第五十七話『ペットボトルロケットからの着想』
1号機が派手に大爆発を起こした翌日の昼下がり。あれから試作に試作を重ね、4号機まで作ってしまった。
ネオ・テスラ・ラジカル秘密基地の床には、煤だらけのガラクタと、焼き切れたオリハルコンの基盤が無残に転がっていた。
「……当然の結果ね」
ギルの作業デスクのキーボードをパチパチと叩きながら、リンコが首を横に振った。ギルとリンコが交代しながら、試作品の運行をチェックする。リンコの天才ハッカーとしての能力。ギルもモノづくりの天才としての能力を遺憾なく発揮する。
生活リズムを整えたおかげか、彼女の肌には少し血色が戻っている。だけど、オレを見るその瞳には、ハッカーとしての冷徹な呆れが戻っていた。
「あんた、人間の脳のデータ容量がどれだけあるか分かってんの? タイムリープに成功するには、その脳のデータ容量をコピーアンドペーストしなきゃならないってのに」
「オレが住んでた令和の科学知識では、脳の神経回路の接続──つまり、シナプスを全部デジタルデータに換算したら、最低でも2500テラバイト──2.5ペタバイトもある。あくまでこれが正しいという数値ではないが、途方もない数字ってこったな」
「に、にせんごひゃくテラ……っ!?」
パーツの仕分けをしていたクリスタが、両手で頭を抱えて目を丸くした。
「それって、わたしの住んでいたムー大陸のアーカイブで見た、全住民の戸籍データを合わせたよりも、ず、ずっと重たいですぅ……っ!」
「そのテラとかペタとかはわけ分かんないけど……。そんな超巨大なデータの塊を、この下層街の細いエーテル回線と、ジャンクのオリハルコン・パイプで一瞬で過去へ送電しようとしたのよ? 容量が多すぎてパケット詰まりを起こして、回路が熱暴走して爆発するのは、三歳児でも分かる物理の限界だわ」
「リンコの言う通りだ」
ギルが焦げた作業机に腰掛け、新しいタバコに火をつけた。
「危険すぎるってレベルじゃないな。テストだからって、実際に誰かの頭にマシンを被せて2.5ペタバイトの意識を直撃させてみろ。過去に飛ぶ前に、脳ミソの全回路が過負荷でスクラップになっちまう。……おいレン、ギミックの説得力としては面白いが、ハードが追いつかねえよ」
「……フッ、そこなんだよギル。そしてリンコ」
オレは煤を拭いたばかりの顔で、不敵にニヤリと笑った。
頭のなかに浮かんでいるのは、前世で見た、水を注いだペットボトルに空気入れで圧力を限界まで詰め込み、一気に大空へとブッ放す『おもちゃのロケット』の光景だ。
「だったらさ、最初から2.5ペタバイトの意識を全部飛ばさなきゃいいんだよ」
「は? 意識を飛ばさないで、どうやってタイムリープの検証をするのよ?」
リンコが、机に肘をついて怪訝そうにオレを睨む。その、ちょっと不満げに上目遣いでオレを見てくる感じ。昨日よりも体調がよさそうで良かった!
「思考のログを、限界まで間引いて圧縮するんだ。具体的には、個人の記憶のすべてじゃなくて、回路が繋がったという『同期信号』だけの、わずか数キロバイトの疑似ログを作る。それを、タイムリープマシンのエーテルエネルギーに乗せて、過去のタイムラインに向かって『ロケット』みたいに一気にブッ放すんだよ!」
「疑似ログの……ロケット?」
「そう! 被験者の脳は使わない! マシンの脳波エミュレーターから、過去の座標に向かってデータパケットを射出する。で、そのデータがどれくらい昔の時代までパケットロスせずに遡れたかを、ギルのパソコンの画面に『線グラフ』でリアルタイムに測定するんだ!」
オレは作業机の上に転がっていた白紙の裏に、左に向かってギュゥゥゥーンと伸びていく折れ線グラフの絵をドバババッと書き殴った。
「これなら誰も死なないし、回路も焼き切れない! この『データロケット』の飛距離を測りながら、二号機、三号機ってマシンの出力をデバッグしていけばいい。これぞ令和のニッポンが誇る、安全で確実な『ペットボトルロケット方式』の実験だ!!」
オレの無茶苦茶な熱弁に、秘密基地の空気が一瞬だけ静まり返った。
「……データを、過去に向かって射出して、その到達距離をグラフで可視化する……」
リンコが、オレの書いた雑なグラフの絵をじっと見つめ、それをギルのPC画面に猛烈な速度でコードを打ち込み始めた。
「ちょっと、あんた……。本当に頭の中どうなってんのよ。……でも、理論的には、それならいけるわ。数キロバイトのパケットなら、一号機の失敗で破裂したオリハルコンの還流回路でも、熱暴走を起こさずに秒速で射出できる。過去のセクターにログが接触した瞬間の『反響』を捉えれば、何年前に到達したかも正確にグラフ化できるわ……!」
キーボードを叩くリンコの瞳に、ハッカーとしての純粋な知的好奇心の光が灯る。
オレのオカルト理論には呆れつつも、そのギミックを成立させるためのハッキングロジックを編み出す楽しさに、彼女自身も完全に巻き込まれ始めていた。
「おもしろいじゃねえか」
ギルがタバコの煙を天井に吹き出し、ニカッと牙を見せて笑った。
「人間を飛ばさずに、まずはデータの飛距離測定か。要は、過去の壁にどこまで深い穴を開けられるかっていう、大砲の試射だな。よしレン、4号機のハードウェアは、その『データパケットの射出力』に全振りしてビルドしてやる!」
「わ、わたしもデータパケットをペタペタするの、お手伝いします……っ!」
クリスタが、今度は指に絡まないように慎重に絶縁テープを構えて胸を張る。
「フン、ゴミ虫のロケット遊びに付き合うのは癪ですが、リンコ様がグラフを見るというなら、このセネカ、回線の安定度を全力で見守ります! リンコ様ァァァ――」
セネカも、シーツの裾を翻しながらやる気満々でパーツの山にダイブした。
──こうして。
オレ一人が企てる『大陸沈没を食い止めるための孤独の戦い』は、仲間たちの知恵と技術によって、驚くほどリアルで、目に見える『数字』の戦いへと姿を変えた。
目指すは、1万2000年後の遥か彼方にある、オレの生まれた『令和の現代』。
アジトの薄暗いライトの下で、オレたちは壊れたラジカセとコーラのアルミ缶をかき集め、未来の奴隷解放のための『試作4号機』のビルドに、再び取り憑かれたように手を動かし始めたのだった。




