第四十八話『スタンドアローン科学』
地下街はもう黄金色の朝を迎えていた。人工太陽が昇り、レンの作った街が今日も動いている。反重力車の静かな走行音と、旧タイプの少しノイズがかった走行音がわたしの鼓膜の中で残響する。セネカは『リンコ様……』と心配そうに見つめている。
4人は朝の街を歩く。もう、昨日の機甲兵器はレンの音楽祭によってシステムエラーを起こし、王宮へ帰っていったのだろう。気を失っているレンはギルによって抱きかかえられ、4人は何も言わず、拠点であるアジトへと向かって行く。
アジトに着いたら、この少女について色々なことを聴きたい。どこから来たのか? どういう目的があるのか? とか、なぜ追われているのかなどだ。魔法みたいな能力だって、知りたい。わたしがかつて読んだ絵本でも、魔法や、おとぎ話や、夜空の星があったから。レンが無事であることにほっと安堵してしまったので、別の考えが浮かんでしまう。いや──この子がまだ味方であることなんて保障はないから、気は抜いちゃダメ!
「ついた。ここだ。ここが俺たちのアジト」
「いつから私たちも仲間に加わったのやら……。まあ、リンコ様がいるなら私は地獄の果てまでお供しますが……」
セネカは仕方ありませんといった表情で、アジトの鉄扉を開く。
「……セネカ。誰よりも早くアジトの扉に手をかけてるじゃねぇか……」
「「「「!?」」」」
ギルに抱えられたレンが目を覚ましたことに一同が驚く。だけど……、また、レンはその瞼を閉じ、深い眠りの中に落ちた。
「早急に治療を始めます」
「ああ。本当はベッドとかあったりした方が安静にできるんだが、敷布団しかないんだ。ソファーの下に敷く」
ギルはそう言って、押し入れの中から敷布団を取り出す。
ギルが敷布団の上にレンをそっと横たえると、少女──クリスタは澱みのない動きでその傍らにひざまずいた。
呼吸を整えるように、彼女が静かに両目を閉じる。
張り詰めた空気がアジトの狭い室内を満たしていく中、わたしは息を呑んで彼女の一挙手一投足を見つめていた。
アトランティスの科学は、すべてオリハルコンやクリスタルといった『外部の媒体』にエネルギーをハックさせることで成り立つ。だが、彼女は触媒となる石を何一つ持っていなかった。
キィン、と。
鼓膜の奥を揺らすような、高周波の透明な駆動音が室内に響く。
驚いたことに、輝き出したのは彼女の『額の奥』だった。
皮膚を透かして、脳の中心部にある『何か』が、まるで夜空にまたたく新星のようなエメラルドグリーンの光を放ち始めたのだ。
「──システム・レティクル、開門。母なる大地の脈動を、この者の欠損ログへ同期します」
彼女がノーモーションで両手を差し出すと、その手のひらから幾何学的な光の紋様が溢れ出した。
それは王宮の無機質な正六角形のシステム防壁とは明らかに違う。まるで生き物のようにうねり、流れるような美しい曲線を描く、『龍』を思わせる霊的なエーテルのライン──。
緑の光のグリッドが、レンのボロボロの身体を包み込んでいく。
バチバチバチッ!!! と、激しい電子火花がレンの肉体から弾けた。
レンの体内を蝕み、神経を焼き切り続けていたメストルの赤い残光──レプティリアンの凶悪な破壊エネルギーが、クリスタの紡ぐ緑の光と衝突し、拒絶反応を起こしているのだ。
「くっ……、……ぁ……!」
彼女の白い額に、一瞬で大粒の汗が浮かぶ。
それでも彼女は怯まない。琥珀色の瞳をカッと見開き、さらに脳の中にある『何か』の出力を引き上げた。
「退きなさい、王宮の偽りのノイズ……! この方の命の旋律を、これ以上汚させはしません……っ!」
彼女の強い言霊に呼応するように、エメラルドの光波が爆発的に膨れ上がった。
うねる龍のような光の奔流が、レンの体内の赤い電磁波を完全に包み込み、力任せに中和、霧散させていく。
──カチ、チチ、チ……。
レンの肌の表面で、焼き切れていたエーテル神経の回路が、緑の光の糸によって超高速で再プログラミング──修復されていくのが見えた。内臓の微細な損傷ログが次々と正常値へと書き換えられ、ドクン、と、あいつの胸の奥から力強い心音が一つ、室内に鳴り響く。
「ハァ、……ハァ、……っ」
やがて光が収まると、少女は脱力したようにその場に手をつき、激しく肩を上下させた。
レンの顔からは完全に死相が消え、まるで深い泥のような、穏やかな眠りの呼吸へと変わっている。
王宮の最新医療キットすら凌駕する、脳内の『何か』による完全なる超科学治癒。わたしとセネカ、そしてギルは、その神秘的で圧倒的な光景に、ただただ圧倒されて声を失っていた──。
すると、少女はすぅっと深呼吸し、落ち着きを取り払う前にあることを『要求』してくる。
「……クリスタルを持っていませんか」
「ああ。俺のがある」
ギルがポケットからクリスタルを取り出す。少女はクリスタルを受け取り、それを額に当て、何度も深呼吸を繰り返した。シュゥゥゥゥ……という音を立て、クリスタルに白いモヤがかかっていく。これはあれだ。わたしが以前何度も見た。クリスタルが人間のエネルギーらしきものを吸収していく光景──。
ただし、それは逆だった。
わたしがかつて見たのは人間の心臓から白いエネルギーがクリスタルに吸収され黒いモヤがかかった光景。
今起こっているのは黒いエネルギーが吸収されて白いモヤがかかった光景だ。これはいったいどういう……。
気づいたら少女はみるみるうちに、呼吸の乱れが落ち着いていき、いつの間にか激しく上下させていた肩はストンと落ち着きを取り戻していた。
「この国の地上には夜がないのですね。だけど、地下には人工的とは言っても夜があるから気持ちが安らぎますっ」
すると──
「──ん、……あ、あれ? オレ……生きてる、のか?」
敷布団の上で寝ていたレンがガバッと跳ね起きる。
レン──っ!!!
わたしはその胸に思わず飛びつきそうになったが、みんなの見てる前でそんな大胆なことはできない。それに名前であんまり呼んだことないから、照れくさい。
「れ、」
わたしが名前を呼ぼうとした瞬間、
「おい、お前。心配かけさせやがって……。死にかけてたところを、コイツが救ってくれたんだよ。礼を言っておけ」
ギルがアイコンタクトで、その少女のほうに目を向ける。
「ま、しぶとく生きてるとは思ってたし私はそんな心配なんてしてなかったけどね」
セネカはそう言い、ふふんと鼻を鳴らす。
その熱い光景を、一歩引いた部屋の隅で見つめている少女。
レンを救うという最大の使命を終え、張り詰めていた緊張が完全に解けたその瞬間──。
「……あ、あの、えっと……その……っ」
その少女は女二人であるわたしたちではなく、レンとギルに視線を配る。
二人の『むさ苦しい大男と小柄な少年』の存在が急に脳に認識されたのか、少女の顔面が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。
「は、はわわわわわわわ……っ!!! お、男の人が、こんなに近くに、ふ、二人も……っ!?」
さっきまでの冷静で凛とした態度はどこへやら、両手で顔を覆ってガタガタと震え出し、漫画みたいに涙目で部屋の隅へすっ飛んでいく少女。
「おい、どうしたんだ急に」
ギルが心配して一歩近づいた瞬間、少女の恐怖値が限界突破する。
「ひゃいぃぃぃっ!!! 乱暴はやめてくださいぃぃぃ!!! わたし、美味しくないです、パッキングしないでくださいぃぃぃ……っ!!!」
「なんだ……?」
ギルはきょとんとした顔で、その少女の目の前で、タバコを吸いだす。
タバコのイメージ悪いんだから、余計に嫌われるようなことしてんじゃないわよ……。
「はわわ……、だ、だって、アトランティスの男の人はみんな、ツルハシで殴りかかってくる獰猛な生き物だって王宮の教科書に……っ」
ドレスの裾を握りしめて頭から煙を出しそうなほどパニックになる少女──。だからわたしとセネカは急いで、男二人を部屋の隅のほうへと移動させる。
「ほら、あんたたち二人。この子怖がってるじゃない!」
「そーだ。そーだ。リンコ様の言う通り。ゴミ虫二匹はそこで大人しくしとけ~」
「「……」」
男二人は何も言えず、正座している。まるで女の花の園に迷い込んだ文字通りのゴミ虫だった……。ちょっと可哀そう……。
仕切り直して。
どれくらい経っただろうか? この少女が落ち着きを取り払ったタイミングで自己紹介が始まった。
「わたしの名前はクリスタですっ! ムー大陸からアトランティスの神官たちに拉致されてきました」
「「「!?」」」」
わたしと、レンと、ギルが互いに顔を見合わせ、信じられないといった表情で静止したその刹那──最初に口を開いたのはレンだった。
「ムー? ムーってあのムー? ムー族のムー?」
「おいバカ……それ以外に何があんだよ……」
わたしとレンとギルが驚いてる最中、セネカはソファーに寝転んで、またアジトの漫画を読んでいる。いつも通りすぎね。この子は。
「はい! あのムーです!」
そんなセネカとは対照的に、わたしたち3人は鳩が豆鉄砲をマシンガンで撃たれたように、衝撃の連続で身動きが取れない。
「俺たちは今、ムーについての手がかり。龍のOS、フリーエネルギーについて追いかけている。詳しく話を聞かせてくれないか?」
「あ、あの、それはいいんですが……」
「なんだ?」
ギルとクリスタが互いを見つめ合う。クリスタは離れた距離からでも、男性恐怖症が発動しているのか頬をりんごみたいに真っ赤に染め、頭の上から蒸気を上げているみたいに固くなって動かない。
「……その、匿ってほしいのです……っ」
「お、いいぞ」
クリスタの要求に、一つ返事を返したのはレンだった。
「おい……」
「だってさ、アトランティスの王宮のやつらに追われてんだろ? だったらオレたちの仲間じゃん。このアジトのメンバーになりゃいい。それに条件としてムーのこと聞けんなら安いもんじゃね?」
レンはそこからさらに核心を突いたことを言う。
「てか、オレを助けてくれたことでもう対価は十分払ってもらってるじゃん」
「…………っ」
ギルは右手に持っているタバコの煙を吐き出しながら、左手で頭を抱えて正座している。
「あのさ。あのさ。アトランティスに来て、ムーとここが違うなあとかある?」
レンが矢継ぎ早に話しかける。すると、クリスタはとても言いにくそうにレンの言葉をどう返そうと悩んでいた。だけど、その口から出てきた言葉はあまりにもオブラートに包まれていなかった。
「アトランティスはその……失礼ですが……けっこう原始的でびっくりしました」
「「「!?」」」」
アトランティスが原始的!? ウソでしょ!? わたしはガワの記憶を剥がされたけれど、王宮の一部の記憶(図書室以外での出来事)は少し覚えているので、その記憶を辿ってみる。量子トンネル効果(扉をすり抜ける王宮の技術)、反重力、そのほかにも人工太陽など数え上げればキリがない。
「さっきクリスタル、オリハルコンを使わずに魔法みたいなものを使ってあいつの傷を治してたでしょ?」
部屋の隅の方で正座するレンに指をさし、わたしが聞く。
「はい!」
「どうやってするの? あれ?」
「脳の中にあるクリスタルで発動します」
「脳の中に? あんたの国では脳の中にクリスタルを埋め込んでるの?」
「いえ、人間が生まれながらに持っているクリスタルですが……」
すると、レンはその話に納得したような顔でクリスタに向かって言う。
「松果体……」
「そうです……っ!!」
聞いたことがあるような、ないような──。
脳の奥底、消されたはずの記憶の澱みが、その奇妙な単語にほんの一瞬だけピクリと反応した気がした。だけど、霧がかかったみたいにそれ以上は何も思い出せない。
「しょうかたい……? なによそれ。レン、あんた知ってるの?」
わたしが眉をひそめて尋ねると、レンは正座したまま、得意げに鼻を鳴らした。
「ああ。地球──いや、オレの前世の知識、オカルトまとめサイトのログに載ってたんだよ。人間の脳ミソのド真ん中には、大昔に宇宙人が遺伝子操作で仕込んだ『松果体』っていう、本物のケイ素──クリスタルでできた超ちっさい器官があるんだ。現代の地球人じゃ完全に退化して石灰化しちまってるパーツだけどな」
「え、えっと、まとめサイトというのはよく分かりませんが……。レンさんのおっしゃる通りですっ!」
クリスタはレンに肯定されたのが嬉しかったのか、また顔をぽっと赤くしながら、だけど熱っぽく身を乗り出してきた。
「私たちムーの民は、生まれながらにその脳内のクリスタルを100%覚醒させて、大地のエーテルと直接リンクさせることができます。だから、アトランティスみたいにわざわざ大きなオリハルコンを削ったり、ピラミッドみたいな人工の増幅インフラを作ってエネルギーを右から左へ横流ししている生活様式は……その、とても遠回りで原始的に見えてしまうのです……っ」
「インフラを必要としない、完全なる生体内スタンドアローン科学……か。なるほどな、王宮の神官どもが、お前を『実験体』として血眼になって拉致しようとするわけだ」
ギルが正座のまま、深くタバコの煙を吐き出しながらボソリと呟いた。
その言葉に、クリスタは悲しそうに視線を落とし、ドレスの裾をきゅっと握りしめる。
「はい……。あの人たちは、私の脳内クリスタルに眠る『龍のOS』のネットワークを無理やりハックして、何かを企んでいます。だから……どうかお願いです。わたしを、ここに置いてください……っ」
少女の切実な願い。
王宮から記憶を消されたわたし、追われる身のクリスタ、そして世界から消去されそうなセネカ。
三者三様の状況は最悪で、いつ王宮の特殊部隊がここに突っ込んでくるかも分からない。
だけど、部屋の隅で正座しているこの二人の男の目は、すでに完全に決まっていた。
セネカだけは相変わらずソファーで『ふーん……』と漫画のページをめくっているけれど。
「よし、決まりだ!」
レンがガタッと勢いよく立ち上がり、不敵なストリートの笑みを浮かべて、部屋の中央へと歩み出てきた。
「アトランティスの王宮に喧嘩を売って、ムーの最高遺産を匿うんだ。もはやここは、ただの地下街のジャンク屋じゃねえ。今日からここは、オレたちの新しい反逆の拠点だ!」
「……おいレン。調子に乗るな。変な名前をつけるんじゃねえぞ」
ギルが嫌な予感を察知したように顔をしかめるが、レンの暴走は止まらない。
「今日からこの場所の名前は、テスラアンテナをさらにラジカルに改造して王宮の脳ミソをハッキングする基地!!! ──『NEO TESLA RADICAL秘密基地』だ!!! 略して、『NTR』!!!」
ネオ・テスラ・ラジカル秘密基地──。
なによそれ……。
「ネオ・テスラ・ラジカル研究所にしようかと思ったけど、研究所だと固いし、子ども心が損なわれて大人っぽくなる。松果体は子どもの頃には石灰化してねえんだろ? だったら秘密基地だな」
「えぬ、てぃー、あーる……? はわわ、なんだかすごく強力で、かっこいい響きですぅ……っ! 秘密基地ってワクワクしますっ」
クリスタが両手を頬に当ててピュアに感動している横で、ギルは完全に頭を抱えて深いため息をついた。
「おいレン、その略称はお前の前世で……」
レンは慌ててギルの口を押える。
なに? 気になるんだけど……。
「知るかよ! 今日からここがオレたちの『NTR秘密基地』だ! 王宮の鼻を明かしてやるぜ!」
レンがバカみたいに胸を張る。
わたしは確実に『何か裏に意図がある』ことがバレバレの名前に呆れ果てて言葉も出なかった。だけど、さっきまでのメストルの絶望が嘘のように、アジトの中にはいつもの、あの騒がしくてどこか救われるようなストリートの熱気が戻っていた──。




