第三十六話『夢の残滓』
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ガツン、ガツン、ガツン、ガツン……。
硬い岩盤を穿つツルハシの音が、頭蓋骨の裏側で不気味に響いていた。
熱い。
泥と、金色の粉塵で、息ができない。
視界を埋め尽くすのは、むせ返るような熱気に満ちた『金鉱山』の最暗部。
アトランティスに転生して間もない頃、右も左も分からぬまま叩き込まれた、最下層の強制労働区画の記憶だった。
バケツの中に放り込まれていく、鈍く泥にまみれたゴールドの塊。
これが地上の王宮へと運び込まれ、科学神官たちの手によって、あの傲慢な文明を支える特殊合金『オリハルコン』へと精錬されるのだ。自分たちが血反吐を吐いて掘り出した輝きが、自分たちを支配する鎖の材料になる。その圧倒的な理不尽が、鉱山全体を支配していた。
首にはめられた王宮製のインプラントが、1秒でも作業の手を休めれば脳内に直接、激痛の電子ペナルティを走らせてくる。
『警告。金の採掘ペースが規定値を下回っています。法に従い、ペナルティを実行します』
無機質な王宮のシステム音声。周囲を見渡せば、感情を失い、ただロボットのように金を掘り続ける奴隷の人間たち。倒れ込んだ老人が、王宮の機動兵器によって『廃棄データ』としてゴミのように処分される瞬間が、スローモーションで脳内に流れ込む。
「ハッ、……ガハッ……!?」
突如、体中に駆け巡る『あの時の偽物の激痛』に魂が引き裂かれそうになり──オレは、猛烈な勢いでベッドから跳ね起きた。
「……はぁ、はぁ、……クソ、夢かよ……」
冷や汗でぐっしょりと濡れたシャツを引っ張りながら、オレは荒い呼吸を整える。
窓の外を見れば、いつも通りの薄暗い地下街の天井と、人工太陽の鈍い光。
首元に手を当てても、あの忌々しい奴隷の首輪はない。あるのは、昨日、リンコの洗脳インプラントをブチ壊してやった、自慢の『バール』の硬い感触だけだった。
「……転生直後の最悪のログなんて、いまさらロードしてんじゃねえよ、俺の脳みそ……」
オレは自嘲気味に呟き、頭をガシガシと掻いた。
夢の残滓のせいで、口の中がひどく乾いている。昨日飲んだ酒が、まるで遠い幻だったかのように、むせ返るような金の粉塵の砂っぽさが舌に残っているような気がした。
「おい。起きたか?」
床の上の敷布団で寝そべるオレに、ギルの声が降ってくる。
昨日はだいぶやらかした。覚えてる。マジで反省。二人ともベロベロに酔って、アジトに帰宅したんだ。
「リンコは?」
やらかしてしまった──、という気持ち。今すぐ謝りに行きたい気分だ。あいつがあんなにナイーブに思い悩んでるというのに。
「リンコとセネカは、二人でショッピングに行ったよ。地下街のな」
「うわー。オレやらかしたー」
「だな。ちゃんと女の子をデートでエスコートできなくてごめんなさいって言えば許してくれるだろ」
「デートじゃねえって」
はぁ……と、ギルが頭を抱える。
別に、オレとリンコはまだ付き合っているわけじゃない。王族と平民という隔たりもある。リンコの本当の父親は、たぶん王族だろう。じゃないと偽物の父親、メストルだっけ? あいつが平民を娘にしようなどとは思わないだろう。
王族間の派閥争いという線が濃厚な気がする。
「お前は頭で色々考えすぎなんだよ。まずはその頭を等電位化するんだな」
「頭を等電位化って……別上手くもなんともねえし。しかも恋じゃ……」
そう──それに王族とか平民とか関係なくこれは恋じゃない。リンコは確かに可愛い。けど、恋ってなんだ? 何をもって恋って……。恋じゃないだろ! 恋じゃ!
「言葉に詰まる時点でもうな……」
ギルはそれ以上そこには介入せず、タバコに火をつけ、今日の話を持ち出してきた。
「そんなことより、あれから4時間ぐらい寝てな。さっき起きたんだが、また身体に新しいコードが浮かび上がってきた」
ギルの全身にあるタトゥーは、フリーエネルギーのコードだ。環境を良くすると次のコード(タトゥー)が浮かび上がるようになっている。ギルの亡くなった兄弟分がそのコードを『第一層、第二層、第三層』で残したという。
第1層:アジトの電力を賄う程度。
第2層:人工太陽をいじって『夜』を作れるコード。
第3層:重力のコントロール
今のオレたちはまだ第一層の、日常生活の電力程度しか到達出来ていない。今はこの地下街にある『反重力の乗り物』も、『人工太陽』も、王宮からエネルギーをハッキングして作っているに過ぎない。
地球から、宇宙から、無限に降り注ぐエネルギー。それらを使って、この地下街の環境を良くしようぜ! って話だけど……。
「以前はなんの課題をクリアして今回のタトゥーが浮かび上がったんだっけ?」
「以前は湯沸かしポット」
「先は長いな……」
湯沸かしポットって……。人工太陽まであと何年かかんだよ!
「まあな。けど今回は──」
「??」
ギルはそう言って、今日のエーテルディスコのチラシを見せてきた。
「なになに? えーっと。今日はジャンルレス音楽祭。DJ REN」
「お前が主催したのに覚えてないのかよ……。ジャンルレスな曲を流すイベントだろ?今日──ちょうどコレを試す日にはうってつけだなと思って」
まさか──
「アンプも、スピーカーも、DJブースも、すべての機材を俺たちのフリーエネルギーで流してブチ上げる! その名も──フリーエネルギー音楽祭だ!」
「!!」
……やっと、ここまできた。オレはちょっと感動して涙を流しそうになる。今日見た悪い夢、オレがたった半年とは言えど、オリハルコンの採掘をやっていた時にはこんなことになるとは思ってなかった。オレはオリハルコン鉱山から脱走し、ここにいる相棒と奇跡的に出会い、こうやって地下帝国を作ることに成功した。だが、今はまだ夢の途中。その夢の途中を『音楽』という芸術に落とし込み、みんなで楽しむということがすごく嬉しかった。
すごく嬉しかった。
すごく嬉しかった。
小学生の読書感想文になってしまうほど、嬉しい。マジで嬉しい。人ってマジで嬉しいときは語彙力がなくなるなーなんて思いながら、
「あ~、ってことは、例のアレやるのね」
「ああ……」
と、この嬉しさをかき消すほどの、ものすごく気の進まない作業が待っていることに絶望した。




