第五十話『メストルの執念』
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ネオ・テスラ・ラジカル秘密基地──
略して『NTR』。意味は、王宮のエネルギーを寝取る。
いや──王宮とかそんな規模の小さい話ではない。この世界の支配体制を寝取り、誰もが平和で安心して暮らせる地球にするという壮大なオレの中二病的、野望。そんな計画を脳の中で企てながらオレはラジカル秘密基地のメンバー(通称:ラジメン)に加入したクリスタを歓迎するべく、みんなに自己紹介を促す。
「クリスタ……。わたしリンコ……。趣味はお酒飲むこと。よろしくね」
「はい!」
ふたりが熱い握手を交わす。というか、この前お酒飲んだばかりなのに、もう飲むことが趣味になっていた……。オッサンレベルたけえ……。
「ギルだ。ここでは技術職、モノづくりをやっている。このバカな隊長が暴走しないよう言い聞かせてくれ」
「はい!」
クリスタは男性恐怖症のためか、離れた位置から自己紹介する。握手……いつかは出来るといいな……。
「セネカ! 可愛い女の子大好き! ま、リンコ様には適わないけど、あんたもそこそこ可愛いじゃん! ヨロシク」
「はい!」
セネカがクリスタに握手しようとその手を握る瞬間だった──。
すり抜けるのか? 半透明なのか? すると、勢いよく『パァン』と乾いた音が鳴り響く。
握手出来てる……。やっぱり、昨日のフリーエネルギー音楽祭で、セネカは世界からアクティヴなユーザーとして復帰したんだ。
「で、隊長のオレだ。バール一本で世界を変える。よろしく」
「はい!」
相変わらず距離は遠いが、まあ、そのうち慣れるだろう。先は長そうだけど。
軽く自己紹介をすました後、クリスタの歓迎会(といっても、ただ自己紹介をして、そこらにある炭酸水やスナックを回しただけだが)が終わったあとも、アジトの空気はどこかふわふわと落ち着かなかった。
セネカが実体を取り戻した奇跡。クリスタという新しいラジメンの加入。
色んなことが一度に起きすぎて、オレたちの脳ミソも、この『NTR秘密基地』の空気も、まだその情報の整理が追いついていない。
「……っ」
ふと、隣から小さく息を呑むような音が聞こえた。
見ると、ソファーの端に座っていたリンコが、自分のこめかみを強い力でぎゅっと押さえている。
最初は、昨日の酒が残っているか、あるいは疲れが出ただけだと思った。昨日から王宮の特殊部隊と命がけの追いかけっこをして、そのままエーテルディスコで夜通し大騒ぎしたんだ。下層のタフなストリート育ちのオレたちならともかく、上層の温室育ちのお嬢様なら、知恵熱の一つ出してもおかしくはない。
「おい、リンコ? 大丈夫かよ。やっぱり昨日の酒が──」
「さわ、らないで……っ」
オレが肩を触ろうと手を伸ばした瞬間、リンコはそれをパシッと激しく叩き落とした。
その手のひらが、驚くほど冷たい。
「……え?」
叩かれたオレだけじゃなく、ギルもセネカも、クリスタまでもがピキリと動きを止めた。
リンコはソファーの上で身体を丸め、まるで自分の頭を内側から締め付けられているかのように、激しく髪を掻きむしり始めた。
「あ、ぐ……っ、な、にこれ……。頭が、割れそうに……熱、い……っ」
その苦しみ方は、ただの体調不良のそれじゃなかった。
脂汗がリンコの白い額からドッと溢れ出し、呼吸が急激に浅くなっていく。
「リンコ様! 大丈夫ですか!?」
「おい、しっかりしろ! リンコ!」
ただ事じゃない。オレは慌ててリンコの顔を覗き込んだ。
その瞬間、オレの背筋にゾクッと冷たい悪寒が走った。
リンコの碧眼の瞳の奥、その焦点が完全に狂っている。瞳孔がシステムエラーを起こしたカメラのレンズみたいに不自然に明滅し、細かく痙攣していたのだ。
オレはこの拒絶反応を、知っている。
あの図書館のホログラム室で、メストルがリンコの脳の『ガワ』を起動させ、偽物の記憶をインプラントしようとしていた時──。詳細はロックがかかっていて分からないが、あの時のものと同じであることは分かった。
あの時、リンコが頭を抱えて狂ったように叫んでいた、あの精神洗脳の『周波数』と、今のリンコの苦しみ方は120億%同じものだ。
「ギル! これ、あの時の洗脳の頭痛と同じだ! メストルのクソ野郎の術式が、まだリンコの脳の中に残ってやがるんだ!」
「なんだと……!? 偽の記憶の『ガワ』は、お前のバールで完全に破壊したはずじゃなかったのか!?」
ギルが驚愕して立ち上がる。
「ガワは壊した! だけど、二十年間も王宮の洗脳システムに浸かりっぱなしだったんだ……! パソコンのデータを消したって、システムルートの奥深くにタチの悪いキャッシュファイルが残っちまうように、リンコの脳ミソの中にメストルの洗脳のゴミがまだ居座り続けてる可能性が高い!」
それが、今になって熱暴走を起こしている。そう考えるのが妥当だろう。
もしこれを、放っておけば、脳内がバグで完全に焼き切れる。そうなれば、リンコの命が危険だ。
「リンコ様! 二人ともとっととなんとかしろ! リンコ様に何かあったら絶対許さないからな!」
シャーっと威嚇してくるセネカ。
分かってる! 事態は急を要する。
「くそっ、脳内サーバーへのダイレクトハック、キャッシュ削除をやるしかねえ! ギル、光ファイバーのパッチケーブルをよこせ!」
「おいレン、直接脳を弄る気か!? 危険すぎるぞ!」
「これしかねえんだよ! リンコ、暴れるな!!」
オレはソファーに倒れ込むリンコの身体を、力づくで上から組み伏せた。
「嫌……っ! 離して……っ! あんたに、わたしの、中を……覗かれるなんて、死んでも……っ! イヤっ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ! 大人しくしてろっ!!」
涙目で激しく抵抗するリンコの細い両手首をガッチリと片手で掴み固定する。
もう片方の手でバールを構え、ギルから投げ渡された極細の光ファイバーケーブルをバールの柄の端子へと叩き込んだ。
ターゲットはリンコの首筋、王宮の特殊部隊用に改造されている有線アクセスポート。
「すぐに終わらせてやる……!」
オレはリンコの細い首筋に向けて、バールから伸びる有線プラグを容赦なくプラグ・インした。
カチリ、と冷たい電子音が直接脳内に響く。
その瞬間、オレの視界は現実のアジトの景色から、リンコの脳内サーバーが展開するホログラムへと切り替わった。
「──よし、リンク確立。リンコの脳内ルートへ侵入する……っと、おい……、なんだこりゃ!?」
コントロールパネルを覗き込んだオレは、思わず目を見開いた。
画面を埋め尽くしていたのは、異常なまでの処理速度で自己増殖し、エラー警告を真っ赤に点滅させているテキストログのドチャクソ激しい大洪水だった。
『レンなんかキモいし大嫌い!』
『下層のゴミ虫の分際で!』
『王宮万歳! お父様万歳! 特殊部隊万歳!』
『レン調子乗りすぎ! まじでキモい! 存在がハレンチ!』
『王宮万歳! 王宮万歳! 王宮万歳!』
スクロールが追いつかないほどの速度で、オレに対する罵詈雑言と『王宮万歳』のログが、画面の端から端まで埋め尽くしていく。
「あー……」
オレは頭をガリガリと掻きながら、呆れたような声を出す。
「やっぱり、まだメストルの洗脳残響ログがめちゃくちゃ根深く残ってやがる。王宮万歳とか、レン大嫌いとか、システムが勝手にダミーログを吐き出してプロテクトを作ってやがる。自動の拒絶反応がハンパねえ……」
パソコンに侵入しようとするハッカーを自動で撃退する、王宮製の強力なセキュリティプログラム。それが、今目の前で暴走している『レン大嫌いログ』の正体──オレはそう確信し、真面目な顔で感心していた。
実際、リンコはオレに組み伏せられたまま、顔面をりんごみたいに真っ赤にして、全力で視線を逸らしている。まあ、ダミーログも、リンコの本心も似たようなモンだと思うけど(泣)
オレは王宮の洗脳のしつこさに、ニセの娘を使って『オレを罵倒してくる』メストルの性癖にただただドン引きだった。
「まぁいいや。タチが悪い自動ログだけど、このへんのゴミキャッシュ、まとめて一括消去で」
オレはバールを操作し、画面をパパッとフリックして、その『王宮万歳ログ』ごと、脳に負荷をかけているメストルの洗脳キャッシュを綺麗に消去していった。
その瞬間、リンコの脳内の熱暴走がすぅっと引き、システムエラーの点滅が収まっていく。
「ぷはっ……、ぁ……」
ケーブルを引き抜くと同時に、リンコの身体から力を抜く。
自由になったリンコは、呼吸を荒くしながら、乱れた衣服を慌てて整えてソファーのクッションを胸にぎゅっと抱きしめた。
「……何も見てないよね?」
「はぁ? 見たけど?」
「何を!?」
「王宮万歳とかオレのことが嫌いとか」
「あー、そうね! 王宮はともかく後者はそうよ!」
本当に心底イヤそうに顔を真っ赤にしながら言っている。ショックすぎる。
やっぱり、ダミーログと本人の思いが一致していた……。もうこれ、リンコの命がかかってなかったら、ダミーじゃないのでは?
「か、勘違いしないで! セネカのことを救ってくれたことやガワの洗脳を解いてくれたことには感謝してる! だけど、超・荒い鼻息で、女の子の手首を掴んで興奮してるあんたとか見てられないほどマジでキモかったから!」
「…………」
──マジか。オレそんなだったか……。命救おうとしてたけど、深層心理ではそんなキモいことを考えてたかもしれない。マジで死にてえ……。
すると背後から、特等席のソファーと愛する女性を奪われた、ネコ科最強の鋭い眼光のようなものが突き刺さった。
……ようなではない。そのものだった──。
「リンコ様になに色目使ってんだよ! このドスケベ。死ねゴミムシィィィィィ」
そのままネコの跳躍力で、背中を思いっきり蹴られ、アジトの使わなくなったジャンク品の棚に激突する。ガラガラと音を立てて崩れていくジャンク品とオレのモラル。命を救うという名目がなかったら、ただのセクシャルハラスメントだった……。
崩れたガラクタの山に埋もれながらオレが白目を剥いていると、部屋の隅で一連のドタバタ劇を目撃していたクリスタが、顔を真っ赤にしてガタガタと震えていた。
「お、男の人とあんな至近距離で……っ!」
泡を吹いて倒れかけるクリスタをギルが慌てて支え『お熱い二人だな』と呟いた。
アジトをめちゃめちゃにされても、これが見れるのなら許すという顔だ。
殴りてえ……。
当のセネカは「ふんっ!」と鼻を鳴らしてリンコの隣へと陣取るのだった。




