第二話『社会不適合者のレン』
それからの日々は特殊部隊の容赦がなかった。
地下街は政府のインフラだから手出ししないは、あくまでオレたちがおとなしく投降した場合の話。毎日飛んでくるレーザー光線、打ち付けられるエーテル電磁警棒、腹の底から響くような仲間たちの悲鳴、オレはバールを使ってレーザー銃を無効化させる。
弾け飛ぶ火花。青白い光線。地面からは硝煙が立ち込め、その匂いに咽せ返る。オレの持っているバールはハッキングにも使えるが、武器にもなる。このバールは言わば等電位が行え、オレが感電死しないための命綱だ。
電気ってのは、『電圧が高いところから、低いところへ流れる』性質がある。鳥がパッと高圧電線に止まっても感電しないのは、両足が同じ電線(同じ電圧)に触れてて、体に『電気の流れる電位差』がないからだ。
この、複数の場所の電圧をあらかじめ均等にして、余計な電気が流れて火花が散ったり感電したりするのを防ぐ工事のことを、オレが住んでいた令和の世界でも等電位ボンディングと言う。地下に張り巡らされているクリスタルで作られたトカゲのピラミッドタワーの制御盤は、人間が触れた瞬間に数万ボルトの電流が流れて一瞬で灰になる『電位差トラップ』がかかっている。そこで、前世の都市伝説で『ピラミッドのフリーエネルギー理論』を知り尽くしてるオレの出番だ。オレがバールを制御盤に突き立てる。
普通なら即死。
だが、オレはバールを介して、ピラミッドの『プラスの電波』と自分のいる『地下のマイナスの大地のエネルギー』の配線を一瞬で繋ぎ、回路を【等電位化(電圧の差をゼロ)】にする!
これでオレは無傷のまま、制御OSにログインし、アトランティス全域とまではいかないが、一部の地域の電力を止め、オレたち地下街へエネルギーを流すことができる。まあ、それが王宮にバレて、今はこのザマ。アジトの場所まではバレていないようだが……。
「その魔改造したバール、どうやら地下街のインフラをハッキングするだけじゃなくて、相手の電力を使った攻撃を無効化できるようね」
「ヘッ。温室育ちのエリートお嬢様にはない知恵を絞って作った。学校では教わらない科学だぜ」
リンコとオレ、互いの攻防戦が繰り広げられる。そんな中、横から『隙ありっ!』と、電磁警棒を振り翳すセネカ。
……だったが、
ズサーーーッ!!!
自分のマントの裾を踏んで、ギャグ漫画みたいに勢いよく地面を滑っていく。
「痛ァッ……。リンコ様ァ……」
「ちょっと何してんの。セネカ。前!前!」
オレの仲間がセネカに向かって拳を振り上げる。こんな小さな子に暴力は主義じゃないと言うことは、事前に仲間達に伝えている。
脳内をハックして一時的に行動不能にさせようという魂胆だ。その拳には手のひらサイズのプラグが握られている。それをうつ伏せに倒れているセネカに差し込み、セネカはぴくりとも動かなくなった。このアトランティス全域の人間にはうなじにプラグを差し込む専用のホールがある。役所に出生届を出す時、全員に取り付けられる。トカゲ様、特注のモノ。
奴隷を効率よく洗脳するためのプラグ。
それを改造して、オレたち仕様にしたモノだ。※ちなみに転生したオレにも初期設定でついてるのは悲しい話すぎる!!
「セネカ! あんたたちセネカに何をしたの!」
「安心しろ。これはレンさんの相棒が政府からくすねてきたプラグを改造して作ったもの。そこの女はしばらく行動不能になるだけだ。洗脳もされないし、怪我もしない」
「ぐっ」
悔しそうに唇を噛み締めるリンコ。
「こんなのおかしいってことにいい加減気づけよ! オレはこんなことを終わらせるためにここにいる!」
事態は終息を迎えつつある。リンコの率いるアヌビス兵はオレたちの仲間によって全員消し炭になった。
バールをリンコに向け、こう宣言する。
「どうする?! 俺たちの仲間がお前ら率いるアヌビス兵を全員制圧した! そこにいるセネカって子か? その子だって、あと数時間は動けない。人の心のないキメラ相手には容赦なく戦うが、お前は女だ」
「わたしがか弱い女に見える?」
「見えない。だから本気でいかせてもらう!」
「……」
不服そうに唇を尖らせる。
あれれぇ? オレの選択肢、間違ったか? ギャルゲーみたいに、か弱い女の子に手は出せないぜって言った方が好感度メーターは上がったのか? 料金メーターは上がり続けるのに、好感度メーターは下がり続ける人生は転生前となんら変わりない。
泣きたい。
「分が悪い」
「え……?」
「あんたたち数十人を相手に女一人では分が悪いって言ってんの!」
「はぁ……」
そんなことは知ったこっちゃない。こちとら、権力者から逃れて、悠々自適の生活を送ってたのに邪魔してきたのはそっちの方だ。
「お前らが勝手にやってきて、オレたち社会不適合者の自由を奪おうとしてたのに都合が悪くなったら分が悪いって。それに、王宮のやり方に一切疑問を持たず、ただ指示に従うなんてオレにはわからない!」
そうだそうだと仲間たちの野次をリンコが一蹴する。
「わたしの方こそ訳がわからないの。努力したらその分だけ政府から配給がもらえるでしょう? わざわざこんな息の詰まるような地下街に閉じこもって、インフラをハッキングするようなガジェットを作る。そっちの方が面倒じゃないの?」
「あくまでオレたちは楽しんでやってんだよ」
「楽しむ?」
まるで聞いたことのない異国語のように聞き返してきた。生まれてこの方、人生を楽しんだことがありませんって顔だ。
「ああ。目先の快楽じゃなく、本当にやりたいこと……お前にはないのかよ!」
リンコの表情が曇る。両手の指を絡め、視線を斜め下のセネカに向ける。どこか行き場のない怒りをぶつけたがってるかのようだ。
「わたしには行く場所も帰る場所もない。政府から毎月配給されるデジタルポイントでこの身体を維持して、仕事に従事すればそれで十分」
「本当にそうなのかよ!」
何故か分からない。リンコのことなんて、ついこないだ敵として知り合ったばかりなのに、どうにもコイツには人間味がありすぎる。転生してからのこの一年間、様々な政府の役人や、王族と対面してきたが、そのどいつらとも違う。利用される側の人間のように思えてならない。
「レンさん。この女に何を言おうとしても無駄ですよ! コイツはデジタルポイントのことしか頭にねぇ! ガサ入れと、それと……」
ああっ!そうだった……。
借金の取り立てだ……。
リンコはジト目でオレの頭上に浮かび上がるホログラムを眺める。
オレの頭上には、マイナス2億5800万DPの文字。
これが何を意味するか誰がどう見ても想像に難くないだろう。
「10日前から毎日毎日毎日同じ事の繰り返し。あんた、わたしに説教できる立場? そういうのは稼いでから言うものよ。むしろマイナスだし……」
「まーたごもっともな意見! オレも何回も同じこと言いたかねぇよっ!」
このアトランティスには、紙幣のような物理的なお金は存在しない。
通貨(価値の基準)は、人間の生命エネルギー、労働力、感情そのものだ。エネルギーの集金システムは、一般奴隷たちがオリハルコンの鉱山で働いたり、地上でせっせと社会のタスクをこなすと、彼らの労働エネルギーや我慢、不安の感情のエーテルが、都市のグリッドを通じて中央の巨大クリスタル《ピラミッド》に自動で吸い上げられる。これがアトランティスにおける納税だ。
そして、エネルギーを王宮に貢いだ量(社会への貢献度、格付け)に応じて、神官たちから個人のID(脳内チップ)に『市民ポイント』がデジタル配給される。奴隷たちはそのポイントを使って、地上のハイテクな家を借りたり、美味い飯を食える。
オレは地下街で仕事をサボり、一ミリもエネルギーを収めてないから関係ないけどなっ!
「あんたたちがやっているのは財政テロよ! 分かったらもう大人しくいい加減……っ」
リンコはオレが手を出さないことを分かっているのか終始話し合いで解決を求めている。だが、
「レンさん。レンさんの主義に反するとは思いますが、もう女であろうと関係ありません。今まで黙ってましたがもう限界です。とっとと」
「いや、待て」
オレは考える。どうにかして穏便に、事を済ませたい。王族の直属である特殊部隊にこんな事を言いたかないが。
そう。
……可愛いんだよなあ。
異世界転生して、約一年。現実は甘くなく(もはや現実とは?だが)それに浮ついた話もなく、女っ気がガチでない、転生前となんら変わりない生活を送っていた。
アニメ、ラノベなら編集者に秒で打ち切りされるリアル。ようやく深く関われそうな女子がまさかの敵同士。いや、むしろ敵同士の方がこれから物語を進めるための重要なスパイスなのでは? と、メタ視点に立ってる自分もいて……。
いやいや!国家システムに関わる問題なのに恋愛とか、凝った読者に《そういうのいいから》って棍棒でヘッドショットを喰らわされてしまう。もっと超科学とかSFを見せろ! ラブコメとかもう飽きたとかも言われそうだし。
待て。それに主人公がいきなり出会った敵と恋愛関係になるかも? って考えるのキモすぎだろ!?!? あくまで主人公がクールで、そういうのに最初は興味なかったけど、事の成り行きでそうなりましたって設定にした方がいいぞ? レン!
そうこうしているうちに、オレの頭の中はああでもないこうでもないフォーでもないとベトナム料理が連想されるくらい思考回路が焼き切れていた。
「あんた戦闘中にニマニマと何考えてるの? キモいんだけど……」
そんな心中を読むようにリンコはオレの表情にドン引きしていたが、ドン引きにはごあいにく慣れているので、意に介さないで焼き切れた思考回路なりに導き出された答えを言い放つ。
「そうだ。賭けをしよう」
「「「「「「賭けぇえ?!?!」」」」」」
ここにいる全員が、レンさんマジないすわーという周波数をダダ漏れにさせた。




