第五十一話『つよがり』
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心臓がバクバクと鳴り止まない。昨日のエーテルディスコといい、本当にコイツはなんなの? そんな思いが心の中を支配していく。手首掴むのホントやめてほしい! 本当は手とか握って欲しかったり……。いや、違う! 断じて違う!
……まあ、乱暴にされるのも嫌いじゃないけど……。
いや、違う! これは違くて! そんな考えを潰しても潰してもシラミのように沸いて出てくる。今優先すべきことは、絶対にレンにわたしの考えがバレてはいけないことだった。
ジャンク品の棚の前でぶっ倒れてるレンは『よっこらしょ』と起き上がり、服の埃をパンパンと手で払いのける。
「……嫌がるだろうけど。キャッシュを完全削除するためには定期的に今日みたいなメンテナンスを……」
「絶対イヤ!!!!!」
レンの提案にわたしは秒で拒絶する。
こいつに頭の中を覗かれるとか、死んでもイヤなのに……。本当にそれを拒んでしまうと物理的に、文字通りの『死』が待っている。わたしが王宮の特殊部隊を特待生で合格して本当に良かったと今になって心底思う。ハッキングの技術はあのメストルが認めるほどの天才。頭が焼けるように痛かったので、キャッシュはもちろんあるんだろうけど、思考までは洗脳されておらず、こいつに思考がバレる直前にダミーログを仕込んでおいた。
これであいつは、わたしがメストルに洗脳されてると誤解して、わたしのこころの奥底を見るようなことはないだろう。だけど、これが一体いつまで持つのやら……。
ギルがクリスタのことを支えているが、当のクリスタは男性恐怖症なので、逆効果だったらしく完全にぶっ倒れていた……。
「ちょっとギル、あんたどいて。クリスタを安全な場所に……。セネカが座る隣に置くから」
「俺はなにも……」
「存在するだけでクリスタには毒なのよ!」
珍しくギルがアホそうな顔で素っ頓狂だった……。我ながら酷いことを言っているが、事実なので仕方がない。
閑話休題。
「それより、ギルがその大事そうに抱えてる紙なんなの?」
「ああ、これか? これは……」
「エーテル花火大会!」
わたしとギルの間に、ぴょんっとウサギみたいに跳ねてきたレン。だから近いってば。
「ああ。今年はめちゃくちゃデカいらしいぞ。地下街のやつら、レンから王宮のエネルギーのハッキングの仕方を学んでな。本当はフリーエネルギーでやりたかったんだが、地下街のやつらの思いを汲んでな」
へへっとレンが鼻を高くする。なんか、コイツ自然に笑ったとき可愛いっていうか……、ううん。キモい。はい! 上書き!
「で、お前ら二人どうよ」
「「はぁ!?」」
「やっぱ仲良いな……。共鳴してやがる。フリーエネルギーだな」
何がフリーエネルギーよ。てか、なんで二人? まさか、コイツにバレてる……!?
「ふ、ふん。みんなと行くなら行ってみたいけど……」
「リンコ様。そんなゴミ虫放っておいて、わたしと一緒にデートとかどうでしょう?」
あ、それいい。かなりいい。採用!
「セネカ。お前はあれだ。昨日のフリーエネルギーがあったから存在確立を維持できてるが、今回はフリーエネルギーじゃない。行きたい気持ちは分かるが、もし何かあったときのためにお留守番だ」
「えーーーー」
セネカは今世紀最大の『絶望』みたいな声で、わたしたち女子三人が座るソファーの上で苦悶の表情だ。
「その……。セネカも連れていってあげたらいいじゃない? 心配なのは分かるけどなんか具体的な理由があるわけ? せっかくの花火大会なのに……」
「昨日のフリーエネルギーの要塞は、徐々に薄れてきている。テスラアンテナは送信したが、持続時間はそう長くない。もし、セネカが密接的に関わってない他の人たちから半透明に見えてしまった場合、全体の視認率が低いってことを王宮のサーバーに直接知らせるようなもんだ」
『だったらさ。もう一回フリーエネルギー飛ばせばいいだけじゃん』
と、ギルの発言にたいしてレンが突っ込む。
「ああ。それも考えた。だけどな。俺のタトゥーのテスラコード。エーテルディスコという課題をクリアしたにも関わらず、次のコードが浮かび上がらねえんだよ……」
「うーん……」
「以前は湯沸かしポッド。とてもじゃないが、セネカの存在確率を決定づけるほどのエネルギーじゃない」
「うーん……」
わたしはソファーのクッションに顎を乗せたまま、唸るように小さく声を漏らした。
ギルは左腕の袖を不機嫌そうにまくり上げる。
そこに刻まれている複雑な黒い幾何学模様──『テスラコード』のタトゥーは、確かに不気味なほど静まり返っていた。エーテルディスコのあの凄まじい熱狂を直接吸い上げたはずなのに、今のそれは淡いブルーに発光する気配すらなく、ただの刺青にしか見えない。
湯沸かしポッドってなによ……。そんな生活家電レベルの出力で起動するくせに、なんであんな大規模なディスコのエネルギーで次のコードが出ないの?
コイツらの言っているシステムの基準が本当に意味不明で呆れる反面、天才ハッカーとしてのわたしの直感が、背筋に冷たい汗を滑らせていた。
テスラコードは、ギルたちの生み出すフリーエネルギーの周波数と、周囲のネットワークが完全に『共鳴』した時にだけロックが解除されるシステムだとしたら……。
……待って。まさか、さっきわたしがレンに本音のログを覗かれないために、死に物狂いでタイピングした、あの膨大な『レン大嫌い・王宮万歳ダミーログ』の暗号化ノイズが、アジトのローカル周波数に干渉して……ギルのタトゥーの同期をブロックしちゃってるとか、じゃないわよね!?
もしそれが原因だとしたら、セネカの存在確率が薄れていくのは、王宮の周波数もあるけど、わたしの、このくだらない恥じらいのせいということになってしまう。
一瞬、脳裏に『じゃあ、あのダミーログの生成を止めれば……』という思考が過ったが、秒速で首を横に振った。
絶対にダメ。そんなことをしたら、レンに対する『昨日ちょっと格好いいと思っちゃったログ』とかが全部開示されて、今度こそ恥ずかしさでリアルにわたしの脳ミソが焼き切れる。
だけど──。
わたしのくだらない恥じらいのせいで、セネカが消えちゃうなんて絶対にイヤ。
自分の命とセネカの命がかかっていて、レンに対する捨てきれないプライドってなに? 本当、わたしって最低だ……。
【──まったく。リンコ様は素直じゃないですね】
すると突然だった。
かつてライラを失い、中庭でセネカがかけてくれた言葉が勝手に脳内をリフレインする。わたしはあの時、セネカに対してこう言ったんだった。
【──うっさい】
わたしは涙を隠してセネカを拒絶した。嫌いだからじゃない。怖かったんだ。人に理解されなかったらどうしようという不安。だったら初めから一人になればいいとわたしは選択した。だけど──
【──そうやっていつも一人で泣いているんですか?】
【──リンコ様をそっとしておくっていう方法もありました。だけど、このままリンコ様を放って置くとリンコ様ずっと一人になる気がして】
【──素直に行動しました。】
あの日、孤児院の中庭で見せてくれたセネカの表情がフラッシュバックする。それと同時に、ライラの言葉も──
【──素直に言った方がラクになるんだけどなあ。わたしは絶対にリンコちゃんのことを嫌ったりしないよ?】
あの時から何も変わってない。わたしは同じことをレンにしてしまっている。こんなんじゃダメだ! こんな自分を変えなくちゃ……っ。
わたしはアイツに言ったほうがいい。好きだってこと……。
セネカが行きたがっている花火大会を、わたしの変な意地のせいで台無しにしてしまった。今すぐには変えられないかもしれない。あいつに……花火大会で言うんだ。わたしはその決意と共に、固く固く拳を握りしめる。
「ま、出ねえもんはブツブツ言っても始まらねえな!」
レンがいつもの調子でわざと明るい声を出し、わたしの目の前でポンと手を叩いた。
「コードが浮かび上がらねえなら、今あるオレのハッキング技術だけで、地下街のヤツらの花火大会を120億%盛り上げてやるだけだ。王宮のエネルギーを奪うってんなら、オレたち『NTR』の本領発揮だからな。な、ギル?」
「……お前がそういう泥縄な作戦に出る時は、大抵ろくなことにならないんだがな」
ギルは呆れたようにため息をつき、まくっていた袖をバサリと元に戻した。
隣でソファーに座るセネカが『リンコ様ァ……来年は二人きりで行きましょうね!』とキラキラした目で言い、その隣では、ギルに触られたショックで完全に目を回したクリスタがまだピクピクと痙攣している。
テスラコードが沈黙した理由。そして、これから向かうエーテル花火大会。
嫌な予感しかしないけれど、わたしは胸元のクッションをもう一度強く抱きしめながら、目の前でへへと笑っているレンをぽぅっと眺めることしかできなかった。




