第四十九話『セネカの半透明問題』
このアジトの名前が、ネオ・テスラ・ラジカルに決定し、レンが胸を張って、メンバー全員に意気込んでいた。その時だった。
ふと、ソファーでだらしなく寝転んで漫画を読んでいるセネカの姿が視界に入り、わたしは奇妙な違和感に胸を突かれた。
「……あれ? セネカ、あんた……」
わたしの声につられるように、レンとギル、そしてクリスタの視線が一斉にセネカへと向く。
いつも通り。いつも通りだ。だけど、今のセネカは密接に関わっていない人間の前では半透明か完全に見えない仕組みになっている。昨日、お酒を少し飲んで、音楽に感動して、メストルがやってきて、色々なことが積み重なり、こんな簡単なことを見落としていた。クリスタはしっかりとセネカの方へと視線をくばっている。
このアジトにいる時だって、気を抜けばいつ半透明になってもおかしくない。
なのに。
「……なぁ、セネカ」
レンが、自分の右手のひらをじっと見つめながら、掠れた声で呟いた。
「お前、昨日のディスコの音楽祭のとき……フロアのど真ん中で、下層の奴らみんなとバカみたいに肩組んで飛び跳ねてただろ。オレ、この目でハッキリ見たぞ」
ハッと、息が止まった。
ギルも、タバコを咥えたまま目を見開いている。
そうだ。あのユーロビートの爆音が響き渡り、地上の30%がブラックアウトするほどの熱狂の中、セネカの輪郭は間違いなく『本物の人間』として完全に実体化していた。誰の目にもハッキリと映り、みんなと肌を触れ合わせて、確かにそこに『存在』していたのだ。
「え? あー、言われてみれば……そうだったかも? なんかあの時は、身体がすっごく重くて、みんなの体温がガチで伝わってきて、めちゃくちゃ楽しかったっていうか……」
セネカは漫画から顔を上げ、自分の手を不思議そうに握ったり開いたりしている。
「……世界の視認率を、レンの音楽のグルーヴが強制的にハックして引き上げたんだ」
ギルが正座から立ち上がり、左手で自身の腕に刻まれた複雑な黒いタトゥーの模様をきゅっと掴んだ。
その職人の瞳には、どこか悲痛で、だけど確信に満ちた光が宿っている。
「セネカが世界から消されないようにする方法も、もしかしたら俺のタトゥーに隠されてるかもしれないって前に俺が言ったろう? レン」
ギルはレンを、そしてセネカを静かに見据えた。
「王宮のフリーエネルギーは洗脳の周波数だ。だけど昨日の音楽祭は俺たちのフリーエネルギー。そして地上のある区画や、エーテルディスコではその周波数をキャンセルすることができた」
「……」
レンが拳を強く握りしめる。
クリスタは、その切なくも強烈な絆を、琥珀色の瞳を潤ませながらじっと見つめていた。
このNTR秘密基地に集まったわたしたちは、全員が世界の『バグ』だ。
だけど、あの爆音の夜空の下で繋がった瞬間だけは、わたしたちは間違いなく、本物としてここに生きている。
「なら、話は簡単だろ」
レンが、いつもの不敵な、最高に生意気な笑みを口元に称えてセネカを指差した。
「セネカが消えそうになるたびに、オレたちが何回だって世界を狂わせるフリーエネルギーの要塞をこの地下街に作りゃいい。王宮のメインサーバーがパンクして、オレたちのフリーエネルギーで世界が埋め尽くされるまで、何度でもな!」
わたしは少しだけ泣きそうになったけど、ぐっと堪えて、レンの横顔を凝視する。なんで出会ったばかりのわたしたちにそこまでしてくれるのか? そんなのはレンにとって、『仲間だから』という一言でかき消されるだろう。
コイツがどれだけ強大な敵に立ち向かおうとしているか、わたしはまだその輪郭をとらえたに過ぎない。今日だって死にかけてたのに、それに怯えるどころか、強大な敵に立ち向かっていく。本人を前にしたら言えないけど。不覚にも、その……格好いい……と思ってしまった。
この前の居酒屋のこと……コイツは覚えているんだろうか。色々あって聞きそびれたことを後悔してしまう。
だけど──。わたしの大切なセネカを救ってくれるという気概に、わたしは深い感謝の思いが溢れ出た。
「セネカを……助けて──」
あいつに頭を下げる時がくるなんて、出会った時には思いもしなかった。泣きそうになってる顔を見られたくない思いもあるけど、今はただコイツに、願いとわたしの世界を変えてくれたという尊敬の気持ちを抱いている。
「リンコ様……」
下げた頭から覗き見たソファーに寝そべるセネカは、キラキラと目を輝かせ、両手でわたしを拝んでいた。か、かわいいわね……。




