第三十二話『オリハルコンアレルギー』
「──というわけで、レプティリアンの陰謀だったわけ」
「にわかには信じがたい話ね」
「ゴミ虫が勝手に妄想してる陰謀論ってやつじゃないの?」
「まあ、信じるか信じないかはお前たち次第で……リンコ──。過去に大切にしていたものとか、使っていたものを出してくれ」
外に転がっていたセネカとそれを宥めていたリンコが、アジトの中に戻ってきて、オレたちはさっきの事情を説明する。リンコの過去の『手がかり』を探っている時だった。
「あ、そういえば」
「どうした? リンコ」
オレが何かを思い出したリンコに言う。
「わたし、生まれつきアレルギーを持っていて、今は薬を1日2錠飲んでるの。M‐28っていう薬なんだけど」
「なんのアレルギーだ?」
リンコは言いづらそうにモジモジしながら、
『オリハルコンアレルギー』と言った。
アジトの中が一気に凍り付くのが分かる。オレとギルが互いに顔を見合わせた。それは、静寂というより、アジト全体の酸素がゴソッと奪われたかのような息苦しさだった。ギルがガジェットを握る手が、ピキ、と微かに震える。いつも冷淡なあいつの目が、見たこともないほどの驚愕と、それに続く猛烈な『怒り』でギラついた。地下街のジャンクインフラにも、オレたちが目指すフリーエネルギーにも、高純度のオリハルコンが使われている。つまり、リンコがこの地下街にいること自体が、すでに『毒ガス室の真ん中に立たされている』のと同じ。だが、オレたちの背筋を凍らせたのは、そんな物理的な危険じゃない。
──メストル。あのクソ親父が、自分の娘を完璧な猟犬として縛り付けるために、彼女の脳内に仕込んだ『真っ赤なウソ』が、オレたちの目にはっきり見えたからだ──
「リンコ様──オリハルコンにアレルゲンはありませんよ?」
「え……」
リンコは青ざめた顔をして、バッグの中をガサゴソと探った。何かを探している。その何かは説明されなくとも想像できた。
「ない……ずっと飲んでた薬が……」
ギルが頭を抱えながら大きなため息を吐く。
「リンコ様……。おい、あんたら二人これってどういう?!?!」
「アレルギーってのは、あの偽の父親が作った真っ赤なウソだよ」
ギルがため息をつきながらそう言う。
「はぁ!? 偽の父親ぁ!? リンコ様の父親はメストル様でしょ?」
『あのな……いいか? セネカ。お前が今半透明じゃなくなったのも、リンコに偽の記憶が埋め込まれていたのも事実だ。あとは勝手に点と点を結んで、線にすりゃ分かるだろ? な?』と、オレはギルの言ったことを補足した。
「分かんない! 分かんない! リンコ様が神ってことしか分かんない~」
IQ2かよ。コイツは……。
「けど、リンコの偽の親父……メストルって奴はリンコを立派な猟犬にしようとしたわけだろう? 娘を捨てたり、この国の要になってるオリハルコンに長時間触れさせないようにしたり、行動動機がまるでわかんねえ」
オレが頭を抱えていると、
『そのアレルギーってやつ、どういった症状だ?』
と、ギルがリンコに向かって尋ねる。
「えっと……動悸、過呼吸、頭痛とか、あと最悪の場合は倒れる」
「ああ。洗脳維持のためのプログラムコードの効き目が切れるときの禁断症状だな、それは……」
「け、けど、実際に40分オルハリコンに触れ続けていたら、その……症状が……」
「それは、お前の脳内に洗脳ナノマシンが仕込まれてる可能性が高いからだ。オリハルコンは送電機だ。東西南北のオリハルコンピラミッドなんかは顕著な例だ。遠くにいる場合は微弱な電波で心地よく洗脳される。だが、送電機に至近距離で近づくと、高すぎる電波の出力で、脳髄が熱暴走して焼き切れる──。確証はまだないが、王宮の奴らが考えそうな線はここだな」
「そんな……今までアレルギーだと思ってたものが……」
「その薬は幼い頃から飲んでたのか?」
ギルが淡々と事情聴取を行う。
「わたしが幼い頃はなくて、16歳の時に開発されたから、その時に吞み始めた」
「幼い頃はアレルギーだと洗脳させてなるべく高出力のオルハリコンに近づかないように仕向けた。特殊部隊に入る頃になると、それだけじゃ誤魔化せなくなるから薬を作った」
オレはギルの言ってることをすぐさま理解する。
「お前がずっと呑んでた薬は、『爆弾のタイマーを一時停止するスイッチ』だよ。薬を飲ませて洗脳を上書きし続けないと、お前が死んでしまうからな。それに理由はあとひとつある」
ギルがソフトパックのタバコを取り出して、ジッポでシュバッと火をつける。そのままタバコを咥え、煙を吐き出してから、さらに説明を付け加えた。
「洗脳が解けそうな時や、何か強烈な違和感を感じた時にも頭痛が起こる。オレとレンの作った地下のオリハルコンはその洗脳を解く。俺たちの作ったオリハルコンは、王宮からの洗脳電波を完全遮断するモノだ。地上の洗脳電波を等電位化させる。お前の脳にある洗脳パッチも強制デバックされて消滅する。だいたいの人間は40分も地下街にいりゃ、洗脳が解ける。だから、お前の偽の親父は40分という時限爆弾をお前の身体に仕込んだ。幼い頃は地下街に近づけないため、そして特殊部隊になった頃に地下街の奴らを殲滅するために薬を渡すプランを組んだ」
「そんな──。じゃあなんで?」
「なんだ?」
「じゃあなんで、今、カバンの中に薬がないの!? 薬の場合は、ちゃんと作られたものなんでしょ?」
ギルから視線が飛んでくる。ああ、こういうのはオレが説明したほうがいいか。それにコクリと頷くと、オレはリンコに向かって言葉を投げかけた。
「シュレディンガーの猫。さっき、二人きりのときに言っただろ? 実際にその薬が作られたのはリンコが洗脳されてるときの話。洗脳が解けた今、その確定した過去が、洗脳されてない『薬が消えた今』に書き換えられたってことだろうな」
「ああ!! もうややこしいって!」
「まあ、簡単に言うと記憶を疑えってことだな。過去も未来も完全に確実性を持ったものはない」
簡単じゃないし……と唇を尖らせている。
「じゃあわたしを捨てた理由は?」
「そんなのはプラン通りに動かなくなった駒だったからだろう。当初と目的が変わった。トカゲ様の考えそうなことだ」
ギルがタバコの火種を灰皿に押し付けながら、リンコにそう言った。
「てか、さすが元・王宮で技術奴隷やってただけはあるな!」
「お前も、オリハルコン鉱山で採掘奴隷をやっていただけある」
「関係ねええ」
そんなツッコミも束の間、長話をしていたためかもう外が暗くなっていた。
「これって……」
リンコが目を丸くする。セネカはソファーでいつの間にか寝ていて、読み終わったマンガも机の上に無造作に積み上げられていた。戻せって。ていうか、話聞けって。
ギルが悪そうな顔で(無表情だが、オレにだけ分かる笑みで)
『オレは作業に戻るから、二人で夜道でも散歩したらいい』
と、明らかにオレとリンコをくっつけるのを楽しんでやがった……。
「……っ」
よく見ると、リンコは顔を赤くさせ、あり得ないといった表情だ。ほらね。やっぱ、こうなんだよ。ギル、お前空気読めって。
そんなことを思っていると、リンコがぼそっと呟く。
「今まで自分が信じていたことがウソだった……。本当に帰る場所がなくなった」
オレはかつて、リンコが言っていたことを思い出す。
【──わたしには行く場所も帰る場所もない。政府から毎月配給されるデジタルポイントでこの身体を維持して、仕事に従事すればそれで十分】
その理由すら取り上げられ、所在なげな瞳で窓の外の空を見上げた。地下街の人口太陽が沈み、街に夜がくる。そういえば──
この地下街に『夜』ができたのは、つい一週間前だ。リンコは夜を見たことがあるのだろうか? 疑似的な夜とは言え、オレの作った夜は、かつて令和で暮らしていた夜を思い出す。令和の日本の夜だって、都会の灯りであまり星が見えない。完全再現はできなくとも、星のない地下街はそれに近いだろう。
『ねぇ』
と、リンコはジト目でオレのことを見てくる。
「……ん? どうした?」
「ちょっと付き合いなさいよ」
そう言うと、リンコは『ほらこっち』という無言の圧力で、アジトの扉を開けて外へ出ていく。振り返ると、作業机には、背中をぷるぷるさせて笑いを堪えているギルがいた。
──お前、絶対普段は恰好つけてるだけで中身ムッツリおじさんだろ(怒)




