第五十四話『タイムリープマシン』
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エーテルディスコから帰ってきて、NTR秘密基地で泥のように眠ったオレとギルは人工太陽の沈みかけた頃に目覚める。後からクリスタ、リンコ、セネカもラジカル基地へと集まった。
生活リズムが狂うのは松果体に悪いらしい。松果体は太陽の光で活性化するらしいから。
まあ、人工太陽の時点であまり良くないかもだが。
オレは全員が集まるや否や、次の作戦会議を始める。
「「タイムリープマシン???」」
オレがネオ・テスラ・ラジカル秘密基地の仲間たち、通称ラジメンに突きつけた次の任務はオレがこの世界の陰謀を、正確に観測するための『出発点』だった。
それが──タイムリープマシン。
それに対して、驚きの声を上げたのはリンコとギル二人。今朝クリスタは気絶していたが、すっかり良くなって、ソファーでセネカの読んでる漫画を後ろから覗き見てる。『わー、この漫画──女の子だけしか出てこない友情ものなんですね』と、オレたち男二人から目を逸らし現実逃避していた……。
「オレが令和の世界からやってきたことはギルにも詳しく伝えたはずだ」
「ああ。だが、それとそのアホみたいな計画とどう関係する?」
「一週間後の花火大会、待ってるだけじゃつまらないと思って」
「答えになっとらん」
ギルはタバコの煙を吐き出しながら、またオレの計画にたいして理解不能のエラーコードを弾き出している。
「タイムリープ? タイムマシンとどう違うのよ?」
小首を傾げながらリンコがオレに対して尋ねる。
オレが口を開こうとした瞬間、ギルが吐き出した煙と共に説明をする。
「タイムマシンはタイムスリップだ。肉体ごと、この時代から別の時代に行く。タイムリープマシンは、意識だけを別の時代へと飛ばす。肉体は飛ばない。まあ、多くのSF作品によって解釈は異なるがな」
「そ──」
「だが、まだそんな時間跳躍できるほどのフリーエネルギーはないぞ。王宮の科学ですら出来るかどうか怪しいレベルの話だ」
リンコはバカがまたバカなこと言ってるという目でオレのことを見てくる。最近リンコには見直され始めてると思っていたが、さすがに現実離れしすぎた内容に対しては『この反応』だ。
「出来るかどうかじゃない! やるかやらないかだ!」
「相変わらずお前は熱い男だな……」
皮肉とも誉め言葉とも取れるような物言いでギルはオレにたいして煙を吐きかける。あっち向いて吐けよ。オラ。
「オレは死んでこっちに、あの時の年齢のまま、アトランティスに転生してきた。そして、オレの住んでる世界がアトランティスから続く支配と奴隷の歴史であることも学んだ。だからいずれ……転生する前にタイムリープして、観測するんだ」
「「何を?」」
二人が声をそろえてオレに聞いてくる。聞きたいか? 聞きたいのか? だったら教えてやろう。
「オレがこのアトランティスの支配構造を変えて、これから先長く続く支配と奴隷と戦争の歴史を書き換える──。ユートピアだよ」
「「はぁ……」」
と、二人は頭を抱える。
あれれぇ? なんかオレおかしいこと言ったかな?
「お前の前世のスラングでそういうの中二病っていうんだろ?」
くっ……余計なことを教え過ぎたことを後悔する。スネ夫め。
「うっせ」
「中二病ってなによ?」
「この世界でいう……そうだな……。中等部二回生、だいたい14歳から発症するこころの病気で、夢と現実の区別がつかなくなって、痛い発言をしてしまい、黒歴史を残してしまうってことだ──。実際の病名ではないが、病気だよねってノリだ」
「ああ。なるほど」
おい。
リンコはしばらく顎に指をあてて考えた末、
「けど、それってアトランティスでは打ち首レベルでしょ。夢と現実の区別ついてないって」
と、恐ろしい事実を言ってきた。
「ああ、そうだな。ベリアル聖教の異端審問にかけられるレベルの病気だ。……レンの住んでた令和? っていう時代は、多様性が認められる良い時代だったんじゃないのか?」
「それがまあ、そうではないんだよ。手を変え、品を変え、奴らの支配は続いているのさっ」
リンコは徐々に訝しげな表情に染まっていく。眉間にしわを寄せながら、オレの顔をじぃっと見つめた。
「そもそも、あんたが令和って時代の……日本だっけ? そこから来たっていうのもウソっぽいというか。作り話っていうか……」
「ああ、言えてるな。確かにコイツにはなぜか豊富な知識はあるが、中二病すぎてついていけん」
中二病って言葉すらもオレが作ったと思われてる……。あるもん! 令和と日本はあるもん!
オレがラジカル基地の隅でいじけていると、漫画から目を離したクリスタが遠くからオレの顔を恐る恐る覗き込んだ。
「けど、レンさんって……本当に遠くの世界から来たような不思議なオーラを感じます……っ」
そのあと、はわわわわ……と頬を真っ赤に染め、オレへのフォローが終わった。早い……。
「クリスタが良い子で良かったな、隊長さんよ。そんで? そのタイムリープマシンの作り方を教えてくれよ」
モノづくりの天才であるギルがオレに作り方を教えろという無理難題を突き付けてきた。一緒に作ろうぜ! ってことでしょ? なんでお前はそんな時間跳躍に興味ないんだよ!!
「この前、エーテルディスコへ向かった時──機甲兵器につかまらないように装着した、このデジタルマスク! これがタイムリープマシンの素材だ!」
オレはNTR基地の部屋にある半開きになったクローゼットから、だらしなく置かれたデジタルマスクに指をさす。
「はあ?」
リンコが今日一番の、絵に描いたような生暖かい声を漏らした。
隣のギルにいたっては、タバコを咥えたまま完全にフリーズしている。灰が床に落ちそうだぞ……。
「ちょっと、あんた……。本当に脳ミソのパケットがバグってんじゃないの? あれは王宮の機甲兵器の追跡センサーを欺くために、こっちのバイタルデータをダミーの波形に書き換えるだけのマスクなんじゃないの? ただの偽装用デバイスが、なんで時間跳躍マシンになるわけ?」
「違うんだな、これが! リンコ、お前はハッカーとして優秀すぎるから、逆に既存のシステムの枠に囚われちまってんだよ」
オレはクローゼットからデジタルマスクを引っ掴むと、秘密基地の中央にある、ジャンクパーツまみれの作業机にドカンと叩きつけた。
「いいか? このマスクの基本原理は『装着者の脳波やバイタルをハッキングして、別のデータに偽装する』だ。ってことはだ、このマスクは人間の『意識』をダイレクトに読み書きできる超高精度なインターフェースってことだろ?」
「それは、まあ……そうなのかもしれないけど」
「じゃあ、もしこのマスクの出力ブーストを120億%まで跳ね上げて、装着者の脳波を『過去の自分のタイムライン』と完全に同期させたらどうなる?」
オレの言葉に、それまで黙ってタバコを弄んでいたギルが、ふっと目を細めた。
「……なるほどな。肉体を時間軸の向こうへ物理転送させるには、空間を歪めるほどの質量と、それこそ王宮の量子サーバーを丸ごと焼き切るような天文学的なエネルギーが必要だ。だが、脳波……つまり『個人のデータ』だけを指定した過去の座標へハッキングしてペーストするだけなら、理論上のデータ容量は一気に軽くなる」
「そう! さすがギル! 話がわかるじゃねえか!」
「だが、それでも足りんぞ」
ギルは作業机のライトを引き寄せ、デジタルマスクの裏蓋を爪先でパカリと開けた。基盤に埋め込まれた小さな蓄電機が、頼りなく青白く光る。
「個人の意識を時間軸の檻から引き剥がし、過去のセクターへ送り出すには、強力な『推進力』と、何よりそのデータを一瞬で送り届けるための『超高速の送電回線』が必要だ。このチープなクリスタルの出力じゃ、せいぜい3秒前の自分に『チィーッス』って挨拶するのが関の山だぞ」
「エネルギーなら、ここにはない。……けど、すべての支配体制が終わる『その瞬間』には、世界中に文字通り規格外のエネルギーが満ち溢れるはず。オレはその瞬間のエネルギーを、この『高規格オリハルコン・パイプ』で強引にハッキングして、このマスクに一気にブーストする設計にする」
オレは机の上に転がっていた、かつて王宮の廃棄セクターから拾ってきたバカでかいオリハルコン・パイプを叩いた。
──オレの頭の中には、前世の都市伝説まとめサイトで見た『歴史の確定事項』があった。
アトランティスは、いずれムー大陸との古代核戦争によって、大陸ごと海に沈む。
もし、このアトランティスが世界の終わりを迎える時が来たら……。
その大陸崩壊の凄まじい地殻変動のエネルギー、世界のシステムが完全にブラックアウトする瞬間の激震をこのパイプでまるごとハッキングすれば、タイムリープマシンを起動させるだけの天文学的な電力を確保できる。
だけど──
そんな『この世界がいずれ沈む』なんて不穏な未来のディストピア話を、今ここで、楽しそうにオレの無茶な作戦に付き合ってくれているラジメンの仲間たちに、言えるわけがなかった。
ここにいる地上の奴隷たち、下層街の住人、そして王宮のクソども、その全員が歴史の藻屑になってしまうなんて、そんな絶望。オレがこのマシンで過去のアトランティスから令和へタイムリープして、レプティリアンの支配の歴史を根底から書き換えて、全員が自由に生きられるユートピアを創ることでしか、救えない。
──そう思っていた。
──こいつらと出会うまでは。
大陸が沈む直前のエネルギーをタイムリープマシンの動力に変換して、沈むのを食い止める。それがみんなに話さず、オレ一人が企てる孤独の戦い。だから詳しいことをみんなに話すよりも、全部オレが裏で引き受ければいい。
「……フン。よく分からんが、お前がその『終わりの瞬間』とやらに帳尻を合わせるプロトコルを組むって言うなら、俺はデバイスのハードウェアの方を仕上げてやるよ。今までお前の言ってきた中二病の妄言はわりと当たってきたからな」
ギルはニヤリと不敵に笑うと、作業机のライトを引き寄せ、器用にハンダゴテを握った。
「ふっふっふ……そこは令和のニッポンの伝統技術、『図画工作』の出番だ! おいラジメン諸君! そこらへんにあるジャンクパーツを全部集めろ! 今からオレたちが、王宮の度肝を抜く最高の中二病マシンをビルドしてやる!」
「よ、よく分からないですが、楽しそうです……っ! わ、わたしもお手伝いします……っ!」
遠くで現実逃避していたクリスタが、拳をきゅっと握ってトテトテと駆け寄ってきた。その後ろでセネカも『リンコ様とレンの二人きりの作業は阻止せねば……!』と、怪しい鼻息を漏らしながらパーツの山に突っ込んでいく。
そこからは、ネオ・テスラ・ラジカル秘密基地を挙げた、大真面目な『魔改造・図画工作』が始まった。
「よし、まずはアンテナだ! 過去の自分のタイムラインの電波を捕捉するには……ギル、その壊れたラジカセのスピーカーから銅線をひん剥いてくれ! あと、そこのアトランティス・コーラのアルミ缶をハサミで切って、パラボラアンテナみたいにしてマスクの左右に取り付ける!」
「おいレン、これじゃあタイムリープマシンっていうか、令和のSF映画に出てくる、安っぽい宇宙人に洗脳された電波マニアのヘッドギアだぞ。十人王のムネセウスが見たら、キメラの素材にする価値もないって爆笑するぞ……」
ギルが器用にハンダを溶かし、アルミ缶を切り貼りしながら苦笑する。
「いいんだよ、見た目は中二病っぽいくらいがちょうどいいんだ! リンコ、お前はその横でデジタルマスクのOSを書き換えろ! バイタル偽装のプロトコルはそのままにして、脳波の『タイムリープ・シーケンス』のコードを走らせるんだ!」
「……はあ。本当にやる気?」
リンコは深い深いため息をつきながら、ジャンクPCの画面に視線を戻した。
「言っとくけど、わたしはあんたのそのオカルトみたいな理論、1ミリも信じてないからね。ただ、もしデバイスのバイタルデータが過負荷を起こしたら、書き換えたダミー波形がクラッシュして王宮のセンサーに一発でバレるわ。……仕方ないから、データバッファの整合性だけは取ってあげる」
口では冷たく突き放しつつも、彼女の指先はすでに驚異的な速度でキーボードを叩き始めている。まだタイムリープなんて信じちゃいないが、オレが王宮に見つかって死ぬのだけは阻止する──そんな彼女なりのしおらしい不器用さが、コードの文字列に現れていた。今朝までの大嫌いモードじゃなくてよかった……っ!
「クリスタ、お前はそこにある絶縁テープを早く切ってくれ!」
「は、はいっ! レンさん、ペタペタします、ペタペタ……っ。あぅ、自分の指に絡まりましたぁ……っ!」
「ああっもう、何やってんだクリスタ! セネカ、そこにある液体エーテルの試験管をひっくり返さないように持ってろ!」
「リンコ様との共同作業なら仕方ない……」
ゴミ虫に命令されるのは癪だけど……っていう顔で、渋々オレの命令に従う。
ガッチャン、バリバリ、ジジジジ……。
秘密基地の中は、火花とハンダの煙、そしてクリスタの悲鳴とセネカの鼻息で、さながら放課後の科学部の部室のような大騒ぎになっていた。
オレが令和の知識(主にアニメや漫画のうろ覚えな知識)で『ここにこう、ビビッとくる回路をだな!』とアホな指示を出すたびに、モノづくりの天才であるギルが『いや、それならこの抵抗器を挟まないと一瞬で破裂する』とガチの物理法則で修正し、リンコがそれを『美しくないコードだけど、機能はするわね』とクリスタの言う『魔法クリスタル』のスタンドアローン科学の応用理論にハッキングシステムとして組み込んでいく。
いつか来るはずの世界の終わりの重苦しさは今はもうない、オレはただ、目の前でバカみたいに手を動かして笑っている仲間たちの姿を目に焼き付けるように、ガラクタの山と格闘し続けた。
そして13時間以上もかけて、朝方の薄暗い光がアジトの窓から差し込む頃──。
作業机の中央には、とんでもない見た目の『ナニカ』が鎮座していた。
元のスタイリッシュだったデジタルマスクの面影はどこへやら、左右にはコーラのアルミ缶で作られた不格好なパラボラ羽が広がり、頭頂部からはラジカセから引っこ抜いた太い銅線が何本も束ねられ、背後に置かれた巨大なオリハルコン・パイプへと禍々しく直結されている。
だが、リンコがキーボードを叩いて最後のエンターキーを静かに押し込むと、その不格好なマスクの隙間から、ドクン……ドクン……と、まるで生き物のような、深みのある、見たこともない『純白のエーテル光』が脈打ち始めた。
それは、王宮の冷徹な洗脳周波数とも、地下街の安っぽい光とも違う、どこか懐かしい、宇宙の真理と共鳴するような優しい光だった。
「……できた、のか?」
ギルがタバコを灰皿に揉み消し、その異形のマシンをじっと見つめる。
「ああ。これこそが、王宮のシステムを根底から寝取る、オレたちの最高傑作──『ネオ・テスラ・タイムリープマスク・試作一号機』だ」
オレは汗を拭い、不格好だが確かにエネルギーを蓄え始めたそのマスクを見つめ、不敵に笑った。
リンコも、疲れ果てて机に突っ伏しながらも、その光から目を離せずにいる。
このガラクタから生まれた歪な知性の結晶が、いずれ訪れるアトランティス崩壊の超強大なエネルギーを喰らって、世界の歴史をハッキングする唯一無二の『牙』になる。
オレたちの、未来への反逆の仕込みは、今ここに完了した。




