号機は過去400年を叩き出した瞬間にハンダゴテごと消し炭になり、7号機はクリスタの絶縁テープの貼りすぎで起動すら生ぬるい音を立てて沈黙した。
飯を食うのも忘れ、ギルのPCの前に全員で頭を突き合わせ、折れ線グラフが一喜一憂の軌跡を描く。
「ねえ、レン……」
4日目の夜、リンコが珍しく名前で呼んできた。タイムリープマシンを共同作業で作ったから仲が深まったのだろう。いつもはあんたとか、ねぇ、なのに。その変化に少しうれしさを感じつつ、リンコが口を開くのを待つ。
8号機の調整をしていたリンコは、ギルのPCの明かりに照らされながら、ポツリと呟いた。
「あんた、なんでそんなに『1万2000年先』にこだわるの? 令和なんてあんたの頭の中にある妄想でしょ? 仮にそれが事実だったとしても、もうその時代のことは放っておいてここで楽しく暮らせるようにしたらいいじゃない? あんたのいうアトランティスの支配構造? を変えるためなら、今支配している十人の王が生まれる前の過去に戻るほうが効率的というか」
十人の王が生まれないように、その親をやっちまうってか? めちゃくちゃクーデターの首謀者みたいな、けっこうエグイ考えを持っていた……。こわ!
「オレはクソみたいな人生だったが、令和を故郷だと思ってんだよ。だからこのアトランティスを変えて、転生する前の日本に戻る!」
オレは日本の何が好きかを頭の中で整理し、それを口に出す。
「日本が好きだ。エーテル花火大会だって、日本のデカくて美しい花火を模したし、エーテルディスコだって日本のクラブを模した。この地下街の景色や街並みもだ。過去は変えない。今を変えて、未来を変える。運が良いことにオレは令和からアトランティスに転生してきた。だから今を変えて未来を変えるオレの流儀には反しない」
「あーーーーーまたややこしいこと言ってる」
オレは笑って誤魔化したが、リンコはそれ以上追及せず、やれやれといった表情で作業に戻る。
「……ま、いっか。あんたがそこを目指すなら、私は世界一美しいコードで、その1万2000年のグラフを繋いであげるだけだから。その……楽しいし……」
トントン、とエンターキーを叩く彼女の横顔に、胸の奥がドクンと脈打つ。
この仲間たちのために、オレは絶対に、アトランティスを沈めさせない。
そして。
血を吐くようなデバッグの果てに、ついに完成した『試作9号機』を作業机に鎮座させた時──
オレは時間を忘れて没頭していたことに気付く。
気づいたら4日目の夜は、6日目の夜になっていた。
──花火大会、明日じゃん!?!?!?!?!?!?!




