第四十三話『天才科学者』
「リンコ様! どうなされました?」
「見て。セネカ。今まで王宮の最高出力のエーテルを流しても、ピクリとも動かなった時計が……」
「光ってるじゃないですか……っ! これってどういう……?」
すると、ステージから降りて、カツカツと足音を鳴らしながらこちらに近づいてくるレンが目を丸くしながら
『お前それ……』と言って驚いているようすだ。
「たしかそれは、動かないって言ってたはずだろ……? もともと光るのか?」
「いや、それが初めてで……」
「不思議だな。その幾何学模様の光」
「うん、音楽が鳴り止んだ瞬間──急に……」
音楽と何か関連性があること確信できた。あまりにもシンクロしていて、音が鳴り止んだ瞬間こうなったのだ。
すると、ステージの裏の方から、ギルがやってくる。たぶん、レンの裏方をしていたのだろう。
「どうした?」
「ああ、リンコの記憶のガワを剥いだ時に、コイツの大切にしている私物がないかって聞いたんだ。そしたら覚えてないのに持ってる『動かない懐中時計』があってだな……」
『覚えてない?』と、ギルがわたしに尋ねる。
「ええ、昔からずっと持ってる記憶はあるのに、誰にもらったか、どこで手に入れたのか、どうやって動くのかも分からない。今まで一度たりとも動いたことないのに……」
ギルは腕を組みながら熟考している様子だ。物作りの職人だから、たぶん、レンよりもこの人の方が詳しいような気がする。
「動かなくなった懐中時計が、今音楽祭が終わった途端に光る……か……。フリーエネルギーや宇宙と何か関係する可能性が高い」
「え……」
「今このエーテルディスコは、音源をメモリークリスタルで流してるんじゃない」
「どういうこと?」
ギルがレンに向かって『説明しろ』というアイコンタクトを取る。レンは瞳を上に向け、どうやって説明しようかと思い悩んでいるみたいだ。
「えっと……、このアトランティスには讃美歌しかないじゃん? だからどこを探しても今日流してた音源は地上にはないわけ」
「うん」
「だから、テスラアンテナとクリスタルを使って、宇宙の、過去、現在、未来の情報空間から人間の叡智である『音楽の情報データ』をテスラアンテナに受信させて、クリスタルに吸収させて流す。その懐中時計はそれに同期したんだと思う。それ作った奴かなり天才だぞ」
「──かなり天才、なんてレベルじゃねえな」
ギルが低く、地鳴りのような声でレンの言葉を塗り替えた。
腕を組んだまま、食い入るようにわたしの手元の青い光を見つめるギルの瞳に、これまでに見たことのないような鋭い光が宿っている。
「ギル……? どういうことだよ」
「レン、お前の言う通り、このディスコの仕掛けは宇宙の『情報空間』からデータを引き出すシステムだ。だが、それは本来、王宮の超巨大プラントをフル稼働させて、ようやく世界線に数秒だけ繋げられるレベルの、神の領域の技術なんだよ」
ギルはゆっくりと腰を落とし、わたしの手の中にある時計と、わたしの顔を交互に見つめた。
「だが、この時計の中に組み込まれている回路はどうだ? ……信じられん。たったこれだけの小さな鉄の塊の中に、お前がさっき受信した『宇宙の全周波数』を100%そのまま受け止めて、完全に同期してみせるだけの超伝導コアが埋め込まれてやがる」
「え……っ」
息を呑む。物作りの天才であるギルが、恐怖すら滲ませた顔でその時計を見つめている。
「こんな芸当ができる構造物、アトランティスの歴史上、ただ一人にしか作れねえ。……メストル。王宮の最高科学者であり、現在の奴隷インフラシステムを構築した、あの化け物だけだ」
その名前を耳にした瞬間、わたしの胸の奥の時計が、まるで拒絶するようにドクンと一際大きく脈動した。
「じゃあ、やっぱりメストルが……? でも、だったらどうして、記憶を消されたわたしがこれを持ってるの?」
「いや、おかしいな……」
レンが、顎を人差し指でさすりながら、冷や汗をたらして時計の文字盤を覗き込んできた。
「もしメストルが作ったなら、王宮の永久エネルギーに反応するように作るはずだろ? なのに、王宮のエーテルをいくら流してもピクリとも動かなかった。それが、オレがテスラアンテナで受信した『地球の、人間の感情が乗った音楽』を浴びた途端に目を覚ました……。これ、まるで──」
レンが、ハッとしたように目を見開く。
「まるで、『王宮の冷たい電気じゃなく、人間らしい感情の波形を浴びた時にだけ動くように、あえてメストルが仕込んだ』みたいじゃねえか……?」
「…………っ」
思考が真っ白になる。
わたしを人形のように扱い、記憶にSSS級のロックをかけたあの冷酷な男が、なぜ、そんな『王宮への反逆』のような仕掛けをこの時計に施したのか。
考えようとした瞬間、頭の奥底で、警告音のような激しい頭痛が襲いかかる。
その、謎が深まる沈黙を切り裂くように──。
『──そこまでだ、地下街のネズミども。および、王宮の裏切り者たち』
天井のスピーカーから、エーテルディスコの熱気を一瞬で凍りつかせるような、機械的で、冷徹極まりない大音量の音声が鳴り響いた。
「チッ、王宮の追手か……!?」
レンが即座に、ブースの横に立てかけてあった愛用のバールを引き抜く。
ステージの向こう、ディスコの重厚な鉄扉が、王宮の容赦ないエーテル爆縮によって木っ端微塵にブチ砕かれた。
ネオンの蒼を塗りつぶすように、赤く不気味な王宮特殊部隊のライトが、フロアを容赦なく照らし出す──。
「──動くな! 全員その場に跪け! 臨検コード09、王宮直属の特殊治安維持部隊だ。抵抗するバグは即座にニューロンを焼却する!」
瓦礫を容赦なく踏み荒らし、赤く不気味なバイザーを光らせた装甲兵たちがフロアへ一斉に突入してくる。
さっきまでユーロビートに狂喜乱舞していた地下街の住人たちが、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「チッ、盛り上がってるところに野暮なお出ましじゃねえか。……セネカ、リンコを連れて下がってろ!」
レンが低く吐き捨て、火花を散らす電子盤面を飛び越えて前に出る。その手に握られたバールが、赤いストロボの中で凶悪にギラリと光った。
「あんたバカなの? 相手は王宮の正規軍よ!? 真正面から戦うなんて──」
「関係ねえよ。俺の音楽の邪魔をする奴は、神さまだろうがバール一本でブチ叩き割る。……それが、前世のストリートの流儀だ!」
不敵に笑うレンの背中を見つめながら、わたしは痛む頭を必死に押さえ、胸元の時計をさらに強く握りしめた。
──メストル。
あの冷酷で、わたしを人形のように扱ってきたはずの男。
だけど、もしレンの推測が正しいのだとしたら。あの男がわざと王宮のエネルギーを拒絶し、人間の感情(音楽)にだけ反応するプロテクトをこの時計に仕込んだのだとしたら……。
あいつは本当に、冷酷なだけ支配者なのだろうか。それとも、わたしに記憶のロックをかけてまで、王宮の目から何かを隠し、わたしを『救おう』としていた──?
答えは出ない。激しい頭痛のノイズが、それ以上の思考を完全に遮断する。
だけど、文字盤の幾何学模様は、赤く染まったディスコの暗闇の中で、今も静かに、優しく、わたしの鼓動を肯定するように青い光を明滅させ続けていた。
「リンコ様、あっちの非常口から逃げましょう! あの二人がなんとかしてくれます!」
セネカがわたしの手を強く引き、走り出す。
背後で、レンのバールが王宮兵の装甲を激しくブチ砕く金属音が炸裂した。
メストルが仕掛けた真意、そしてこの時計が秘めた宇宙の謎──すべての答えは、この最悪な夜を生き延びた、その先にある。わたしは青く光る時計を首にかけたあと、強く抱きしめ、ネオンと硝煙が渦巻く戦場の中を、全力で駆け抜けた。




