第二十三話『王宮の図書室』
王宮内を歩けば歩くほど、ここが大迷宮であることを思い知らされる。どの扉がどこと繋がっているのか? プライバシーもあるので、簡単に開くことはできない。特にこの部屋には入っちゃダメだとか、そういうことを言われているわけではないが、簡単に入ってしまうのは憚られるような気がした。
しばらく歩いていると、扉が全開になっていて、図書室のような部屋があるのを発見する。色々歩いていたけれど、唯一開放されているので『その部屋』には入ってもいいような気がした。扉の向こうに見えるのは遥か頭上まで天高くそびえ立つ本棚だ。それが何個も並んでいて、右から左までビッシリと本が敷き詰められている。
本と言っても(見た目は紙の媒体であるが)中身はクリスタルで、トートの叡智図書館と同じ、うなじに接続するものだろう。最近、クリスタルに接続して、何かを見たり聞いたり読んだりしていなかったので久しぶりに好奇心に駆られる。
わたしは吸い寄せられるように、その図書室に入り、歩きながら背表紙のタイトルをじいっと眺めた。図書室の中を一周したあたりで、ひと際、異彩を放つ本を見つける。
「アトランティスの真実……」
その本のタイトルは注意を引くには十分過ぎるほど強烈だった。ここにライラの言っていた都市伝説のヒントがあるかもしれない。しかもそれが王宮の部屋にあるのだから真実味は増す。わたしは周囲を警戒し、恐る恐るその本に手を伸ばした。本を開くと窪みがあり、その中にクリスタルの接続用プラグがある。それを手に取り、わたしは躊躇なく、うなじに差し込む。
すると──
今までに感じたことのない強烈な閃光が脳内に走る。痛みではない。不快でもない。宇宙に放り出されたような浮遊感だった。気づいたらわたしはなにもない真空に漂っていた。目の前のホログラムには『アトランティスの真実』という本のタイトルが浮かび上がっている。
次の瞬間、目の前のタイトルロゴが電子の塵となって弾け、わたしの意識を囲む真空に、悍ましい『世界の創世記』がホログラムとなって一気に展開され始めた。
まず映し出されたのは『謎の惑星』
──それと同時にナレーションが再生される。
『我々は太陽のまわりを回る惑星ニビルからやってきた種族──アヌンナキである。私の名前はエンキ──。これからこの本を読んでいただいた方に重要な話がある。最後まで聞いていただけるとありがたい。──今から約40万年前、我々の惑星の大気圏にヒビが入り、有害な宇宙線が入り込んでしまった。このままでは我々アヌンナキは滅んでしまう。それを解決するためには金を粉末状にして大気圏中にばら撒き、シールドを作って宇宙線から身を守る必要があった。そして我々はこの広大な宇宙へ金を探す旅に出る』
今度は惑星から、青い星へと映像が切り替わる。青い星に向かって飛んでいくアヌンナキ(?)たちのUFO(円盤)──
その青い星は徐々にズームしていき、地上へとクローズアップされる。その広大な大地に猿が走っている。そして、その頭上にはさっきのUFOがいた。猿が円盤の下を通過しようとしたその瞬間──猿が突如、浮かび上がった。そのままUFOの機体へと吸い込まれるように消えていく。恐らく反重力装置を使ったのだろう。
『地球に金が豊富にあることを知った我々は、金の採掘を試みようと思った。当時、私エンキは発掘作業のリーダーとして指揮する。しかし、我々の一部が長く過酷な労働に耐えかね、暴動を起こしてしまうのだ。そこで我々に代わる労働力を造った。それがサルを遺伝子操作して作った──つまり、君たち人類の起源だ』
「え……」
思考が追い付かない。あまりにもファンタジーで、これが現実に起こったこととは思えない。え? 宇宙人? サルを遺伝子操作して作ったのが、わたしたちの起源?! そしてこれがどう、アトランティス大陸と繋がるのか皆目見当もつかなかった。
「最初の人類は我々の管理下でひたすら金を掘らされる『純粋な労働奴隷』であった。この時の人間はまだ『松果体』もロックされていて、言葉も喋れず、ただ命令に従うだけのスペックの低い生体端末だ」
「しょ、しょうかたい……?」
──すると、さっきまでのナレーションが止まり、目の前にヒゲを生やしたイカついおじいさんが現れた。しかもわたしより大きい巨人の姿だ。そして映像は消え、さっきの真っ暗な空間に二人で漂っている。その巨人のおじいさんは、白い古代の祭服を身にまとい、わたしの目をじっと見つめてきた。
「お前の住んでいる、今のアトランティスでは、ひらめきやアイデア──つまり、右脳を閉じ、論理や思考のみを使うことが正しいとされているからな。松果体を知らないのも仕方がないだろう」
「対話できるの……」
「ああ、これは人工知能を搭載した高性能クリスタル。王宮の外にはない本だ」
「しょうかたいってなんなのよ」
「人間の脳にあるクリスタルだ。左右の大脳半球の間にある8mmほどの小さな内分泌器。松果体は宇宙の情報源をキャッチする場所だ」
全然意味が分からない。アトランティスの真実から話が脱線しすぎている。宇宙? 情報をキャッチ? 何言ってるの!?
「話を続けよう。私はアヌンナキの中でも異端児であった。長く過酷な労働を強いられている人間に対し、次第に情がうつってしまった。そこで私は人間に知恵──自由意志とエーテルの使い方を与えようとDNAのプロテクトを勝手に解除した。これがお前たちの住む遥か未来に生み出される聖書『禁断の果実』の正体だ」
「禁断の果実? 未来の話をしても全然わかんないんですけど……」
「分からなくてもまあいい。話を最後まで聞け」
「は……、はい」
「この知恵を手に入れた人類はアフリカの監獄を脱出して、地球全土へと散らばった。そこで地球のエネルギーが一番高い場所にたどり着いた人類たちがそれぞれの環境に合わせて、巨大な文明を築いた。大西洋に広がったグループがアトランティス、太平洋に広がったグループがムー大陸だ」
ムー大陸!?
ドクっと心臓が大きく脈打つ。
やっぱりこのアトランティスの遥か東にムー大陸があるんだ! わたしは胸の高鳴りを抑えきれず、呼吸が乱れる。しかしそれは嫌なものではなく、高揚感であった。身体の反応とは真逆に、不思議とそれをすんなり受け入れられる。
「それが、アトランティスの真実……」
「いや、これは真実の入り口に過ぎない。私には兄弟──弟がいる。そして今に至るまで長きにわたる兄弟喧嘩を繰り広げることになる。それが真実の入り口だ。私は人類との調和を選び、弟のエンリルは人類を支配、奴隷にして、効率よくエネルギーを回収するために行動を起こした。次第に弟は金の採掘だけではなく、己の欲に溺れ、人間の感情を食い物にするようになった」
「──そこまでだ。兄上」
今まで二人で漂っていた真っ暗な空間に、別の声がぽんっと投げかけられる。すると漂っていたエンキが消失し、真っ暗な空間にわたしだけが置き去りにされた。そこでわたしは恐怖という感情に支配される。何故かは分からない。ただ、その嫌な予感に抗おうと、クリスタルの接続プラグを引っこ抜こうとした。
だが、わたしの現実の身体は石のように硬直し、その真っ暗な空間のホログラムはずっと自動再生され続けたままだ。
──途中で停止できない!?!?
そこでわたしは、さっきの声の正体がエンリルであることを瞬時に悟ってしまう。エンキの話の流れと、突然投げかけられた『兄上』という言葉の紛れもない事実によってだ──。
「この本は途中で見ることをやめるのはできない。真実を軽はずみに知ろうとする愚かな人間よ──」
「………っ」
「これから我が話すのは、アトランティスの歴史だ──」




