第二十七話『人工太陽』
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このアトランティスには夜がない。太陽が沈んだあとは、青い太陽が支配する。つまり昼か夜かを区別するには、デジタル時計を見るか、空に太陽があるかないかで判別する。
ただし、地下街の空は別だ。
ついこないだ『夜』が、やっときちんと再現されたのだ! これまでは地下街には昼しかなかったけれど、オレとギルが一週間前、地上の電力システムをハッキングして作った夜の空。その気になれば星だって作れたけど、材料集めとオレのやる気の問題。まあ、そんなことはどうでもいいとして。
「……あいつ来ないな」
明日、アヌビス兵を引き連れてここに来るとかなんとか言ってたけど。来るのかな。そろそろ正午になる時間帯──。最近は徐々に蒸し暑くなってきた。徐々に夏めくそんな季節。アジトの中にいるギルは上半身タトゥーだらけの裸で、タバコをバカバカ吸いながらなんかよく分からない作業をしている。男の半裸見ても楽しくねーなあ……。ビキニギャルと海行きたい……。そんな煩悩だらけのオレはソファーに寝転びながら地下街の空をボーっと眺めている。
「気になるのか?」
「なに?」
「リンコって奴だよ」
「なんで?」
「……なんとなく」
「あっそ……」
ギルは作業机でジャンク品の修理をしている。コイツは地下街にあるジャンク──いわゆるゴミを便利なアイテムに変えてしまう技術がある。このオレのバールもそうだし、最近発明されたジャンク製・脳波オシロスコープは、地上の王宮から地下街へ向かって、常に微弱に流れている《人間を奴隷化するための「低周波・洗脳ノイズ」》を音や光の波形としてモニタリングできる装置だ。
ギルがゴミ捨て場から拾ってきた王宮の通信機を改造したものである。他にもバールを急速充電するためのチャージスタンドや、レアな基盤を自動で拾ってくるようにプログラミングしたネズミ型のドローンなど、数え上げりゃキリがない。つまり、ドラ〇もんとかキテレツみたいなやつだ。主役はれるよ。お前がナンバーワンだ……。
「あー。夏エンジョイしたいなー」
「エーテル花火大会……」
ギルが一言そういうと、作業の手を止めて、なにやら地下街の社会不適合者が作ったチラシを差し出してきた。『あつまれ・社会不適合者 地下街の夏祭り』と、ふざけたフォントで書かれている……。
「あいつと行けば?」
「はぁ!? 誰!? 別にアイツのことなんて全然気になるとかそういうんじゃねーし」
「……ツンデレ同士お似合いだろ」
あー、コイツと話してたら余計に暑くなる……。ジャンクガジェットの扇風機がブゥオンブゥオンと鳴っている。室内温度が上がるような話ばっかしやがって。扇風機じゃ、この火照った身体を冷やせねえ!
「てか、お前──あいつらのことゴミ虫って言ってただろーが。それに敵同士だろ? 花火大会誘ってどうすんだよ。俺が花火にされるわ!」
「勘違いするな。あいつらのことをゴミ虫って言ったわけじゃない。王族のやり方にたいしてだ。……それにその汚い花火は見てみたいな」
「ああ、さいですか……」
いつものように、コイツとはそんな冗談を繰り広げる。
「暑いな。クーラーの電力は今地上から供給してるエーテルで足りるか?」
「足りないねぇ」
「等電位化しろ」
「はいはい……」
よっこらしょ、と重い腰を上げてソファーから這い出る。
愛用のバールをチャージスタンドから引き抜くと、ギルが過充電しておいてくれたエメラルドグリーンのエーテル火花が、バチバチと鉄の先端で妖しく爆ぜた。
「まったく、トカゲどものクーラーくらい、最初から無料で地下まで流しとけっての」
アジトの隅、ボロい絨毯を足で撥ね退けると、床の隙間から鈍い金色に脈動する太い導管──王宮の心臓部から大陸全域にエーテル電力を送電している、オリハルコンのパイプがそのグロテスクな姿を覗かせている。
パイプの表面には、人間が触れた瞬間に数万ボルトの超高電圧で一瞬で灰にする、トカゲどもの『電位差トラップ』が容赦なくかかっていた。空気そのものがビリビリと歪むほどの、圧倒的な拒絶の気配。
だけど、そんな超科学の罠、前世の都市伝説オタクにとってはただの『電気の基本』でしかない。
オレはバールを逆手に持ち替え、オリハルコンの結合部に狙いを定める。
「トカゲの超科学とか言っても、結局はただの電気の仕組み。等電位化して電位差キャンセルすれば、このバール一本で余裕でシステム落とせるわ」
そう吐き捨てると同時に、オレはバールをパイプの制御弁へと全力で突き立てた。
ガギィィィン!!!
重金属が激突する鋭い金属音がアジトに響き渡る。
次の瞬間、パイプから奔流となって溢れ出した『王宮のプラスのエーテル波』と、このバールを介して繋いだ『地下のマイナスの大地のエネルギー』が激しく衝突し、回路の電圧差が一瞬で『ゼロ』に固定される──等電位化のコンパイル完了だ。
『警告、電位差消失──人道防衛システム、エラー。対象への通電が不可能です。エラー、エラー、エラ――』
脳内のハックログに、トカゲの制御OSがパニックを起こした電子音声が響く。
数万ボルトの電流は、オレという人間に流れる電位差を完全に失い、ただの無害な光の弾となってバールの表面を虚しく滑り落ちていった。
「よし、電位差トラップ解除っと」
バールを一気に捻り、オリハルコンのバルブを強引にこじ開ける。
だが、これで終わらない。
ここですかさず、ギル特製のクリスタルカプラをパイプの隙間に埋め込み、エネルギーのルートを我が家(違法回路)へと強制リダイレクトする。これで作業は完了。
ごう、とアジトの床下でエネルギーの流れる音がして、ジャンク製の扇風機の横に据え付けられたバカでかい冷却ダクトが、ガタガタと音を立てて駆動し始めた。
次の瞬間、地上の特権階級、トカゲどもが独占していた王宮直通の極上の冷気が、ゴオオオオオッと白く冷たい霧となってアジトの中に一気に吹き出してくる。
「ぷはー……生き返る。おいギル、設定温度18度で強制同期しといたぞ」
「手際がいいな。……これで少しは、その頭の火照りも冷めるだろ」
ギルはタバコの煙を吹き出しながら、あくまでクールな顔。もっと感謝とかないのか……。
一瞬でキンキンに冷え始めた室内の空気の中で、オレは再びバールを肩に担ぎ、冷気が吹き出すダクトを満足げに見つめた。
「……にしても、トカゲの作ったこのインフラ、相変わらず無駄がない、スマートな設計だよな。プラスとマイナスのエネルギーの配線が、まるで『一人の天才が定規で引いたみたいに綺麗に等電位化されてる』。 ま、その完璧なロジックのおかげで、俺のバールハックの計算も1ミリもズレずに一発で決まるんだけどさ」
オレが勝ち誇ったような顔で佇み、ギルが上の服を着込んだその時──ギルの作業場にあったジャンク製・脳波オシロスコープがけたたましいアラート音を鳴らす。波形がジグザグと波打ち、周波数の乱れを感知する。トカゲの洗脳をモロに受けた奴が近くにいる……。
次の瞬間──ドォォォォオオン という音と共に、アジトのドアが勢いよく開かれた。
振り返るとそこに立っていたのは、オレの予想通りというか……。昨日の約束だった。
「よ!」
「よ! じゃないわよ! あんた今日こそは分かってんでしょうね!」
「ギル……」
「ああ……」
これはあれだな、インプラント……偽の記憶が埋め込まれてる可能性が高い──。ギルに以前聞いたアレだ。
ダクトから吹き出す白霧混じりの冷気が、凄まじい勢いで床を這い、部屋をキンキンに冷やしていく。その冷気を切り裂いてアジトへ踏み込んできたのは、昨日予告されていた通りの襲撃者──最高エリート部隊長のリンコだった。
彼女のうしろには、あのちっちゃい女の子セネカ、そして白装束に身を包んだアヌビス兵たちが、抜き放った超科学の振動剣を構えて隙なく控えている。
リンコの手に握られているのは、王宮直属の証である高エネルギーのプラズマ・レイピア。いつもは銃を持っているのに、今日は剣か……。
等電位化によってアジトの室温が一気に下がったせいか、彼女の放つオーラと、レイピアの切っ先から放たれるプラズマの熱気が、狭いアジトの空気の中で歪な陽炎となって激しく衝突している。
リンコの一歩。その足音がアジトの床板を鳴らした瞬間、彼女の背後にいたアヌビス兵二人が、残像を残すほどの超高速で左右から同時に踏み込んできた。
容赦のない挟撃。銀色に輝く振動剣が、オレの首筋と脇腹を正確に捉えて同時に奔る。
ガギィィィン!!!
火花が暗いアジトの天井まで跳ね上がる。
オレは肩に担いでいたバールを電光石火の速さで振り下ろし、二本のブレードの軌道を一撃で弾き飛ばした。
間髪入れず、ギル特製のクリスタルカプラを介して、オリハルコンのパイプから吸い上げたばかりの超高電圧エーテルをバールに逆流させる。
「ぐっ──」
アヌビス兵が声を漏らした瞬間には遅い。
バールの先端から爆発的なエメラルドグリーンの電流が放射され、振動剣を伝って兵士たちの装甲を直撃した。バチバチバチィッという激しい放電音と共に、二人のアヌビス兵は強烈な電撃に吹き飛ばされ、ジャンク品の山へと派手に突っ込んで崩れ落ちる。
「動くな、トカゲの猟犬ども」
タバコを咥えたままのギルが、背後の作業台から、さっきまで弄んでいた巨大なジャンク製の高周波砲をノータイムでリンコへと向け、カチリとトリガーに指をかけた。砲口からは、妖しい紫色の光軸が、すでにジィジィと音を立てて収束を始めている。
一瞬で静まり返るアジト。
キンキンに冷えた白い霧が立ち込める中、オレは火花を散らすバールを再び低く構え、プラズマ・レイピアの熱気で顔を火照らせているリンコを、冷めた目で正面からじっと見据えた。
「リンコ様──」
セネカの声がリンコの後方から聞こえる。よく見ると、心配そうに、両手をもじもじさせながら、オレたちに何か言いたそうだった。
だいたい分かる。
「ギル」
俺がアイコンタクトを送るように首を振る。
「ああ。分かってる。撃ちはしないよ。ただの牽制だ。それに──」
「ああ」
二人で『はぁ……』とため息をつき、こくりと頷く。連動しているかのような動きは、なんかウザいけど、一蓮托生ってことでまあいいだろう。
「うっ──」
すると、リンコがこめかみを抑え、地面に膝をつく。オレたちとの闘いで負傷したのか? そう思ったが、どうやら違うみたいだ。
というか、これはやっぱり──。
「リンコ様は以前から頭痛があって。王宮の医者にも診てもらったけど、全然原因が分からないの! そこの二人! さっきから見てたけど何か分かるんでしょ? リンコ様のことを助けて!」
「ああ。ええとだな」
「レン」
どうやら余計なことを説明している暇はないみたいだ。オレはバールを持ってリンコの元へ向かう。
「ちかっ……よんな……。あんたに助けてもらうくらいなら……死んだ方がマシ……」
「強がるな。お前は王宮の人間に洗脳されてるんだよ!」
「されてない! 触んな!」
オレがリンコの首元に触れようと手を伸ばすと、その手はいとも簡単に振り払われる。……ああ! どうしろと?? もうこうなったら強引にいくしかないか?
そう思った瞬間、リンコは高熱にうなされたように叫び、地面に倒れた。その意識を失った瞬間。
今だな──。
そう思ったオレは、リンコのロングヘアの襟足をかき上げ、うなじにバールを接続する。カチッという接続音と共に、バールの溝に沿ってネオンブルーの電気の光(回路図)がババババッと走る。リンコのうなじの肌にも光の幾何学模様が浮かび上がる。
「な! リンコ様に何をしやがる!?」
セネカがそう言うと、オレに飛び掛かってきそうな剣幕でこちらを見る。それをいなすようにギルが『まあ、見とけ。今からお前の大切な人を助けんだよ』と、セネカの胸の前で手をかざして止める。
それと同時に、オレとリンコの間に、リンコの思考ログがホログラムとなって出てくる。今は意識を失ってるから関係ないが、意識が戻る時に応答する可能性もあるので注意を払う。あとは、空中に浮かぶ半透明のキーボードや無数のウィンドウ、それらに意識を集中し、心拍数のデータなども注意深く見つめる。
オレは片手でバールをリンコのうなじに固定したまま、もう片方の手で、空中に浮かぶリンコの脳内ウィンドウをフリックしたり、コードを書き換えたりして、爆速でタイピングした。
洗脳ノイズの異常出力によって脳内メモリがオーバーヒートを起こし、その華奢な体は、糸の切れた人形のように力が抜けていく。呼吸は浅く、生死の境界線を彷徨うほどであると推測できた。もはや、ただの頭痛を和らげるような生易しい処置で済む領域ではない。
……こんな状態になるまで放っておいたとは。
「ギル。オシロスコープの監視を最高出力で回せ。脳が焼き切れる前にプロテクトをブチ抜く」
「ああ」
オレは明確な焦燥を滲ませてバールを握り直した。
バールの先端を、リンコのうなじにあるデータポートへ深く、正確にプラグインする。
パキィィィン──。
火花が散ると同時に、オレの意識は、暗黒に包まれたリンコの精神の最深部へと初めてダイブした。
展開される彼女の思考ログは、凄惨なバグに塗れていた。
そこには防衛壁など一枚もない。あるのは、何者かによってガリガリと生々しく書き換えられた、ドス黒い『地下街への憎悪』のインプラントデータ。
その偽りの濁流に押し流され、リンコの本当の魂が、今まさに消滅しようと悲鳴を上げていた。さっきまで無反応だった思考ログが、リンコの心の中を無機質な文字列で表示する。
『──地下街の暴徒が、ライラを──わたしを』
『許さない、わたしは王宮の、お父様の猟犬──』
ループを繰り返す洗脳の暗号コードが、リンコの思考を縛り付け、彼女の命を内側から削り取っていく。
だが、その濁流の奥底。書き換えられた偽りの記憶のさらに深層に、オレは歪な『空白』を見つける。
「……待て。なんだ、この不自然なプロテクトは」
リンコが今まで父親だと思っていた人間が父親ではない???
それにも驚いたが、そこから先が全く読み取れない。
偽りの境界線までは読み取れる。だが、その先にあるはずの、彼女の『本当の記憶』にまつわる記憶のコアには、王宮の最高機密であるSSS級の暗号ロックが幾重にもかけられ、完全に遮断されていた。今のオレのアクセス権限では、その深淵へはまだ絶対にたどり着けない。
「難攻不落の要塞ってわけか。だが、ガワの洗脳を剥がすだけなら、オレのツールでもやりようはある」
本当の記憶の核には触れられない。だが、今まさにリンコの命を焼き切ろうとしている、目の前の偽装インプラントなら、等電位化のロジックでキャンセルできる。
冷徹なデバッガーとしての視線を尖らせ、オレはバールを逆手に構えた。
「今助けてやるから、終わったらその……またアトラスちゃんの話でもしようぜ」
偽りの記憶と、閉ざされた真実の境界。その電位差の最大特異点へ向けて、オレはバールを容赦なく叩きつけた。




