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アトランティスに転生したら現代よりも奴隷社会だった件  作者: 和子・F・和夫
第一章『狂った計画と政府の陰謀』

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第二十四話『エンリルの言葉』

 開口一番(かいこういちばん)に語られたのは耳を疑うような言葉だった。


「アトランティスはこれまでに2回の崩壊があった」


 聞いたことのないアトランティスの歴史。それが王宮の中に当たり前のようにあった。トートの叡智の図書館には、歴史の本があまりにも少ない。書かれているのはせいぜい200年前くらいの過去と、これからの漠然とした未来予想図だ。2回崩壊したことなんて、とてもじゃないが信じられない。わたしはエンリルの音声を注意深く、聞き逃さないようにする。


「1回目は約3万8000年前に起きた。大きかった大陸は小さく三つに分裂し、アメリカ大陸側の島にテクノロジーが栄えた。1回目の崩壊は地殻変動である。我々はそこから学び、地殻変動を制御するため、オルハリコンとクリスタルを用いて、重力のコントロールをはじめた。そして我々はその時に人工太陽を作り、民衆に宇宙の存在を知られないよう徐々に彼らを洗脳し、真実を隠蔽した。宇宙の存在を、地球の運行システムを民衆に知られてしまうと、我々の科学技術を使って奴隷から搾取できないからだ」


 わたしの呼吸が苦しくなる。そこでようやく、今まで自分が愚かなことをしていたことに気付いた。地下街の人たちはもしかして、このことを知っていたのかもしれない──


 なのに、今まで自分の小さな尺度で、常識や積み上げてきた知識だけで、狭い世界を見ていた。わたしは真っ暗な誰もいない空間へ響く声に、さらに意識を集中させる。


「そして次の崩壊は2万2000年後に起きた。三つあった島のうちのアメリカ大陸側は大陸が沈まないようにクリスタルのピラミッドを建造した。だが、それだけでは重力のコントロールができなくなって、最終的に二つの島は海没し、アメリカ大陸側の一つになる。その一つが小さくなって出来たのが今のアトランティスの同心円丈の島だ」


 わたしはこの信じられない事実に固唾を吞んでしまう。もしもここでこうしている姿を父にでも見られたらと考えるとゾっとしてしまう。早く終わってほしい気持ちと、続きを知りたい気持ちがせめぎ合う。もう余計なことは考えずに、ただ終わるのを待とう。そう思って最後まで無心で聞くことに決めた。


「だが、それでもかろうじてテクノロジーの文明を維持することに成功した我々は、民衆へさらに洗脳の周波数を強化するように努めた。王の言うことは絶対。宇宙の真理──そうすることにより、これまで大陸が2回も海没した歴史があるということをまたもや隠蔽することが出来た。しかし、その洗脳周波数に抗い、私たちの真理を理解できない民が現れた。龍のOSを持つ地下街の人間だ──。彼らはどれだけ洗脳の周波数を浴びせても我々に屈することはなかった。そこで我々はある掟を作る。地下街の人間を見下し、奴らをあえて殲滅せず、地下という居場所を与え、地上にいるミドル層と、地下にいるボトム層を分割統治(ぶんかつとうち)する。そうすることにより、このアトランティスを維持できることに気づいた我々は、地上にいる人間をさらに洗脳させた。だが、それもそう長くは続かない。この重力をコントロールし、民衆をコントロールする周波数にも莫大なコストがかかる。今、危惧すべきなのは3回目の海没である」


「我々は3回目の海没を防ぐために、大陸の東西南北にオリハルコンのピラミッド、大陸の中央に、クリスタルのピラミッドを建設した。これは民衆を洗脳させるための周波数を大陸全土に流す装置でもあり、マグマの暴走と地殻変動を抑えるための安全ピンでもある。オルハリコンはエーテルの送電、クリスタルはエーテルの発電と蓄電である。これらのシステムを維持するには、宇宙から降り注ぐ星からのエネルギーや奴隷たちの我慢や不安の感情が必要だ。しかし、それだけではとうとう足りなくなってしまった」


「そこで我々支配層が考えたのは『人柱』を用いて、このクリスタルにエーテルを蓄える技術だ。人間が処刑される時の恐怖や、怒り、不安の感情をエーテルに変換する技術を開発した我々は、地下街の民、地上の民、王族問わず、十人の王が自由に法律を決め、処刑する人間を選ぶことができる絶対システムだ。我々、選ばれたひと握りの王族の血筋をレプティリアン、エンリル派と呼び、龍のOSを持つ人間をドラコニアン、エンキ派と呼ぶ。この長きに渡る戦いを、絶対に地上の民には知られてはいけない。これがアトランティスの真実であり、一握りの人間だけが知れる絶対的な王のチカラである」


 ※※※


 ぷつん、と音を立ててホログラムが掻き消え、わたしの意識は急激な重力と共に、現実の書斎へと叩き落とされた。


「はっ、……あ、ガはっ……!」


 喉の奥にへばりついていた悲鳴が、激しい過呼吸となって口から飛び出す。


 宇宙の真空から引きずり戻された身体は、嫌な汗でぐっしょりと濡れていた。うなじに突き刺さったままのプラグが、まるで冷酷な寄生虫のように鈍い痛みを放っている。


 思考が、ガタガタと音を立てて崩壊していく。


(人柱……処刑のエーテル……龍のOS……地下街……)


 今まで自分が信じていたアトランティスのすべてが、レプティリアンという名の支配層が仕掛けた、ただの『家畜の飼育箱』に過ぎなかった。


 自分がどれほど狭い世界で、偽りの周波数に踊らされていたのかを突きつけられる。


 指先ひとつ動かせないほどの絶望と恐怖に震えながら、わたしはうなじからクリスタルのプラグを狂ったように引き抜いた。


 ──静寂。


 カーテンを閉め切った暗い書斎には、ただ、わたしの荒い呼吸音だけが不気味に響いている。


 誰もいない。早くここから逃げ出さなければ。そう思って、すがるように出口の扉へと振り返った、その瞬間だった。


「ひっ……」


 喉の奥で、短い悲鳴が引き千切れた。


 いつから、そこにいたのだろう。


 扉の前の暗がりに、人影が、一切の音もなく佇んでいた。


 カーテンの隙間から入ってくる逆光のせいで顔のパーツは暗い影に沈んでいる。けれど、衣服にあしらわれた黄金の刺繍が、窓からの人工太陽を吸って冷たく鈍く光っていた。


 足音も、気配すらも完全に消し去り、彫刻のように微動だにせず、その男はわたしを見下ろしている。


 お父様──メストル。


 どれほどの時間、わたしの背後で、わたしの絶望を見ていたのか。


 暗闇の中で、その瞳の奥にあるレプティリアンの冷徹な光だけが、じっと、獲物を捕らえた蛇のようにわたしを射抜いていた──。


「利用価値が下がった……」


「え……」


 呼吸がさっきから浅い。声を出そうにも上手く言葉となって出てこない。


「お前の利用価値が下がったと言っているのだよ」


『利用価値が下がった』 そのたった一言なのに、おぞましい、まがまがしいオーラに気圧されてしまう。


「私が最高科学神官会議 《十人の王》の一人であることをお前は知っているだろう?」


「…………っ」


「ふっ……どうやら私がレプティリアンであることも、『その本』でバレてしまったわけか」


 ──ダメだっ。一刻も早く、ここから逃げ出さないと! こいつは人間のことを家畜としてしか見ていない!


 しかし、逃げ出そうにも扉の前にはメストルが立ちはだかる。身体は硬直し、思うように動かない。わたしは恐怖で身震いすることしかできない。


「かつて、私はお前にこう告げたはずだ。格付を上げ、王宮に貢献することが人間の価値だ。それ以外の人間には価値はないと。あれはどうやら私の間違いだったようだな……」


「どういう……」


「ただ何もせず、王宮の駒として動く。それが人間の価値だ。格付けなど上げなくてもいい。地下街の人間も、地上の人間も、王宮の人間も、私にとってはどうでもいいのだ。牛や豚や鶏の違いに過ぎないのだよ」


 背筋が凍る。その鋭い眼光に睨まれ、身動きが取れない。コイツの娘ということはわたしもレプティリアンの血を引いているのだろうか。いや、今はそんなこと──。


「ここまで知ったのだ。褒美を与えてやる。『真実』という家畜を育てるためのエサだ。どうせ知ったとしても無意味だからな」


「真実……」


 知ったとしても、そのあと殺される。そんな最悪な想像が脳の中を支配する。わたしはそんな真実よりも、何も知らなかったあの頃に時間を巻き戻したかった。不用意に『真実』を探るべきではなかった。


「私には周波数をコントロールする権限がある。民衆を洗脳する──な。お前には地下街を憎む完璧な猟犬になってもらいたかった。だが、人間を100%コントロールするには周波数だけでは足りない──」


 メストルは含み笑いを浮かべ、わたしが手に持っている『アトランティスの真実』のクリスタルに視線をくばる。


「……何を言ってるの!?」


「絶対に裏切れない現実の首輪だよ。お前といつも一緒にいるあのキメラ。お前がアレにどれだけ依存してるか、私には手に取るように分かる」


 セネカ……。


「安心していい……。お前とあのキメラにはまだ利用価値がある。殺されると思ってるみたいだが、私は利用価値がある家畜を殺しはしない。だが、そうだな……例えば利用価値のない『病に臥したアレ』とか……」


 メストルは表情筋を歪まして、髪をかき上げる。


 満悦の笑み、そしてそのままわたしを一瞥(いちべつ)する。


「お母様を……っ!?!?!?」


「ああ……アレが死ぬ間際はとても愉快だった。恐怖に引き攣った顔──今でも思い出す……。んん? なぜそんな表情をする? お前はあの女を恨んでいたはずだろう……? 死んでせいせいするとは思わないのか?」


 確かにわたしは自分の母親が死んで悲しい思いをしない。コイツとあの母親に鼻から家族意識があるとも思っていない。だけど、ここまで帰属意識がなく、人を家畜としてしか見ていないコイツに怒りがふつふつと煮えたぎる。


「なんだ、その反抗的な目は……」


 だが、その怒りは一瞬にして塵のように吹き飛んだ。人間としての愛情や、怒って当然のことを一瞬でも感じさせてはくれない。そんな気迫だ。その眼に睨まれるだけで、すべてを恐怖に変換されてしまう。


「まあ、病に臥したアレはどうでもいい……。お前が王宮の資産管理サーバーにハッキングしてあのキメラを『廃棄対象』から『機甲装備』にしたこと。私がそれに気付いていて何故黙っていたのか? お前はマヌケにもわたしの情だと思っていたが」


「そんなこと……」


 ──思ってなどいない。わたしはただ、孤児院で生活するよりも、王宮のデジタルポイントでラクに生活して、総司令官としての責務を全うしようと……。コイツに鼻から情なんてあるわけ──


「そんなことはない……か? だがお前は実際、数日も経てば『(かね)』によって感覚が麻痺し、私の計らいを『愛情』などと錯覚し、地下街の人間どもを狩る猟犬となった。私の掌で踊らされているに過ぎないのだよ。お前は私にこう言ったな──『お父様。正直あなたのやったことは許せません』と。しかしどうだ? そんな許せない奴の罠にまんまとかかり、また洗脳されようとしている──」


 淡々と事実だけを並べてくるメストルの物言いに、わたしの『認めたくない』という気持ちは一瞬にして瓦解する。


 ……コイツの言う通りだ。王宮という鳥籠の中へ、まんまとわたしから入り、あまつさえ真実も知ろうとした。


「私があのキメラのことを黙っていた理由は2つだ。まず一つ目はお前があのキメラに執着すればするほどお前は私から逃げられなくなる。もし、万が一、お前が私の洗脳に抗いそうになっても、あのキメラの処分権──殺生与奪(せっしょうよだつ)を私が握っていれば、お前は永久に私の忠実な犬だ──」


「な……っ」


「フハハハ……いい顔だ」


 そう言ってメストルは黒服の懐からクリスタルを取り出した。わたしの心臓から一筋の光がクリスタルに向かって流れだす。その光が吸収されると、クリスタルは黒くモヤがかった。あの日、トートの叡智図書館で見た『大聖堂』と同じ光景だ。


「二つ目は、お前に王宮のシステムをコントロールできるほどの『一流のハッカー』に育てるためだ。なぜなら、お前には将来的に王宮の隠蔽システムを管理するという重要な任務があるからな。そのためには、過酷でリアルなハッキングの課題──つまり、おもちゃが必要だった。あのキメラの殺処分データを偽装し、部隊の目を誤魔化し続けるという、王宮相手の命懸けのハッキングという舞台を私自らの手で用意してやった──お前のハッキング能力を天才の域まで急速に引き上げてやった。お前があのキメラを救うために必死に叩いたそのキーボードが、お前を私好みの最高の猟犬へと成長させたのだ。すべては私の計画通りだ!」


 高らかに、まっすぐに、メストルは余すことなくわたしに『真実』を告げる。所詮コイツにとってはただの遊びで、家畜をどうやって効率よく育成するかというゲームをやっているに過ぎない。


 すべては、コイツの計画通り。


 わたしがセネカを救うために必死に流した汗も涙も、キーボードを叩いた指先も、すべてはコイツが仕組んだ『猟犬の育成ゲーム』のログに過ぎなかった。


 怒りと絶望で視界が真っ赤に染まる。だが、それすらもメストルは楽しげに、歪んだ笑みで見下ろしていた。そのままコツコツを足音を鳴らし、こちらに近づいてくる。メストルの顔の皮膚がメリメリと剥がれ落ち、トカゲのような皮膚へと変貌していく。


「さて、ゲームは終わりだ。真実を知った家畜をそのままにしておくわけにはいかないからな。……お前には予定通り、地下街を憎む完璧な猟犬になってもらう」


「な……にを、──」


 言いかけた瞬間、視界が激しく反転した。


 ドゴォッ!!! と、暴風のような衝撃がわたしの腹部に突き刺さる。


 メストルの革靴の容赦ない前蹴りが、わたしの身体を紙屑のように吹き飛ばしたのだ。


「がはっ、あ、……っ!?」


 書斎の重厚な本棚に背中から激突し、床にのたうち回る。肺の中の空気がすべて強制排出され、声にすらならない悲鳴が喉に詰まる。


 痛い。熱い。何が起きたのか分からない。実の父親が、一切の躊躇もなく自分を蹴り飛ばしたという現実の狂気に、脳の処理が追いつかない。


 床に這いつくばり、激しく咳き込むわたしの髪を、メストルは無造作に掴み上げて引きずり起こした。


「人間を100%コントロールするには周波数だけでは足りないと言っただろう。……必要なのは『強烈な体験』だ。地下街の暴徒に襲われ、生死の境を彷徨い、脳と肉体に消えない恐怖を刻み込まれるという、リアルな『偽の記憶』だよ」


「や、めて……放して……っ!」


「大人しくしろ、これはお前のハッキングの『上書き修正』だ」


 冷酷な宣告と共に、わたしの顔面に容赦ない拳が叩き込まれた。


 鈍い破裂音。鼻の奥で何かが砕ける音がして、視界が一瞬で暗転する。


 口の中に鉄の味が広がり、激痛が脳髄をめちゃくちゃにかき回した。床に叩きつけられたわたしの脇腹や背中に、メストルはなおも冷徹な作業として、重い蹴りを何度も、何度も叩き込んでいく。


「くっ、……あ、が…………っ」


 殴打されるたびに、肉体が壊れていく感覚がリアルに伝わってくる。


 だが、メストルの目は、まるで壊れた機械のパーツをハンマーで叩き直しているかのように、どこまでも冷たく、無感情だった。


「これほどの重傷だ。地下街の人間どもへの憎悪をインプラントするには、十分すぎる説得力だろう」


 メストルがわたしのうなじに、冷たいクリスタルのプラグを突き立てる。


 肉体の激痛と、脳内に直接流れ込んでくる『偽の濁流』。


「さあ、忘れろ愚かなる人間よ。お前を無残に痛めつけたのは、地下街の薄汚いドブネズミどもだ。お前はあのキメラを守るため、奴らを一人残らず駆逐しなければならない……」


 (違う、わたしを殴ったのは、お前……メスト、ル……)


 抵抗しようにも、壊された身体はピクリとも動かない。


 わたしの意識の底で、本物の真実が、真っ黒な偽りの記憶によってガリガリと削られ、上書きされていく。


 エンキとエンリルの真実が消える。


 人柱のシステムが消える。


 ただ、激痛と共に、ドス黒い『地下街への憎悪』だけが、脳細胞の隅々にまで強烈にインプラントされていった。


 薄れゆく視界の最後、闇の中に音もなく佇むメストルの冷たい瞳が、ゆっくりと遠ざかっていくのを見ながら──わたしの意識は、完全な暗黒へとループしていった。 


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