第四十四話『装甲兵とメストル』
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オレとギルの前方に立ちふさがるメストルの冷徹な声が響いた瞬間、ディスコ全体の電子回路が悲鳴を上げるような強烈なハウリングが鳴り響いた。
同時に、ステージ裏のテスラアンテナの量子コアが、王宮の強制アクセスを受けて狂ったように真紅のスパークを散らし始める。
「チッ、王宮のクソOSめ、アンテナの周波数を逆探知してシステムごと焼き切る気か……っ!」
即座に異常を察知したギルが、歯噛みしてオレを振り返る。
「レン! メストルは俺が作った裏のファイアウォールを狙い撃ちしてやがる! ここでアンテナの制御を奪われたら、地下街の通信もろとも全員のニューロンが消去されるぞ!」
「だったら今すぐ裏の管制室へ走れ、ギル! クソメストルは、オレがこのバールで足止めしてやる!」
「死ぬなよレン! 10分、いや5分でシステムを過負荷させて王宮のサーバーにバグを逆流させてやる……っ!」
ギルは工具袋をひったくるように掴むと、ステージ裏の制御ブースへと全速力で駆け込んでいった。
背後で、完全に退路の鉄扉が閉じる。
残されたのは、オレと装甲兵のみ。
そして──目の前に佇む、圧倒的な世界の支配者。
「よくもまあ、わたしの娘をたぶらかしてくれた……ツキシマレンよ」
「へぇ……名前知ってんだ。苗字まで。ありがたいこったなぁ」
オレはバールを遠方から、メストルに振りかざす。先端からプラズマが稲光のように走り、メストルの胴体に直撃する──。
「…………」
しかし、相手はレプ。トカゲのように脱皮し、目の前には抜け殻のような──半透明の表皮が、プラズマの残光の中でサラサラと灰になって崩れ落ちる。
脱皮。直撃したはずのオレのプラズマ電磁殻を、奴は肉体の一枚外側を『使い捨て』にすることで完全に無効化しやがった。焦げた残像の数メートル真後ろ。衣服ひとつ乱れていないメストルが、冷徹な細い瞳の虹彩を、爬虫類特有の縦長のソリッドに変化させてこちらを見下ろしている。
「エネルギーの熱量をそのまま生体組織のパージで相殺した……か。へぇ、人間辞めてトカゲの化け物にでもなったつもりかよ、毒親が」
「フッ……地下街のネズミめ。我ら王宮の血族レプティリアンは、お前たち家畜とは設計が違うのだ」
メストルが細い指先をスッと持ち上げた瞬間、奴の背後の空間がグニャリと歪んだ。 王宮の絶対的なエーテルエネルギーが凝縮され、数方向から放たれる目に見えない圧搾のラリアットが、オレの全方位から骨を圧し折らんと迫り来る。
だが、遅えんだよ。
「設計が違おうが知るかよ。オレの身体にはな、さっきまでフロアを狂わせてたBPM140のユーロビートが、まだドクドクと脈打ってんだよ!!!」
ドンッ!!! と足元の床鉄板を爆音のキックよろしく踏み荒らし、オレは前世のストリートで培った超高速のステップで空間の歪みをすり抜ける。
メストル対オレ。
メストルの装甲兵はこの素早い動きをするオレたちの戦いに入ってこれない。
奴がどれだけ冷徹な計算でオレの動きを予測しようとも、音楽でトランスしたオレの肉体は、計算不可能な『ノイズ』そのものだ。
一歩。二歩。残像を置き去りにするほどの踏み込み。
メストルの縦長の瞳が、初めて驚愕に小さく見開かれた。
「捉え、きれん……!? 生体加速の限界値を突破しているだと……!?」
「アトランティスのクソOSで、地球のダンスミュージックのグルーヴを追えると思ってんじゃねえぞッッ!!!」
メストルの懐に完全に潜り込み、両手で握り直したバールを、奴のトカゲじみた顔面に向けて下から爆音の勢いで振り抜く。 ガギィィィィィィンッッッッ!!!!!!! バールの先端が捉えたのは、奴の肉体ではない。
メストルが咄嗟に展開した、王宮の最高出力で編まれた正六角形の電磁防壁(SSS級プロテクト・シールド)だ。
バールから溢れ出す蒼いプラズマの稲光と、奴の赤い障壁が激しくぶつかり合い、ディスコの廃墟の中に、耳をつんざくような大爆音と超高熱の火花が狂い咲く──!!
「──なぁんてね」
耳元で、冷酷極まりない囁きが聞こえた。
「っ……え……?」
一瞬、思考がフリーズする。
電磁障壁の向こう側。メストルは、眉ひとつ動かさずに、ただの『退屈なゲーム』に付き合ってやっているとでも言いたげな、冷たい、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
ドッ!!! と、腹の底に凄まじい衝撃が突き抜けた。
「ガハッ……ッッ!!!???」
障壁が爆散したのではない。メストルの『拳』だ。
奴はオレの渾身のバールの一撃を、障壁ごともろとも力任せに押し潰し、そのままオレの腹部へと拳を音速で叩き込んできたのだ。
内臓が全部ハチ切れるかのような激痛。肉体が、ディスコのコンクリートの壁を何枚もブチ破りながら、フロアの端まで弾き飛ばされる。
「カハッ、ゴホッ……! ゲフッ、……ぁ、……っ」
壁の瓦礫に埋もれながら、血反吐をぶち撒けて倒れ込む。バールを握る指の骨が、何本かへし折れているのが分かった。
立ち上がろうとするが、レプティリアンの放った一撃のエーテル衝撃波が神経を直撃していて、手足が蛇に縛られたようにピクリとも動かない。
「レン──っ!!!」
遠くでリンコが悲鳴を上げた気がしたが、耳鳴りが酷くてよく聞こえない。
カツ……、カツ……、と。
崩壊した瓦礫を踏みしめながら、メストルがゆっくりと近づいてくる。
その身体から溢れ出す赤いエーテルは、さっきまでの比ではない。ディスコの天井が、その圧倒的な重だけで自重に耐えかねてパラパラと崩落していく。
「ストリートの流儀、生体加速……。ネズミの分際でよく踊った。だが、所詮は家畜の足掻きだ。お前のその安っぽいノイズで、王宮のシステムをハックできたと本気で思っていたのか?」
メストルは、動けないオレの頭を冷酷に踏みつけ、容赦なくコンクリートの床へと擦り付けた。
ミキ、ミキ、と頭蓋骨が嫌な音を立てる。視界が己の血で真っ赤に染まっていく。
「お前のようなバグは、ここで細切れにして、二度と再生できぬようデータの塵にしてくれる」
奴が細い指先を天に掲げると、そこへ空間を消滅させるほどの超高密度の電磁波が形成された。
終わりだ。ガチでなぶり殺される。
指一本動かせないオレの脳裏に、最悪の『デッドエンド』の文字がよぎった、まさにその瞬間――。
『──警告。警告。中央プラント、第03セクターに原因不明の量子バグが侵入。地球由来の未知の周波数パターンが、王宮のメイン・ファイアウォールを内側から熱暴走させています。このままではアトランティス上層の30%が永久ブラックアウトします。至急、最高科学者の手による防壁の再構築が必要です──』
「……チッ」
メストルの頭上の空間から響いた王宮の緊急アラート。
そのシステムボイスを聴いた瞬間、メストルが初めて、ガチで不快そうに舌打ちをした。オレの頭を踏みつけていた足の力が、わずかに緩む。
「……レン、お前の仕掛けたテスラアンテナの残響か。死に損ないのネズミが、最後の最後で王宮の心臓に噛み付きおって……」
メストルは天に掲げていた電磁刃をスッと消滅させ、冷徹な縦長の瞳で、虫ケラを見るようにオレを見下ろした。
「命拾いしたな、ツキシマレン。だが、お前たちの浅知恵などすべて計算の内だ。リンコ、その時計をしばらくは持っているがいい。いずれ、すべてを回収しにいく」
メストルはそう言い残すと、背後の赤い空間の歪みの中へと、脱皮するように掻き消えていった。装甲兵も、上層の30%の区画を復旧するために忙しいのか、撤退していく。
「………ッ」
奴の気配が完全に消えた瞬間、オレは全身の緊張が切れて、真っ赤な視界のままドサリと床に頽れた──。




