第四十七話『謎の少女』
わたしが駆け寄ったとき、レンは瀕死の状態だった。セネカとわたしが何も言えず、その状況に戦慄していると、ギルが裏の管制室から戻ってくる。
「ギル! レンが……っ」
真っ先に膝から崩れ落ち、ポロポロと涙を零したのはわたしだった。こいつと出会ってそんなに月日は経っていない。だけど、こころの中を覗かれて、偽の記憶インプラントを剥がしてくれて、命を救ってくれたという重たい事実がこの現実を拒絶している。
「レン……」
ギルが呟いて倒れているレンの頭をそっと撫でる。ギルの指が頭から流血するレンの血を拭き取ったその時だった。
「その人今ならまだ間に合います。私が治療を」
「「っ……!?」」
静まり返ったディスコの廃墟に響いた、場違いなほどに澄んだ少女の声。
わたしとギル、そしてセネカが一斉に声のした方を振り返る。
瓦礫の影、人工太陽の残光が差し込む薄暗い空間に、その少女はぽつんと立っていた。
王宮の意匠が施された上質な、だけど薄汚れた白いドレス。しかしそのドレスにはベリアル聖教の金の刺繍ではなく、別の王国の刺繍が刻まれている。怯えたように肩を震わせながらも、その琥珀色の瞳だけは、血の海に沈むレンの姿をまっすぐに見つめている。
「お前……上層の人間か!? なんでこんな地下街の廃墟に……!」
ギルが瞬時に警戒の目を向ける。
だが、少女は首を振ると、怯えながらも一歩、また一歩とレンの元へ歩み寄ってきた。
「お願いします。警戒しないでください……っ。わたしはただ、追っ手から逃げてきただけです。それより、その人のエーテル神経が完全に焼き切られようとしています。レプティリアンの衝撃波を直撃したのなら、あと数分で脳のデータが壊れて、本当に死んでしまう……っ!」
少女はレンの傍らにそっと膝をつくと、震える両手をレンのボロボロの胸元へと翳した。
その瞬間、彼女の手のひらから、淡いエメラルドグリーンの光──わたしたちが使っているオリハルコンやクリスタルの科学とは違う『魔法』のようなエネルギーが溢れ出た。
「──っ、あ……」
レンの口から、微かに掠れた息が漏れた。
完全に停止しかけていたあいつの脈拍が、その光に触れた瞬間、かろうじて一定のテンポを刻み始める。激しい流血が、みるみるうちに凝固していくのが分かった。
「……治療が、できてる……!?」
わたしが目を見開く中、少女は額に大粒の汗を浮かべ、苦しそうに息を吐きながら光を収めた。
「だめ……、いまここでわたしができるのは、出力を抑えた臨時の『応急処置』だけです……っ。王宮のレーダーに検知されないように魔法を使うには、これが限界です。このままじゃ、気休めにしかなりません……っ」
少女は青ざめた顔で、わたしとギルを交互に見つめた。その瞳には、必死の懇願が宿っている。
「お願い……あなたたちの『拠点』を教えてほしいです。王宮の監視の目が届かない、完全に隔離された安全な場所。そこなら、わたしの『龍のOS』を最大出力で同期させて、その方の命を完全に繋ぎ止めることができます……っ! だから、わたしも一緒に連れていってください……っ!」
アトランティスではない上層の、それもどこかの国の王宮最深部にいるはずの、魔法を使える謎の少女。
こいつが何者なのか、敵なのか味方なのかすら分からない。
だけど、このままだとレンが死ぬ。あいつの命の灯火を繋ぎ止める方法は、今、目の前のこの少女が提示してくれた選択肢しかないんだ──。
「ギル……」
わたしが名前を呼ぶと、ギルは苦渋の表情を浮かべながらも、静かに、だけど力強く頷いた。
「……わかった。俺たちの隠れ家へ案内する。レンを……頼む……」




