第四十六話『リンコの視点』
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わたしは、あいつなら大丈夫と思った。だから、セネカに手を引かれ、非常口の方へ全力で走っていく。だけど──。十人の王をたった一人でやれるのか? 信じていいのか? そんな思いが心の奥から沸々と湧いてきた。
「セネカ。待って。ここからあいつの戦いを見張りましょ」
「ダメです! リンコ様、もしここにいて巻き添えでも喰らったら……」
「大丈夫。あいつならこの場所を守りながら戦ってくれる。だってここはあいつの大切な場所だから」
本当は違う。心配だったのだ。レンはいつも命を顧みず、この地下街を守っていることは最初に出会った時から分かっていた。最初はあいつの言う事は大言壮語だと思ってた。だけど、地下街に人工太陽を造ったり、音楽で感動を与え、システムを崩壊寸前まで追い込んだ。だけど今回ばかりは──
今まで機甲兵器やレーダーなどの『機械』を相手にしていたのだ。そして、とうとうこの国を牛耳るボスを怒らせてしまった。王宮直属の兵は、特殊部隊なんて非じゃない。一人の人間が立ち向かおうとするなんて、死にに行くようなもの。
そう……。
分かっているのに、この胸の高鳴りが止まらない。あいつが何かをやってくれる。そう思う反面、死んでほしくないという気持ちが半信半疑でせめぎ合っている。
「それにこの戦いを見届けたい理由があるの。メストルの狙いや真意が何か掴めるのかもしれない……」
セネカは半ば呆れ気味で
「リンコ様がそういうなら仕方がありません。わたしもここで……」
「「!?」」
セネカが諦めたように言葉を紡ぎ、二人で非常口の鉄扉の陰に身を潜めた、その瞬間だった。
凄まじい蒼の閃光が、ディスコの廃墟を真っ白に染め上げた。
レンだ。あいつが手にした鉄のバールから、王宮の機甲兵の追跡を欺いてきたあのプラント直結のプラズマが、稲光となってメストルの胴体に直撃したのだ。
「──っ、当たった……!?」
思わず胸元で手を握りしめる。
だが、爆煙の向こうから現れたのは、衣服ひとつ乱れていないメストルだった。まるでトカゲが皮を脱ぎ捨てるように、半透明の表皮を灰にして無傷でそこに佇んでいる。
『フッ……地下街のネズミめ。我ら王宮の血族レプティリアンは、お前たち家畜とは設計が違うのだ』
冷酷なメストルの声とともに、空間が歪む。目に見えない圧搾のエネルギーがレンを襲うが、あいつはまるでダンスを踊るような超高速のステップでそれを紙一重ですり抜けていく。
速い。あいつの身体には、さっきまで響いていたあの激しい爆音のグルーヴがまだ脈動しているんだ。
レンはメストルの計算を嘲笑うかのように懐へ潜り込み、下からバールを猛烈な勢いで振り抜いた。
ガギィィィィィィンッッッッ!!!!!!!
激しい火花。メストルが展開した六角形の赤い電磁防壁にバールが激突し、拮抗する。
あいつのストリートの意地が、王宮の最高出力を押し込んでいる。
「レン……! いける、あいつなら……!」
胸が高鳴る。あいつなら、あの絶対に敵わないはずの『王』すらもブチ破ってくれるんじゃないかと、本気でそう信じかけた、まさにその刹那だった。
『──なぁんてね』
防壁の向こう側で、メストルが薄気味悪い笑みを浮かべ、囁いた。
「え……?」
その直後、わたしの視界は、信じられない光景に凍りついた。
ドッ!!! と。
メストルの拳が、レンの渾身のバールと障壁を、紙切れみたいに力任せに押し潰したのだ。そのまま、あいつの腹部へと音速の拳が突き刺さる。
『ガハッ……ッッ!!!???』
レンの口から、見たこともない量の鮮血が飛び散った。
あいつの身体が、まるで大砲の弾のように弾き飛ばされ、ディスコの頑丈なコンクリートの壁を何枚もブチ破りながらフロアの端まで転がっていく。
「レン──っ!!!」
喉がちぎれるかと思うほどの悲鳴が、わたしの口から飛び出していた。
セネカが慌ててわたしの口を手で塞ぎ、非常口の影へと強く引っ張り戻す。
嘘……嘘でしょ……!?
壁の瓦礫に埋もれ、血反吐をぶち撒けて倒れ込んだレンは、ピクリとも動かない。バールを握る指は不自然に曲がり、全身を赤いエーテルの電撃が蛇のように蝕んでいる。
カツ……、カツ……、と。
瓦礫を踏みしめ、メストルがレンに近づいていく。その身体から溢れ出す赤いエーテルの重圧だけで、天井がパラパラと崩落していく。圧倒的な、神と虫ケラほどの絶望的な実力差。
『お前のようなバグは、ここで細切れにして、二度と再生できぬようデータの塵にしてくれる』
メストルが天に指先を掲げると、空間を消滅させるほどの凶悪な電磁刃が形作られた。
ダメ。あいつが死んでしまう。
恐怖で足がすくみ、だけど身体が勝手にレンの元へ走り出そうとした、まさにその瞬間だった。
『──警告。警告。中央プラント、第03セクターに原因不明の量子バグが侵入──』
ディスコ全体に、王宮の緊急アラートが鳴り響いた。
地球由来の未知の周波数──レンの鳴らしたあの音楽のログが、王宮のメインサーバーを内側から熱暴走させ、地上の30%が永久ブラックアウトしかけているという、信じられない警告。
『……チッ』
メストルが初めて、不快そうに舌打ちをし、レンの頭を踏みつけていた足を離した。
『……レン、お前の仕掛けたテスラアンテナの残響か。死に損ないのネズミが、最後の最後で王宮の心臓に噛み付きおって……』
メストルは電磁刃を消すと、冷酷な縦長の瞳を、今度は非常口の暗がりにいる『わたし』の方へと正確に向けてきた。
ハッ、と息が止まる。見つかった──!?
『命拾いしたな、ツキシマレン。だが、お前たちの浅知恵などすべて計算の内だ。リンコ、その時計をしばらくは持っているがいい。いずれ、すべてを回収しにいく』
メストルはそう言い残すと、背後の赤い空間の歪みの中へと消え去っていった。
「レン……ッ!!!」
奴の気配が消えた瞬間、わたしはセネカの手を振りほどき、瓦礫の山の中で真っ赤な血に染まって頽れたあいつの元へと、なりふり構わず駆け出していった──。




